プロローグ
「無様に逃げろ! 愚民ども! ……逃す気は無いけどな!」
テレビ画面の中に映されているのは、人通りの多い繁華街。
その中心部で覆面を被った一人の男がエナジーライフルを取り出して、周囲の人達目掛けて発砲する。
人々が逃げ惑う中、現場に駆けつけた警官隊がエナジーピストルを構えながら男を包囲する。
「お前はもう包囲されている! お前の目的はなんだ!」
「目的か? そんなの、俺の能力を世に知らしめて畏怖させる事だ!」
……大仰な表現でわかりにくいが、要するに目立ちたいという願望を、犯罪という傍迷惑な方向で実現へと移してしまったらしい。
これ以上男の目的を聞いた所で意味が無いと判断したのだろう。
警官隊の引き金にかけた指に力がこもる。
「そしてこれが! 全世界が恐怖する超能力者、『シャイマー』の超能力だ!」
シャイマーと名乗った男が声を上げると共に地面が盛り上がり、何かが飛び出して警官隊を蹴散らしていく。
「な、何だ! ……さ、サメだと!?」
地面から現れたのは、体長五メートルはあろうかという巨大なサメだった。
「サメを自由自在に使役できるのが俺の超能力! それが例え、怪獣フライングシャークだったとしてもな!」
「だ、駄目だ! こんなピストルじゃ効かない――ぐぁッ!」
超能力者。
今から二十年ほど前に突如として出現するようになった超能力を使う者達をそう呼んでいる。
大体十人から二十人に一人の頻度で現れる彼等の超能力は炎をや水をといった物質を操ったり、自分の身体能力を強化するなどと多岐に及ぶ。
そんな超能力を、シャイマーの様に悪用する者が現れた事で世界中の国で治安が悪化してしまい、現在まで至っている。
……そして、シャイマーの超能力は奴が言った通りサメを操る力。
シャイマーの指示によってフライングシャークは周囲の警官隊を全員薙ぎ倒すと、シャイマーを守る様に彼の背後で浮遊する。
「これが俺の力だ。恐れ入ったか!」
「おい! シャイマー! 目的は達成した。ずらかるぞ!」
近くの宝石店から出てきた三人の男がシャイマーに声をかける。
彼らは一様に覆面を被り、何かが入った大きな袋を携えている。
どうやら、シャイマーの本当の目的は強盗する際の陽動だったらしい。
「もっと暴れたかったが、仕方ないか。付いてこい、サメキチ!」
シャイマーがフライングシャーク……サメキチに声をかけてバンに乗り込もうとしたその時だった。
突如としてバンが宙に浮き、バンの中にいた男達は慌てて脱出する。
無人となったバンは人気の無い場所まで移動してから落下すると、その衝撃で破壊される。
「今のは何だ!? 一体、何が起きた!」
「アタシの仕業だよ」
頭上から聞こえた声に男達が空を見上げる。
ショートパンツにフード付きのスタジャンを身に付けた、どこにでもいるような普通の少女が男達に声をかける。
……宙に浮いて、男達を見下ろしているという事を除けば普通の少女だ
。
「お前、何者だ! 何の目的で俺達の邪魔をする!」
シャイマーが声を荒げて少女に問いかける。
「アタシの名前は風見 颯花。ヒーロー、『ストームガール』としてあなた達を止めにきた!」
少女は怒声に臆する様子も無く、シャイマーにも負けない大きな声で自らの名前と目的を名乗る。
先程悪事を働く者がいると言ったが、彼女の様にヒーローとして活動を始めた者がいるのもまた、事実なのだ。
ヒーローの様式は様々で、正体を隠して個人的に活動している者もいれば、颯花の様にスポンサーを得て正体を公表しながら活躍する者もいる。
画面の中に映る颯花の、長い髪を高い位置で結い上げたポニーテールと頭頂部に生えた一本のアホ毛が、時折吹く風によって揺れていた。
*
「アタシの名前は風見颯花。ヒーロー、『ストームガール』としてあなた達を止めにきた!」
街中で暴れていた男達の要望に応え、自らの名前と目的を告げる。
「ハハハ、お前一人で俺達を制圧? 馬鹿な事は止めて、家に帰った方がいいんじゃないのか?」
「待て、シャイマー。……お前達、あいつ今何て名乗った?」
何が可笑しいのか笑い始めたシャイマーと呼ばれた男を仲間の一人が制し、アタシがどう名乗ったのかを仲間に確認しようとする。
「聞こえなかったのならもう一度教えてあげる。アタシはヒーロー、ストームガール!」
再びヒーローとして名乗りを上げると共に、地面で倒れている警官隊を風に乗せて安全な場所まで移動させる。
あんな場所で寝ていたら、巻き込まれて怪我をしてしまう。
「ヤバいぞ! アイツはスーパーヒーローだ!」
シャイマーを制した男が驚愕の表情を浮かべながら叫ぶ。
スーパーヒーロー……数いるヒーローの中でも、強力な力や凄い人気を持つヒーローの事を、人々はそう呼称する。
アタシ自身も自称するのは恥ずかしいが、スーパーヒーローの一人だ。
「スーパーヒーロー!? 偽物じゃないのか?」
「いや、風を操る事で空を飛び、物を浮かせるのがストームガールの超能力。それに、アイツの顔をニュースで見た事がある。間違いなく、本物だ!」
アタシの事を知り、男達が怯え始める。
……敵対する相手とはいえ、怯えられるのには何度経験しても慣れないなあ。
「アタシの事を知っているみたいだね。降伏するんだったら、丁重に扱ってあげるし、罪も軽くて済むよ」
「……ちょっと待て! 今相談する!」
男達に向けて降伏勧告を行うと、彼らは降伏するかしないかの相談を始めようとした。
「女一人に何を怯えてやがる! こっちには武器がある! それに俺も超能力者だ。あいつがスーパーヒーローなら、俺はスーパー犯罪者だ!」
悠長にアタシの目の前で相談していた男達をシャイマーが一喝し、発破をかける。
……それにしても、スーパー犯罪者とは。
他にもっと、言いようがあったんじゃないの?
「……シャイマーの言う通りだ。俺達が力を合わせれば、スーパーヒーローの一人や二人怖くねえ!」
訳の分からない発破でも男達には効果があったようで、先程まで及び腰になっていた男達が勢いを取り戻して持っていた銃をアタシに向ける。
「その様子だと、抵抗するみたいだね。……あまり人を傷つけたくは無かったけど、仕方ないか」
「この人数相手によくそんな口が叩けるな! 撃て!」
男達が一斉に発砲し、銃口から放たれた光弾がアタシに迫る。
……しかし、全ての光弾はアタシに届く前に落下して、地面を抉る。
「無駄だよ。アタシに飛び道具は通用しない」
「臆するな! どんな超能力者でも力を使い続ければ疲弊する。 撃ち続けろ!」
アタシの忠告を無視して、男達は銃器を撃ち続ける。
地面に向けて突風を吹かし、アタシに迫る光弾の軌道を地面へと変えてやる。
……超能力者は自分の力を使い続けていたら疲れるという話はよく聞くけど、アタシはいくら超能力を使ってもそれだけでは疲れたりしたことないんだけどな。
「だ、駄目だ。エネルギー切れだ!」
「もう終わりみたいね、それじゃあ、次はアタシの番だ!」
男達の銃弾を使い切らせた所で、本格的な戦闘へと移行する。
突風を男達へと叩きこんで吹き飛ばし、一ヶ所に固まっていた彼等を引き離す。
そして一番近くにいた男の元へと降り立つと、拳で思い切り殴りつける。
アタシ程度の力ならただ殴っただけでは対したダメージを与える事はできないだろう。
しかし、拳に渦巻く風を纏わせることによって、男を遠くまで吹き飛ばすことが可能になる。
近くの建物の壁に激突してノックアウトした男を尻目に、次のターゲットへ狙いを定める。
起き上がろうとする男を押さえつけるように、上から突風を吹き付ける。
再び地面に倒れた男は暫くの間藻掻き続けていたが、体力が尽きてしまったのかやがて動かなくなってしまう。
「うわぁぁぁ!」
二人の男を制圧している間に、何とか立ち上がる事ができた残りの男がアタシに背を向けて逃げ出そうとする。
「逃がさないよ!」
逃げ出す男の背中に向けた両手を突き出し、空気弾を発射する。
不可視の弾丸が男に着弾すると共に、男は勢いよく吹っ飛んでいく。
「そんな……。俺以外全員やられただと。……く、ククク。中々やるようだが、俺の事を忘れているんじゃないだろうな! いけ! サメキチ!」
自分以外の仲間が倒されてしまい一瞬たじろいだ様子を見せたシャイマーだったが、気を取り直してアタシに対して、サメキチと呼んでいるフライングシャークを差し向ける。
勢いよく突っ込んできたサメキチを、宙に浮いて躱す。
そのままサメキチを突風で地面に叩きつけながら、一つの疑問が思い浮かぶ。
以前同種のフライングシャークを見た事があるけど、ここまで小さかったっけ?
そんな事を考えていると、頭上から突然影が差す。
頭上に視線を向けると、巨大なナニカがそこにいた。
「まだだ、サメキチ! ヒーローなんて――」
「危ない! 避けて!」
頭に血が昇っていて影に気付かないシャイマーを突風で吹き飛ばすと同時に、それまでシャイマーが立っていた場所に何かが突っ込んでくる。
衝撃で気絶したシャイマーと彼の仲間達を離れた場所まで吹き飛ばしながら、突然現れた何かを上空から見下ろす。
優に二十メートルを超える体躯に、背面に生えた巨大な背びれ。
アタシの記憶にある姿そのままの、フライングシャークの姿がそこにあった。
……この街は海から結構離れていたと思うけど、何故こんな場所に現れたのか。
JDF(日本防衛軍)の、怪獣対策部隊が駆けつけるまで待つ?
それともアタシが対処してしまうか。
フライングシャークにどう対応するかを考えていると、何かを探すように辺りを見渡していたフライングシャークが地面に倒れているサメキチを見つけた途端に暴れ始める。
「うわ!? 突っ込んできた!」
大きな口を開いて突っ込んでくるフライングシャークを躱す。
……サメキチを見て暴れだした?
これはアタシの憶測だけど、サメキチはあのフライングシャークの子供なんだろう。
シャイマー達が攫ってきた自分の子供を追いかけて、態々海から離れた街まで飛来してきたのだろう……多分。
地面に抑え込んでいたサメキチを、宙に浮かせてアタシの近くまで運ぶ。
するとそれまでアタシに向かってきたフライングシャークが、唸り声をあげて威嚇をしているが攻撃を行わなくなった。
アタシに攻撃するとサメキチを巻き込んでしまう為、思うように動けないのだろう。
……だったら、やる事は決まりだ。
サメキチと共に上空へと飛翔する。
その様子を見たフライングシャークは当然のようにアタシ達の事を追いかける。
よし、狙い通りアタシに付いて来てくれている。
「海まで競争だよ! アタシに付いてこれるかな!」
ここから一番近い海岸目掛けて全力で空を飛ぶ。
後ろから迫るフライングシャークに追いつかれたら、アタシはひとたまりも無いだろう。
だけど、そんな事はありえない。
空を飛ぶアタシには、追いつける人などそうはいないのだから。




