15話 ツールの恩返し
『魔工具の恩返し』
むかしむかし、あるところにひとつのツールがありました。
ツールはしろとくろの鍵盤にみどりの魔字をうかべた姿をしていました。
ツールは、ふるくから存在したツールでとてもすぐれており、だれもがのどから手が出るくらいほしがったものでした。
そんなツールは、色んな天才の手から手へと渡り、おおくの知識を身に付けました。
ある時のこと、ツールの持ち主であるおじいさんが言いました。
「これからお前は、私のまごのツールとなるのだよ」
天才と呼ばれたおじいさんのまごはいったいどんな子なのだろう。
ツールは心躍らせながらおじいさんのまごの元へやってきました。
まごは金色の髪で、体つきもりっぱで自信にみちあふれていました。
そんなまごはツールをもらうとナワにかけぶんぶんと振り回して遊び始めました。
ツールは本来の使い方をしてもらえずかなしみました。
すると、そこに一人の黒い髪の男の子がやってきました。
男の子は腕に結ばれた紐を大事そうにしながらあるいています。
「おいおまえ、何をそんなにうれしそうにしているんだ」
まごは黒髪の男の子に聞きます。
「こ、これ、お父さんからもらった、お守り、なんだ」
黒髪の男の子は腕の紐をじまんそうに見せてくれました。
「そ、それより、それをそんな風にナワにかけてはかわいそうだよ」
黒髪の男の子はツールを見て言いました。
「これは俺のものなんだからおれがどうしようとかってだろう。けれど、お前のものになるのならお前の勝手だ」
まごはそういうと、ナワのかかったツールを差し出し
「お前のその紐はばんにんのゆうしゃみたいでかっこいいから、おれにくれ。そうすれば、おまえにこのツールをやろう」
黒髪の男の子は悩みましたが、けっきょく、ツールとその紐を交換しました。
まごはうれしそうにその紐をつけるとどこかに去っていきました。
黒髪の男の子は少しさみしそうにしましたが、自分にいいきかせるようにこう言いました。
「ばんにんのゆうしゃさまならこうしたと思うんだ」
そして、ナワにかけられたツールを助けてあげました。
「もうナワにかけられることはないよ」
黒髪の男の子はツールを家に持ち帰りました。
紐とツールを交換したことを告げるとお父さんは驚きましたが、
「おまえが正しいとおもうことをしなさい」と許してくれました。
それから黒髪の男の子はツールと一緒に多くの時間を過ごしました。
そして、黒髪の男の子が大きくなり青年となった頃の事、黒髪の青年は大変な目にあっていました。
今日、渡さなければならない布が出来上がっていなかったのです。
困り果てた黒髪の青年が嘆いていると、扉からこんこんという音が。
扉を開けると、そこには黒髪の青年好みの美女が立っていたのです。
美しい肌に、透き通るような翠玉色の瞳、黒と白が入り混じった髪色。
全てが完璧にどストライクでした。ええ、どストライクでした。
胸は控えめではありますがそれはそれでいい、と青年は思いました。
そして、その青年好みの美女は言いました。
「あなたを助けにきました」
ほっとした青年が寝ているうちに美女は布をつくります。
うぃーんうぃーんどどどどうぃーんうぃーんどどどど
その音で目を覚ました青年が見たものは、それはそれはうつくしい一つのツールでした。
「君はツールだったのか」
「はい、あの時助けて頂いたツールです。けれど、この姿を見られては生きてはいけません。私は普通のツールに戻ります」
「何を言うんだ、君はツールでも美しいし、美女の姿も私好みの姿と胸のサイズで素敵だ。一緒に幸せに暮らそう」
「はい」
そうして、金持ちの娘や、思わせぶりな雪女や、胸がでかいだけの年増、青年を捨てた馬鹿女を倒し、ふたりは幸せにくらしましたとさ、めでたしめでたし。
「……」
「と、いうわけです」
手に持っていた絵と文が描かれた紙の束を下ろしながら、美しい肌に、透き通るような翠玉色の瞳、黒と白が入り混じった髪色で、胸が控えめな美女は、無表情ながらそう満足そうにつぶやいた。
それを傍らで聞いていたカインは少しの間逡巡し、彼女をちらりと見つめ、意を決したように口を開いた。
「何が!?」
「何が、『何が!?』なのでしょうか?」
こてんと首を傾げこちらを無表情で見つめてくる彼女を見ながらカインは溜息を吐いた。
「き、君が俺の魔工具であることは想像がついてた。見た目もそんな雰囲気だったし、なんだろう、感覚かな、凄く落ち着く感じがした」
「もはや夫婦」
カインは先程の物語のようなものを聞いてより確信していた。多少誇張はあったが、カインの子供の頃の話に似ていたし、この話を父親以外にしたことはない。強いていうなら、その孫くらいだが、彼が俺の話をわざわざ誰かにすることはないだろう。
魔工具の鍵盤。それが彼女の正体だったのだ。
それはなんとなく理解できてしまうのだが、やはり腑に落ちない大きな問題があった。
「なんで、人の姿をしているの!?」
「まず最初に話しておくべきことが一つ。私は遺物です」
遺物。それは、古代に使われていた『奇跡の道具』の呼び名である。
元々魔導具も遺物を見本に作られたものが大半だ。ただ、実際に本物を所持しているものはほとんどいない。それだけ価値のあるものなのだ。効果によってピンキリではあるが、現時点で確認されており最も価値があるとされている〈空間転移〉の遺物は国さえも買える金額と言われている。
その、遺物が彼女らしい。
「私は、〈自律思考〉の遺物なのです。自分で考え、成長が出来ます」
「な……!」
それは魔導具業界、いや、世界を揺るがす言葉であった。
自律思考の遺物。自分で考え、自分で成長できる道具。
それは、魔工技師が、錬金術師が、神に挑む禁忌の道具である。
何故ならば、それは『生き物そのものを作り出すこと』といっても過言ではないからだ。
とんでもないものが今、目の前にいる。
カインはくらくらする頭を押さえ、話を聞くことにした。
「で、で、自律思考の遺物が何故そんな姿に?」
「カイン様にツールとして使っていただくうちに私は色んなことを学習し、覚えていきました。そして、ある結論に達したのです。『カイン様のおよめさんになりたい』と」
目の前の世界を揺るがす遺物は、表情を変えずそう言い放った。
カインは、スルーした。
「で?」
「そこからは、とにかくおよめさんになる方法を考え続けました。しかし、最大の障害はやはり、ツールであることでした」
そりゃそうだ。
カインは、その言葉を飲み込んだ。
「カイン様が道具にしか欲情しない特殊な性癖に目覚める可能性も計算したのですが残念ながら限りなく低く、私がカイン様の好みの姿になることの方がより高い確率だったのです。そこで、私は自分のボディを作る為、まず、私、魔工具の術式を書き換えました」
は?
自分で自分の術式を書き換えるツールなど勿論カインは知らなかった。
「ああ、書き換えようとするとロックがかかりキーワードが必要となるのですが流石に自分のキーワードは分かりますからね。というか、所属ごとで大体同じキーワードにされていましたから、同じ所属の遺物を持ってきていただけたら書き換えて見せますよ」
だから、遺物は貴重なんだって。
カインは貴重な遺物そのものにそうツッコみたかった。
「そして、術式を書き換え、この触手で様々な行動ができるようになったのです!」
魔防布作りで見たときのように、右腕がパカッと裂け、中から鈍い銀色の触手が現れ動き回っている。どうやら、これが彼女の言う触手らしい。え? 動きすぎじゃない?
え? じゃあ、昔から勝手に動いていたの?
ふんすと無表情で鼻息荒くするツールを眺めながらカインは思った。
「そこからは、カイン様が寝ている間に、ボディの部品となるパーツを集め、ボディを作る為のラボを作り、研究に研究を重ね、ついにこのボディを先日完成させたのです!」
へー。
再びふんすと鼻息荒く拳を固めるツールを前にカインの思考は停止していた。
「えー、と……先日? でも、ツールは俺がずっと使っていたよね」
「あ、はい。なので、〈模写〉の術式で私の術式そっくりの魔導具をカイン様の故郷の近くのラボに置いてきたのです」
もうだめだー。
カインは魔工技師としては優秀な為、頭は決して悪くない。しかし、遺物が語る内容は現代魔工技術をはるかに超えていて理解できる部分の方が少ない。術式を模写するの意味は分かっても、自律思考という魔工技師が一生賭けても術式設置できるかどうかのモノを模写する? カインは自分とはかけ離れたレベルの世界だと俯いた。
「何をおっしゃいます。私のラボが無事だったのはカイン様の考案した〈反射〉の術式のお陰ですよ」
ルマンの魔防布にも使った〈反射〉の術式。それは、カインがツールを使って様々な実験を行っていた時に生まれた偶然の産物であった。
〈反射〉の術式は本来攻撃魔法などを跳ね返すためのものだ。しかし、これが〈探索〉にも有効だということはこの時初めて教えられてカインは知った。〈探索〉は魔力を持つものを探し出す魔法で、波のように出る魔法に魔力を持ったものが触れた時点でおおよそ何かが分かるのだが、〈反射〉の術式はそのまま跳ね返すため、魔力を持たない何かと判定されるのである。森深くに作られたラボは木々で直接見つけられることを避け〈反射〉によって魔法で見つけられることを避けていたのだという。
「そして、自らの足で歩いてやってきた私のボディと、ツールに在る『私』を合わせて作ったのが、この、今の私なのです!」
本日三度目のふんす鼻息。
つまり、ツールはカインがツールを用いて経験を積み重ねていく際に、自我を獲得、もしくは、本来の自律思考に覚醒し、自分にとって都合のいい体を作る為、まず道具でありながら動けるように術式を自分で改良。そして、ある程度動けるようになってからは、より人間に近いボディを作る為、ラボを建設。そこで自分の分身と言える道具に研究に研究を重ねさせ完成したボディ。そのボディにツールの中にある自我を封じ込め、生まれたのが、ふんすしている彼女だということらしい。
「もう、考える、のは、やめる」
「そうしましょう。それより、カイン様、私はどうですか?」
「どう、というのは?」
「カイン様の好みに近いでしょうか」
自分で言ってたじゃないか、カインの理想の姿だって。
カインは困っていた。何故なら、彼女が本当に素敵だったからだ。
すらりとした手足、きれいな肌、美しい翠玉色の瞳、白と黒の混じった髪は特徴的だが、それさえも彼女を唯一無二の美女としてのちょっと変わったスパイス位に感じられる。
こちらを見て首を傾げる所作も全て心くすぐられ、熱くなった顔を思わずそむける。
だからこそ、思う。
彼女に自分はふさわしいのだろうか、と。
「カイン様」
反らした顔に彼女の両手が添えられ無理やりに彼女に向けられる。
「私の瞳には、今、カイン様しか映っていません」
「う、うん」
「それだけは覚えていてください」
彼女の両手が熱を持っているように感じられたのは気のせいか、それとも、カインの顔の熱のせいだったのだろうか。
「そうでした! カイン様にお願いが」
「お願い?」
「私に、名前を付けていただけませんか」
「名前、でも、ツールって」
「それは、人間でいう所の種族の名です。私の名前が、カイン様に呼ばれる私だけの名前が欲しいのです」
カインは、考えた。名前をつける。なんという大変なことを自分に任せるのか。
「コ、コル」
「……ココル?」
こちらを見つめる翠玉色の瞳に吸い込まれそうになる。
「確か、どこかの言葉で『傍にいる』という意味だったはず」
「ココル……カイン様」
「ん?」
「呼んでください」
彼女は、何故かとててと少し離れてそう言った。
「えーと」
「呼んでくれないと、カイン様の恥ずかしい過去を一つずつ大声で叫びます」
「ココル!」
カインは慌てて、彼女の名を呼ぶ。
「はい?」
彼女は無表情。けれど、どこか楽し気に手を当てた耳をカインに向ける。
「……ココル」
「はい」
ココルは、一歩近づく。
これは、呼び続けないといけないのかな。
カインは苦笑しながら、それでも、彼女を呼び続けた。
「ココル」
「はい、カイン様。あなたのことを世界一素晴らしい人だと思っているココルです」
「ココル」
「はい、カイン様。天才魔工技師のあなたに命を与えられたココルです」
「ココル」
「はい、カイン様。あなたの理想のナイスバディを体現したココルです」
「ちょっと!」
カインが大声を上げると「ふふふふふ」と無表情で笑うココル。それにつられてカインも笑ってしまう。もうココルは目の前だ。けれど、ココルはじっとカインを見つめている。
「…………こ、ココル」
ココルは更に一歩近づきカインに抱きつく。
「はい、カイン様。あなたのことが大好きなココルです」
カインは、ココルを抱き返し、そっと囁く。
「ありがとう、ずっと傍にいてくれて」
「こちらこそ、ありがとうございます。あの時助けてくれて」
*********
レイルの街から出ていく馬車の中、メエナはこそこそと荷物を漁っていた。
先程のシアを見つめるバリィの様子を見て、本当に自分を愛してくれているのか不安になり、何か他の女に繋がりそうなものがないか探していたのだ。
と、バリィの荷物の入った箱の底に、赤い紐のブレスネットを見つける。
やっぱり! 誰か女のものが! だって、こんな小さなブレスレット、バリィには……
メエナがそう思い、振り返ると、すぐ後ろにバリィがいた。鋭い目つきでこちらを睨んでいる。いつの間にか気が付かれていたようだ。
「何、やってる」
「あの、荷物を整理しようと……そ、それより、バリィ、これ!」
メエナは少しでもバリィにやり返してやろうと、赤紐のブレスレットを見せつける。
動揺するかと思われたバリィだったが、それを見るとニヤリと笑いメエナの手からひったくった。
「まだ、あったのか……コレ」
「それ、何……? 誰か女の子のじゃないの?」
持ち主を聞いたメエナに対し、恐ろしい悪戯を思いついた悪魔のような笑顔でバリィは振り返った。
「これは、俺のだよ。俺が初めてアイツから奪った俺のものだ……そうだ、アイツは持つものじゃない。奪われるものだ。アイツは勇者じゃない、俺が、俺こそが勇者だ。俺が全てを手に入れる。俺が俺が俺が! なのに! なんで! アイツは! アイツはぁああああ!」
馬車の御者はとんでもないヤツを乗せたと後悔しながら息をひそめ、馬を必死に落ち着かせた。メエナはバリィに対しひどく失望したように眺めていた。ティナスは相変わらず紙の束に視線を落としている。バリィは誰にも興味を向けず、手の中の赤紐のブレスレットを睨みつけ詠唱を始める。
「炎よ、我が声に応えよ。我が手に満ちよ。我が手から離れよ。我が目に映るかの者を燃やし尽くせ……〈絡みつく炎〉」
赤紐のブレスレットよりも赤い炎がそれを焼き尽くし、真っ黒な炭がぼろぼろと零れ、馬車の中に焦げた臭いが広がる。しかし、誰もそれに触れることはない。
むわっと広がる臭いは馬車から離れ、真っ暗な闇の中で静かに広がっていった。
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