1話‐1
遥か彼方に飛んでいく颯花とフライングシャークの姿を映した後、画面内の風景がテレビ局のスタジオへと切り替わる。
『強盗犯達を捕まえ、怪獣を海まで誘導して被害を抑えるなど今日もストームガールは大活躍でした。さて、次のニュースです。鶴羽市にて連日暴れまわっていた超能力者の糸川達夫が、最近頭角を現してきたヒーロー、ブレイズライダーによって捕まえられました。その時の映像が――』
キャスターが次のニュースの内容を読み上げる中、机の上に置いてあるリモコンを拾い上げてテレビの電源を切る。
「兄さん、何をするんだ! ボクがまだニュースを見ているのに、勝手に電源を切るなんて」
ソファーに座ってテレビを見ていた、黒い髪を短く切り揃えて眼鏡をかけた少女が、背後に立っていた俺の方へと振り向き抗議の声を上げる。
「そろそろ飯の時間だから呼びにきたんだ。料理が冷める前に食卓につけ」
俺の事を恨めしそうに睨みつけている少女……妹の文に食事ができた事を知らせてやる。
両親は海外で仕事をしており、現在は不在。
家には俺と文の二人しかおらず、とある事情で俺が家事を一手に引き受けているのだ。
「う……わ、わかったよ。だけど、次のニュースだけでも――や、やめろ! 引っ張るな! 兄さんがヒーローを好ましく思っていないのは知ってるけど、妹に八つ当たりするのは違うだろ!」
「はいはい、話は食事が終わってから聞いてやるよ」
年齢の割に小柄な文の首根っこを掴んで食卓まで引っ張っていく。
この駄々っ子が世間では稀代の天才科学者と呼ばれているなんてどうかしていると思うが、実績自体はかなりあるらしいのだから驚きだ。
先述したとある事情は、文が天才科学者だということに起因する。
小学生の頃から天才と呼ばれ、中学に進学すると同時に学業の傍らで黒鉄工業という会社で研究員として活躍するようになってから早三年。
質量圧縮装置や小型ホログラム生成装置だのを開発し、今ではストームガールの装備開発にも携わっているらしい。
文が研究員としての仕事で忙しい所為で、残った俺が家事をするしかないという訳だ。
「覚えてろよ。この恨み、いつか……」
「わかったからさっさと食えよ」
三人分の食事が用意された食卓についてなお、文は俺に恨み言を呟き続けていたが急かされた事によりいただきますと言って食事に手を付け始める。
……本当に恨みを晴らされたりしないよな?
さて、文が食べ始めた所でこの場にいないもう一人の事を考える。
三人分の食事が用意している事からもわかる通り、この食卓には俺と文以外に本来ならもう一人いるはずなのだ。
……いつ帰ってくるかもわからないし、一度冷蔵庫に入れてから後で温め直してやろうか。
そう考えてラップを取りに行こうとした時、玄関から扉が開く音がして、それから間を置かずに食卓のある居間から廊下に続く扉が開かれる。
「一成、文ちゃん、ただいま! 一成、まだご飯ある?」
ポニーテールと頭頂部に生えたアホ毛を揺らしながら、一人の少女が勢いよく居間へと入ってきた。
少女の名は風見颯花。
先程までテレビに映っていたスーパーヒーローにして、隣の家に住んでいる俺達の幼馴染でもある。
「……ここはお前の家じゃないから、お邪魔しますが正しいんだけどな。おかえり、颯花。今から食事にする所だよ……とりあえず、手を洗ってうがいをしてこい」
俺の返事を聞くと同時に、颯花は洗面所へと向かい、暫くしてから戻ってくると食卓に座り手を合わせた後に食事に手をつける。
颯花は両親と一緒に住んでいるのだが、週に数回程仕事で帰りが遅くなる時がある。
そういう時に颯花は俺の家に来て、一緒に食卓を囲むのだ。
「颯花ちゃん、今日も大活躍だったね。フライングシャークの親子は無事に海へ帰せた?」
「うん。……それにしても酷いよね。動物の子供を攫って利用するなんて……あの時はフライングシャークの対応で夢中だったけど、本来ならあの超能力者にもう少しおしおきしてた所だよ」
食事をとりながら、文は颯花に今日のヒーロー活動の成果を聞きこんでいる。
……これでさっきの事を忘れてくれればいいんだけどな。
それにしてもこうしていつも通りの颯花を見ていると、テレビに出て活躍しているヒーローとは思えない。
「ごめん、ちょっと醤油貰うね」
颯花がそう言うと、彼女の超能力によって醤油差しが宙に浮き、颯花の手元へと移動していく。
便利な超能力だとは思うけど、こんな使い方していいのだろうか?
そんな疑問を感じつつも、俺が作った料理を美味しそうに食べてくれる二人をみて、少しだけ誇らしい気持ちになれる。
……何も特別なモノを持っていない俺が、颯花のようなスーパーヒーローや、文のような天才科学者に何かをしてあげることができて、少しだけ満足感を得る事ができているのだ。
「ニュース見たよ! 昨日も凄い活躍だったね!」
翌日の学校。
クラスでは昨日のニュースの話題で持ち切りになっている。
普通ならここまで話題になる事もないのだろうけど、ニュースの当事者がクラスメイトとなると話が別だ。
校舎外側の窓際にある颯花の席の周りには人だかりができており、昨日の事件について質問している者や、ねぎらいの言葉をかけている者が集まっている。
中には興味半分で話しかけている奴もいるだろうに、颯花は彼等に対して笑顔で返事を返している。
……もし中心にいるのが俺だったら、あの対応は無理だ。
きっと煩くて無視してしまうだろう。
「いやあ、やっぱり可愛いよな、風見さん」
「ヒーローとしてカッコよくて、女の子として可愛いなんて最強だな。幼馴染のお前が羨ましいぜ」
「……幼馴染っていうけど、本当にそれだけだよ。そんな事言ってる暇があるなら、颯花の所に行ってお近づきになればいいじゃないか」
颯花が活躍した日には、何故か俺の周りに颯花に声をかける度胸の無い者が寄ってくる。
一応普段からも付き合いのある友人達ではあるが、こういう時に必ず俺の周りに集まってくるのが少しだけ鬱陶しい。
「幼馴染っていうだけで、毎日一緒に登校してきているお前が憎らしい!」
「おまけに可愛い妹もいるんだから、更に殺意が湧く! 俺に妹を紹介してください!」
「……周りが優秀だと、別の苦労もあるんけどなぁ」
周囲の戯言を聞き流しつつ、思わずぼやいてしまう。
因みに文はこの学校には通っていない。
黒鉄工業で働く事を学校が認めなかったので、就業を認めてくれた隣の市にある学校まで通う羽目になっている。
そのくせ颯花のヒーロー活動は認めているんだから、この学校の考え方がよくわからん。
「別の苦労? 嫌味か? それはモテない俺達への――」
「やあ諸君、ごきげんよう!」
ぼやきの内容を問い詰められようとしたその時、教室内に大きな声が響く。
……また喧しい奴が来たか。
まあ、今の状況だと俺からアイツに注意が向くから助かるけど。
学校指定の制服ではなく白い学ランを身に付け、髪をなびかせながら教室に入ってきた男の名前は、白金望夫。
どこぞの企業の御曹司らしく、見ての通り派手な恰好を好んでいる。
俺達と同じクラスではない白金なのだが、毎日のようにこちらのクラスに顔を出してくる。
……白金が俺達のクラスを訪れる理由は、わかりきっている。
白金は他の誰にも目をくれず、一直線に颯花の元へと歩んでいく。
「やあ、風見君。今日も一段と美しいね」
「そう? そんな事ないと思うけどなあ」
白金の呈した賛辞を、颯花はさらりと受け流す。
……白金は颯花に好意を抱いているようで、毎朝のように俺達のクラスに来ては颯花の事を口説いている。
颯花も最初の内は困惑していたが、今となっては受け流すのも慣れたものだ。
「謙遜なんてしなくてもいいよ。さあ、この花束を受け取ってくれ」
受け流されてもめげないのか、それとも気にしていないのか。
どこからともなく取り出した花束を、颯花に向けて差し出した。
「綺麗な花だね。ありがとう、白金君」
……珍しいな、颯花がプレゼントを素直に受け取るなんて。
珍しい事もあるもんだと不思議に思っていたら、颯花が急に立ち上がる。
そして、教室の後ろまで花束を持って歩くと、空き瓶に花を入れ始めた。
「教室の雰囲気が少し暗いかなって思ってたんだよ。ありがとう、白金君」
「……あ、ああ。風見君が喜んでくれたのなら、まあ良しとしよう。所で風見君、今度空いてる日はないかい?」
……諦めずにアタックをかける白金だけど、そろそろ頃合いだな。
白金の勢いに呆気に取られて動けないクラスメイト達の間を縫い、颯花と白金の間に割って入る。
「おい、白金」
「やあ、一成君。何の用事だい? 僕は今、忙しいんだけどね」
………言外に、颯花と話すのを邪魔するなという圧力を感じるが、はいそうですかという訳にはいかない。
どうしても白金に言わなければいけない事があるのだ。
「そろそろ始業時間だから、早く自分のクラスに戻らないと遅刻にされるぞ」
「……も、もうそんな時間か! 教えてくれてありがとう、一成君! 風見君、また今度話をしよう!」
慌ただしい様子で教室を出て行った白金は、教室の外で待機しながらずっと白金の様子を監視していたお付きの生徒と共に立ち去って行った。
「ありがとう、一成」
「気にするな……と、言いたいけど、しつこい奴にはもっとガツンと言ったほうが良いと思うぞ」
……白金も悪い奴ではないのだが、朝から相手をするにはちょっとカロリーを消費しすぎる。
颯花の様に人当たりが良すぎるのも問題だな。
「努力してみるけど、多分無理かな……」
「お前、俺に対しては強く出るのに、他の人に対して強く出れないのは何でだよ」
「それは――」
颯花と他愛もない話をしていると、教室の扉が開く。
「お前達、席に座れ。朝礼を始めるぞ」
担任の先生が教室の中に入りながら、席を立っている生徒に向けて指示を出す。
このクラスには俺を含め、教師に反抗的態度をとる生徒はいないので、席から離れていたクラスメイト達は全員大人しく自分の席へと戻っていく。
颯花が何を言おうとしていたのか少し気になるけど、大した事ではないだろう。
俺も先生の指示に従う。
「よし、全員席に座ったな。それじゃあ――」
『ピーピーピー! ピーピーピー!』
教卓に立った先生が話し始めた瞬間、教室内に忌々しいブザー音が響く。
……すっかり聞きなれたこの音の発生源へと視線を移す。
「すいません! 何か事件が起きたみたいなので、少し行ってきます!」
事件発生を知らせる通信端末をポケットに仕舞いながら、颯花は椅子から立ち上がる。
「そうか。気を付けろよ」
先生はすっかり慣れた様子で颯花が離席する事を許可してしまう。
「風見さん! がんばってね!」
「応援してるぞ!」
窓から飛び立とうとする颯花に向けて、何人かのクラスメイトが声援を送る。
「皆、ありがとう!」
颯花はその声に笑顔で答えると、窓から飛び出し、あっという間に姿が見えなくなるほどの勢いで空の彼方へと消え去ってしまう。
……先生も、クラスの奴等も、何であんなにあっさりと颯花の事を送り出せるんだ?
学校を抜け出して危険な場所に自分から赴くんだから、もっと引き止めたりしてもよいのではないか。
それに、颯花が学校に戻ってこなければ、彼女に学校からの頒布物や課題を渡したりするのや、彼女が学校に置いていった物を持って帰るのを、お隣さんである俺に押し付けてくる。
もっと俺の意見を聞いても良いのではないのだろうか?
「お前ら、そろそろこっちに注目しろ。今日は特筆することは無いが――」
口に出す事のない俺の疑問に、答えてくれる人は誰もいない。
皆、何事もなかったかのように先生の話を聞き始める。
結局その日、颯花が学校に戻ってくることは無かった。




