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四部19話 のんびり亀さんはデートをしましたとさ・後編

「カイン? 久しぶりね。ああ、この人? 私の愛する人、エンジョ。彼、貴族なのよ。しかも名のあるアオリマクリ家の」


聞いてもいないことをカインの嘗ての恋人メエナは語ってくる。


「ハッハッハ! 君がカイン! あのたすの英雄か! 英雄様がこんな遊戯場に来るなんて暇なのか? 早く魔物を滅ぼしてくれよ!」


エンジョと呼ばれた男は青髪をさらりとかき上げ顔をぐっとこちらに寄せてくると、大声で話しかけてくる。

至近距離での大声にカインは顔を顰めるが、エンジョは気にせずに大きな声で騒ぐ。


「それより! さっさとやろうか! 亀のお嬢さん! ん? 待てよ、もしかして……はっはあ、カイン、この女はお前の連れか? なら、丁度いい玩具がある! これで遊ぼう」


そう言うとエンジョはメエナが持っていた袋から冠を二つ取り出す。


「あれは……」

「うわあ、悪趣味―」


森人族のダムとディーが顔を歪ませながらそれを見つめる。


「これは、な、【黒犬の工房】製の魔導具で『茨のドルネクロネ』というものだ。使い方は簡単。こういった遊戯盤に接続し頭に被る。例えば、この戦盤だと駒を取られれば、痛みが走る。まあ、簡単に言うとそういうものだ。これを互いの連れにつけて遊ぼう」

「な……! そんな!」


タルトが慌てて、エンジョの提案を止めようとするがそれより先にエンジョの大声が遊戯場内に響く。


「こちらは、挑戦を受ける側だぞ! あれだけ自信満々に言っておいて、駄々をこねるのか。はあ~、臆病者が! なら、さっさと尻尾を巻いて帰れ!」


エンジョが責め立てるようにそれでいて、相手の怒りを煽る様に叫ぶ。


「で、でも……」

「タルト、いいよ」


それでも食い下がろうとするタルトの肩を掴み、カインが同意する。

それを見てエンジョは大きく口角を上げて嗤う。


「いいねえ、流石英雄サマだ」

「あの、エンジョ、様……私も、ですか?」

「当たり前だ。なあに、大丈夫。少しばかり痛みを感じるかもしれないが、すぐに圧倒して見せるさ」

「そ、そうですね。女性の味方と言われるエンジョ様ですものね」


エンジョは、女性蔑視を盾に何人かの人間を地獄に追い込んでいた。

それは飽くまで火種として使っていたのだが、エンジョの都合のいいように人々が解釈し、また、美しい容姿も相まって、一部の女性から絶大な人気を誇っていた。


「両者の同意が得られたんだ。森人よ、つないでくれるよな」

「はいはーい、つなげるよー」

「わかった……」


ディーとダムは、淡々と作業に入る。

戦盤の魔導具のカギを外し、接続する作業を行う様子を見守っているカインにタルトが話しかける。


「あの、カインさん、すみません。ワ、ワタシ……」

「タルト、一泡、ふかせて、やって、よ」

「……! はい!」


カインの珍しい挑戦的な笑みに、タルトの顔は輝き始める。

そして、エンジョとタルトの戦盤・風戦が始まる。


「タルトちゃん、街の英雄カインさんの運命を背負うって今どんな気分、ねえ、どんな気分?」

「うるさいですねえ」

「あんまり、下手な口きかない方がいいよお、俺の家、そこそこ力持っている貴族だよ。君みたいな海人族なんて簡単につぶせちゃうよ」

「……!」


タルトの一手目は、剣兵を前に出す。


「おお~、強気~! そうだよねえ、早く攻めて早く終わらせないとカインさんが痛めつけられるもんねえ、それとも、早く俺と夜に遊びたいからかな?」


エンジョが口を閉じることなく打ち込む。

タルトは、そのエンジョの口撃に顔を顰めながらも打ち続ける。


タルトの強烈な進撃から始まった戦盤だったが、徐々に形勢はエンジョに傾ているように

見えた。

その決定的な一手は、攻め手の要である剣将をタルトが討たれたところだろう。


「あぐう!」

「カインさん!」


カインの身体に痛みが走る。

それをタルトは青ざめた顔で見る。


「ヒャッハッハ! これはもう、ダメでしょ! 剣将とられたらもう!」

「ま、まだです。まだ……」

「うんうん、せいぜい足掻いてね。そういうの俺だ~いすき」


そこからはタルトが一手攻め手を見せるとエンジョが潰すというやりとりの繰り返しとなった。

メエナに至っては、一度も痛みを感じない為、エンジョにしなだれかかって退屈そうに盤面を見ている。


「ねえ、これもうやる必要ないんじゃ」

「そうだねえ、でもねえ、タルトちゃんの頭の回転が遅いから、まだ負けだと分かってないみたいなんだよねえ」

「まだ、負けてません」

「ヒャッハッハ! いいねえいいねえ、じゃあ、ここからは蹂躙の時間だ! 逃げろ逃げろ逃げ惑え! そして、俺を楽しませろ!」


いたぶる様に構えていたエンジョが攻勢に出始める。

エンジョの魔将が襲撃し、タルトの剣兵を斬り裂く。


「ぐ……!」


痛みを感じるカインを気にしながらタルトは慌てて剣兵を前進させる。


「ヒャッハッハ! 槍だったらとれたのにねえ! どん亀ちゃん」


考える間を与えないつもりか間髪入れずにエンジョが馬鹿にするように魔将を下げエンジョ側まで攻め込んでいた弓兵斜め後ろにつき命を狙う。


「……」


タルトはエンジョを睨みつけながら、弓兵を救う為か、魔兵を更に前進させる。


「遅い遅い遅い! ざ~こ! さあさあ、後ろに気を付けないとブスリとやられちゃうよ」


それを躱しながら魔将が剣兵を背後から討つ。


「ぎ……!」


カインのうめき声にタルトが振り返り慌てて口を開く。


「ああ! カインさんごめんなさいごめんなさい!」

「ヒャーッハッハッハ! 漸く負けを認めたね! 遅い遅いよ! まあいい、その遅さはかわいさだ。夜はその遅さに合わせてゆ~っくりじっとりかわいがってあげるよ!」

「あっはっは! カイン! 似合うわよ! 痛みに耐えるその顔!」


タルトの謝罪の言葉に、エンジョとメエナが顔を歪ませて笑う。

タルトの様子を見守っていた人々も身体を震わせている。


「ごめんなさい! カインさん! ……コイツを地獄に落とすのに時間がかかってしまいました」

「「………………は?」」


タルトが盾兵を横にずらす。

その先には、エンジョの動かしたばかりの魔将。

魔将が盾に潰され、一瞬で消え去る。


「いっ……たああああああああ!」


メエナが初めての痛みを受け絶叫する。


「あ、れ……? いつの間に、こんなところに……?」


エンジョが呆然とした様子で盤面を見つめる。


「あの、もう時間ありませんよ。遅いですねえ」

「は……! まずいまずい!」


タルトの一声に慌てて制限時間の短い風戦であることを思い出す。

焦るエンジョが剣将を動かし、守りを固める。


「はいいらっしゃい」


槍兵が剣将を討ち取る。


「いだあああああい!」

「だ、だまれ! メエナ! 集中できない!」

「で、でもお!」


エンジョが苛立ちながら次の一手を探す。

そして、僧兵を動かそうと駒に手を付けた瞬間。


「あ、それ逃がすと王とられますよ」

「え……あ、あー―――!」


タルトの一言で、漸く僧兵の後ろに王が控えていることに気づく。

エンジョは僧兵を横に逃がすつもりだったのを、後退させる。

弓兵が王を囲む魔兵を討つ。


「うぅううううー――!!!」


追い詰められたエンジョの王が逃げ出す、と、タルトの魔兵が剣将を討つ。


「ああああー――!!」

「うるさーい! 黙れ!」


メエナの叫びに耐えかねてエンジョが立ち上がりメエナの頬を平手で叩く。


「黙ってみていろ! バカ女が!」


エンジョは必死に盤を見つめ、見つけた一筋の光明に顔を歪め、打ち込む。

それをタルトが一蹴し絶望に突き落とす。


「く……!」

「あ、が……!」

「これなら……!」

「いだああ!」

「見えた……!」

「ばかがあああああ!」

「誰が馬鹿だ! ち!」

「も、う、いぎゃああああ!」


追い詰められた王を守るためにかき集めた兵たちが蹂躙されていく。

そして、その様を見守り、肩を震わせていた人々はもうこらえ切れず、笑いだす。


「「「「あっはっは!」」」」

「ニカルサの極みだな」

「ニカ、ルサって……」

「おう、流石にあのたすの英雄は知ってるか。 万人の勇者の右腕、智将ニカルサだ。彼は、相手を深くに引きずり込んで、徹底的に叩き潰す作戦を好んだ。戦盤では、良い手筋のことをニカルサと評して褒めたたえるのさ」

「ニカルサ……」


伝説の智将の名で褒めたたえられた亀人族の美少女は、淡々とエンジョを追い込む。

諦めの悪いエンジョは縋るメエナを振り払い、まだ何かあるはずと戦う。

が、気づけば、王と二人の兵を残してエンジョ軍は壊滅する。


「……負けだ。俺の……。ち! このクソ女が騒ぐせいで集中出来なかった!」

「そんな……エンジョ!」

「ええい! 触るな! バカがうつる! タルトとか言ったな! 覚えておけ! たとえ、あのたすのお気に入りといえど俺の家がお前を潰す……!」

「え……? その前にアナタが潰されますよ?」

「は?」


ぽかーんとした顔のタルトとエンジョが見つめあう。


「ここにいる方たちはいろんな貴族と懇意にされている大商人の皆さんばかりですよ。勿論自分が戦盤で負けたことで逆恨みはしませんが、見かけた戦盤でのアナタの立ち振る舞いや女性を殴ったことはきっと噂として伝わるでしょうね。そんな外聞最悪の貴族と付き合おうとする人がいるとは思えませんが」


周りにいる老人たちが大きく頷く。


「それに、早く家に帰って金策に走った方がいいぞ。若造、お前の愚行の火消しにお前の家は金を使いまくっていたからな。今回の火は大きすぎる。火の車どころの話じゃなくなるぞ」


エンジョに負けた老人は金貸しを生業としているようで、同情の目をエンジョに向ける。


「嘘だ、嘘だああああああ!」

「まー戦盤の面白さを分からないままに、ただただ人をいじめる道具に使うつまらない人間にはお似合いの詰みっぷりだねー」


ディーがエンジョの耳元で嗜虐的な笑みを浮かべ高音で囁く。


「せ、戦盤の面白さ?」

「戦盤は、戦いであると同時に、会話だ……。互いの知恵を絡ませあい、螺旋のように高めあい、美しい知の結晶を生み出す……。お前が理解できないから彼女はお前を踏み台に一人踊るしかなかった……」


ダムが見下ろしながら呟く。


「「お前は、出入り禁止だー(……)」」

「といっても、もう来ることも出来ないだろうけどねー!」

「相手を傷つけることでしか楽しめないお前には似合いの末路だ……」


エンジョは、泣きながら飛び出していく。

恐らく家へと駆けこむのだろう。

しかし、家にはもう手がないだろう。

ただただ奪われていくだけの人生が彼を待っているだろう。


「なん、で……こんな、ことに……」


そして、その奪われる男に置いて行かれた女は呆然としていた。

彼女もまた追い詰められていた。

彼と出会い、冒険者を辞めた。

当てにしていた地位も金も手に入らないだろう。

さっきまでの痛みは嘘だったかのように消えている。

だからこそ、分かる。

この先待つ痛みや苦しみは現実で、先ほどまでの痛みなどとは比べ物にならないだろうと。

そんな彼女の前で、一人の美少女がかがみこむ。

彼女が恋仲になっていた黒髪のぼおっとした男を慕う美少女。


「カインさんは……高いものや新しいものをくれなかったかもしれない。でも、きっとアナタの苦しみや痛みを分かち合ってくれたはずです。アナタが罪悪感を持たないようにさり気なく、そっと、やさしく……ただ、もうアナタの隣には行かせません。ワタシが、行かせません。自分で、歩いてください」


タルトはそう言うと、カインの手を引き歩いていく。

彼女はただただその背中を見つめた。

多分彼女は分からない。タルトの言ったことが分からない。

今まで分かろうとしなかったことが急に分かることなどないのだ。

少しずつ少しずつ亀の歩みだろうと、それはきっと積み重ねていくものだから。


「あの、タルト……」


カインはつないだ手を引っ張って足早に行こうとするタルトを引き留める。


「カインさん。ワタシは許しませんからね。あのひとを助けることを」

「……ありがとう。痛みを分かち合ってくれて、ありがとう」


カインは分かっていた。

タルトが自分の為に、言ってくれたのだと。

事実カインには罪悪感があった。

こうなる前にメエナに何かできたのではと。

けれど、タルトが言った。


『行かせない』と。


タルトとメエナ、どちらが大事かと言えば勿論タルトだ。

タルトを優先する。

大切な人を大切にするために。

大切ではない人を大切にしない。

天秤に乗せられたことでカインは傾くことが出来た。


(矛盾だ)


タルトと挟んだ戦盤で全てを救う方法を探すと決めたのに、そう一人自らをあざ笑っていると声がかかる。


「カインさん、違います。ワタシの話と先ほどのことは違います。絶対に違うんです」


タルトは再びカインの手を引いて歩きだした。

結論はなかった。

賢いタルトでも誰もが納得する結論は言えなかった。


それでも、繋いだ手の熱さが、カインを前へと導く。

強く握られたその手に痛みはある。

けれど、それが当たり前だ。


タルトの背中が見える。

あの時カインがそっと押したタルトの小さな背中。

その背中が今、カインを導いてくれている。

手は繋がれていた。

別れの時間までずっと、ずっと。


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