入れ替わり
『お願い……私と貴女との魂を入れ替えて下さい。私にはもう……限界なのです』
「あ?誰、あんた」
『竜王エレフ様の正妃のエディスと申します……番として正妃となったのですが、竜王様は私に見向きもせず、夜は他の妃の元へ通っているのです。……私にはそれが辛くて、辛くて……』
「よく分かんないけど、貴女なんも悪くないじゃん。糞みたいな夫なんて捨てなよ」
『私にはそんな勇気もなく……』
「なんか……人生損するタイプだね。んで、なんで私なの?」
『分かりません。私の体と共鳴するのが貴女だったのです。寧ろ、私の体は元々貴女のものだと思えるほど』
私はふーん、と他人事のように聞きながらテレビの番組を変えてポテチを食べる。
『お願いします……魂が入れ替われば記憶なども共有されます。貴女の好きなように生きて良いです……お願いします……』
幽霊のように部屋の隅で金髪美女は鬱陶しほど泣く、泣き続ける。ほんの少しだけ可哀想に思い、そしてつまらない日々が面白くなるかもしれないと私は考えた。
「いいよ、交換しよう。後からまた交換とか無しだからね」
『っ!!ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!』
シクシク泣いていたのが嘘のように金髪美女は破顔した。私はこの金髪美女の体を好き勝手できると思うと少しワクワクした。
『それでは……魂を入れ替えます。竜化の方法は感覚で分かると思います』
「え?竜化?ちょっ!!そこ大事じゃない!?」
私の叫びは届かず、視界が暗転して闇へ落ちていく感覚がした。
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目が覚めると朝だった。可愛らしい小鳥が窓の外で囀っている。私は広いベッドの上で独り寝ていたらしい。ベッドから降りて鏡を覗き込むと金髪美女になった私がいた。私はエディスになったのだ。そしてエディスの記憶が流れ込み、竜化の方法も分かる。こんな力があるのなら糞夫を一発と言わず何発も殴れば良いのに。
私は扉の向こうから聞こえてくる早足の音を聞き取り、窓を突き破って竜化する。その姿は金色に輝き美しい。一気に空に向かって急上昇して空を飛ぶ感覚を楽しむ。まるでジェットコースターみたいで私ははしゃいでいた。
下から黒い竜、糞夫エレフが追いかけてくるが、私はもうエディスでありエディスでは無い。体を丸めて力を溜め、急上昇してくる糞夫エレフを尻尾で殴り飛ばした。糞夫エレフはまさか私に尻尾で殴られるとは思ってなかったのだろう。妃達の宮殿へ思いっきりぶつかり、地面にめり込んだ。
私は清々しい気持ちで街の上を泳ぐように自由に飛ぶ。だが、その後を糞夫エレフが追いかけてくるので、私は最大限の憎しみを込めて唸り声を上げて威嚇する。すると、糞夫はオロオロとして情けない子犬みたいな声で鳴く。追い討ちをかけるように私は牙を剥き出し、これ以上近づいたら殺すと念を込める。
『エディス……すまない、落ち着いてくれ』
糞夫は気持ちの悪い求愛の鳴き声を上げる。私はフンッと明後日の方向を見て、最大限の速さで山へと飛び去るが、糞夫は何処までも付いてくる。流石の私も本気でキレた。
空中で急停止し、体を回転させて尻尾に勢いをつけて、同じく急停止した糞夫の顔面を叩きつける。だが、叩きつけたはずの糞夫は微動だにしていなかった。そして、また求愛の声を出しながら念話をしてくる。
『エディス……いや、エディスではない番……名前を聞かせてくれ』
『黙れ、下半身ゆるゆるの癖に。何が番だ、浮気する男は皆死ね。そして死ね』
私は牙を剥き出しにして、糞夫の喉元に思い切り噛みついた。物凄く硬いが、牙が折れそうな程力を込めると、少しずつ牙が鱗を貫通し肉を捕らえる。
『やめるんだ!!牙が傷ついてしまう!!』
糞夫は焦ったように私を引き離そうとするが、力が全く無く、どうすればいいかとオロオロして私の肩に手を置くだけだった。それが腹立たしく、意地になり殺気を込め、唸り声を上げながらもっと力を込める。
『一回去勢しろ、てか、死ね」
『エディス……いや、番!!一旦落ち着いてくれないか!?これでは話も出来ない!!』
『話すことは何も無い!!私は浮気をしない一筋な旦那様を見つけに旅に出るの!!だからお前はいらない、邪魔、去勢しろ』
『番!?それは駄目だ!!』
糞夫は噛み付いたままの私を抱きかかえ、城へと猛スピードで戻る。私の口の中に糞夫の血が流れてくるのが気持ち悪い。糞夫の腕の中で色々と暴れ、鋭い爪で何度も身体中を引っ掻きまくる。城に着く頃には糞夫はボロボロな姿になっていた。それもまだ、私は首に噛みついたままという滑稽な姿で。
『番、竜化を解いてくれ……頼む。城のもの達や民が混乱している……頼む』
『去勢したら考える』
『まだ私達は子を残していない。……私達に子が出来たら去勢も厭わない』
その言葉に私はまたブチ切れ、渾身の力を込め、糞夫エレフを既に半壊している妃共がいる宮殿にぶん投げ、ついに宮殿は全壊した。
『浮気してる上に子を作る?私を馬鹿にすんじゃねぇ!!』
カチカチと歯を鳴らし、口から炎が漏れ出す。それに周りに集まる兵士達も息を呑み、見守る事しか出来ない様だった。そうだろう、竜化した私達を止められるのは私達しかいないのだから。
それに私の言葉に同意する者も多いのが事実だからだ。番を持つのに、違う女の元へ通う糞夫を良く思わないのは周知の事実だったのだ。竜王といえど番を大切にしないのはあり得ない事なのだ。
糞夫は竜化を解き、人化する。その姿は咬み傷と引っ掻き傷でボロボロで……竜化したまま威嚇する私の前まで来て、なんと土下座した。
「すまなかった……!!すまない!!もう二度と君以外の女には触れないと誓う!!」
私は怒りと共にあの名言を少し変えて叫ぶ。一度言ってみたかったんだよね。
『……黙れ小僧!お前に私の痛みが癒せるのか!?』
「……小僧?私の方が年上なのだが……」
私は尻尾を糞夫の横に叩きつけて、地面を割る。否は言わせない、今この場で一番偉いのは私だ。糞夫の言葉なんぞ心に何も響きはしないのだ。私は臨戦態勢から凛と澄ました体勢を取る。
『去勢してから出直して来い』
私は竜化を解く事なく、全壊した宮殿に腰を据えた。少し疲れたので糞夫や周りの声を無視し、本能のままふて寝をした。ああ……起きたらまたジェットコースターしよう。何と素晴らしきかな、竜人生。