テロ活動その1
今日も1日疲れた…
重たい体を引きずり、やっとの思いで美琴は自身の住むアパートまで帰って来た。
駅から少し離れた、住宅街の一角に建つアパート。
それが就職を機にひとり暮らしをはじめた、美琴のお城だった。
憧れていたひとり暮らしも、先立つ資金がなければわびしいもの。
職場への近さと猫が飼えること、家賃の安さで選んだアパートは、お世辞にも広いとは言えないし、古さは否めない。
そんなアパートなので、必然、他の住人たちも個性に富んでいるようで、生活リズムも異なるのか、滅多にすれ違うこともなかった。
ただ、顔を合わせる機会がなくとも、他の住人たちの生活ぶりが筒抜けて分かってしまうのも、このアパートならではだった。
階段を登る音、ドアの開け閉め、部屋の明かり。
主に壁の薄さや配管の具合などが原因なのだろうが、美琴は意外にもこのアパートでの暮らしを気に入っていた。
ひとり暮らしだけどひとりじゃない、みたい、なんて。
生来が甘えん坊気質なのだろうと、美琴はそんな自分に苦笑して、アパートの門扉を開ける。
もちろん、オートロックなんてものはついていないし、エレベーターもない。
息を切らせながら階段を上り(一段が高い!)、2階につく。
通路の突き当たりの角部屋のひとつ手前が美琴の部屋だ。
ごちゃごちゃの鞄の中から苦労して部屋の鍵を取り出し、部屋に入る。
内ドアの向こうから、飼い猫の餌コールの鳴き声に急き立てられる。
頼む。ちょっと待って。
ひぃひぃ言いながら、玄関でパンプスとストッキングを脱ぎ捨てれば、HPケージはゼロだ。
慣れない仕事に詰めていた息をつき、少しだけ馴染んできた部屋の空気を吸ったそのとき、美琴はあることに気づいた。
「いいにおいがする…?」
それは、記憶の琴線に触れる匂い。
美琴はクンクンと再び匂いを嗅いでみた。
「たべもののにおい…?」
だが、自室のキッチンには、朝飲んだカフェオレのカップがシンクにおかれてガビガビになっているだけだ。
だがこれは確実に料理のにおい!なんかしらんけど!
不思議に思い首を捻るも、内ドアの向こうでは猫がいよいよ鳴いている。ナニしとんじゃワレェ!帰っとんならさっさとこっちゃきて、撫でくり回さんかいゴルァ!と凄んでいる。ような気がする。怖い。
ひとまず、美琴は自宅警備員の慰労に専念することにした。
部屋着に着替え、猫の世話が終わり、美琴はにおいについて改めて調べてみる。
内ドアを開けたせいで、もともと微かだった匂いがずいぶんと薄まり散ってしまったようだ。
「あー、なんだっけなぁ…これ。
しょうが焼き…違うな、照り焼き…もなんか違う。
てか、なんで?どこから?謎過ぎる上にお腹空いた…」
美琴は考えることをやめ、冷凍パスタをチンすることにした。