2、温泉とジャックと新しい私
「温泉に行きたい! 温泉に行かないと死んでしまう!」
前回、不幸にもオッサン連中に囲まれオッサン臭を伝染されてしまった紅鬼。
ファブリーズと乙女たちの匂いによって、どうにか一命はとりとめたものの、精神的なダメージは大きかった。
「魂を浄化するには温泉しかない」と、月曜深夜になって突如騒ぎ始めた。
こういう時に頼れるのは非常事態に強いブラジル出身の女戦士、パンテーラ。
「よし、明日から2日間休み取って行ってきな! 私が紅鬼さんのかわりに在宅シフトに入るから」
「ありがとうパンちゃん! でも1人だと寂しいな・・・」
一時も悩まずに即、「よし龍子、つき合ってあげて!」
龍子もパンに言われたことには一切の逡巡もなく、「ラジャー!」
紅鬼「でもシフト、めちゃくちゃになっちゃうね・・・」
パン「それはいいから! どこの温泉にするの?」
紅鬼「箱根・・・ いや、この時期は郡馬方面のが・・・」
パン「よし、紅鬼はただちにネットで予約!」
紅鬼、事務室へピュー
龍子「私、明日は休みシフトだけど、明後日は『秘め百合』店長代理シフトなんだよねー」
ここで「秘め百合」の「そばかす店長」ことロシア人女性クリスが、
「明日明後日とアイリーンが入るから、だいじょうぶ! あの子もMI6退職したらしくて、本格的に『秘め百合』に入ってもらうから・・・ 明後日は試しに店長代理やらせてみよう」
パン「よっしゃ、シフト問題は解決! では龍子、明日すぐに旅立てるよう荷造りを!」
「ラジャー!」龍子、物置部屋へスーツケースを取りにピュー
ここで紅鬼が戻ってきて、「四万温泉が取れたー 高速バスも取ったー」
ふだんから行きたい温泉や宿をリストアップしておいたので、簡単に予約できたようだ。
パン「それでは明朝、私も龍子も『早出組』といっしょに起きるから! 今宵はこれで解散!」
翌日火曜日、新宿駅を午前9時に出発する高速バスに、仲良く並んで座る紅鬼と龍子。
タレ目でアイドル顔の優しそうな(しかし実際はけっこうキツイところもある)龍子に笑いかける紅鬼、
「けっこう龍子とのつき合いは長いけど、2人で遊びに行くのって初めてだね」
「うん・・・」
龍子は紅鬼を見て、何か考えてる様子。紅鬼はドギマギしながら、
「あのさ・・・ 今夜、龍子とはどこまでやっていいのかな?」
顔を1センチの距離まで近づける龍子、
「セーしてもいいんだよ。パンちゃんとは話しつけてあるから」
「ほんと?」
「紅鬼さん、顔いっぱいに『セーしてえよおっ!』って書いてある笑」
「ええー! だって龍子とはずっと、したかったんだもん・・・」
「でもさ、私は基本的にパンちゃんに惚れてるだけで、同性愛ってワケじゃないから・・・ 今でも自分はノンケだと思ってるし」
紅鬼は、なんとなく距離を開けられてしまった気分で、
「龍子って変だよね。めっちゃ顔近くしてよってくるくせに、キスすると怒ったり・・・ ちぐはぐなんだよ」
「私は女子高出身だから女性相手には親しみを感じて距離を近くしてしまうけど、『親しい相手』と『セーする恋人』の間には、とんでもない距離があるんだよ。
紅鬼さん、だけでなく世間の人は、それをわかってくれないんだよなー」
「なるほど、顔の距離は1センチでも、心は1キロ離れている、と・・・」
この先は話題を変えて、バカ話をしながら楽しいバス旅は続く。
もともと2人は共通点も多く、紅鬼から見て「姫百合荘でもっとも親友になれそうな相手」が龍子だった。
「龍子って、『クラスの中心だった人』のオーラが出てる」
「そんなことない・・・こともないか。たしかに人気者グループだったかも」
「桜花と取っ組み合いのケンカしたことあるんだって?」
「あはは!聞きましたか・・・ あの時は桜花とケンカしたというより、父さんとケンカしたのね。で、あまりにも腹に据えかねて父さんをクビにしてやろうと! 当時、桜花の父親が父さんの会社(黒田建設)の社長で、娘をいじめられたら父親が怒って、父さんにクビを言い渡すだろうと・・・」
それで学校で、桜花に因縁をつけて叩いてやったらしい。
「そしたら、あいつもお嬢さまのくせに殴り返してくるの! あんな根性があるとは思わなかった」
その結果、桜花の父の風太刀軍馬は怒るどころか龍子のことが気に入ってしまい、くわえて龍子の父もさらに気に入られてしまうというプラスの連鎖、当初の狙いと正反対の結果になってしまった。
「桜花が、龍子のことをよく『あたまおかC』って言ってたけど、たしかにおかしいわ」
「私、女子高では『クレージー・ドラゴン』って呼ばれてたんだよね・・・ 姫百合荘では変な人がいっぱいいて目立たなくなっちゃったけど。あ、紅鬼さんも変な人のトップだから」
今では風太刀軍馬氏、龍子とパンテーラの同姓カップルに強硬に反対する龍子の父をどうにか説得しようと心をくだいてくれている。
「桜花のおじ様には感謝しかないですよ・・・ それに比べて、うちの父ときたら・・・」
温泉着いたー
先に温泉街で昼食とお土産ショッピングを済ませてから宿へ。
まず大浴場でまったり、お互いの裸体をジロジロ見て欲情を高め合う。
がまん、がまん・・・
部屋でゴロゴロ、夕食は地鶏の鍋に鯉の洗い、コンニャクの刺し身、ウマウマ・・・
ビールに日本酒、どんどん行きましょう。
夕食の膳が下げられると、まず歯を磨いてから、部屋風呂に2人で。
ついに美しい裸身がからみあう。
年齢も身長も同じくらい、髪の長さも同じくらい、胸の大きさも・・・
2人の黒髪がもつれ合い、どちらの髪かわからないほど・・・
パン仕込みの龍子のテクニックには、紅鬼も何度も声を出してしまうのだが、一方の龍子は紅鬼に責められ、欲情に瞳をけぶらせながらも・・・ どこか『壁』を感じさせるのだった。
「紅鬼さん、きれいだよ・・・ そういえば日本人女性とは初めてだ・・・ とうとう、こんなことする間柄になっちゃったね・・・」
「やっぱりパンちゃんのがいいか」
「え? そりゃまあ・・・」
もう1度、大浴場へ。
時間帯によって男湯と女湯が入れ替わるので、先ほどとは雰囲気の異なる湯を楽しむ。
「こないだミラルともしたんだよね? ショックなこと言われたって、へこんでた」
「すまないね笑 やっぱり褐色美女なんでパンちゃんと比べてしまう」
「ほんとに龍子はパンちゃん大好きっ子なんだなあ」
「私はパンちゃんの女だから!」
「パンちゃんとその他の女で、ハッキリと線引きしてるんだね」
「え?紅鬼さんはそうじゃないの? ミラ姉と他の人で・・・」
紅鬼は真顔で、「私は今この瞬間、龍子を世界一愛してるよ! ミラルのことは頭にない」
面食らう龍子、「それってパートナーに対する裏切りじゃないの?」
「東京に戻ったら思い出すから裏切りじゃない」
「何その不倫男みたいな理屈!」
「全員恋人計画は単なる遊びの、セフレを増やすための計画じゃないんだよ。本気でガチで、みんなで愛し合う。だから愛するに値する人だけを姫百合荘に集めたんだ」
龍子は目をそらして、「私にはわからないよ・・・ 私は1人しか愛せない・・・」
紅鬼は急に力を抜いて、「ま、そういう人がいてもいいけどね。愛の形は人それぞれだし、強制はしないから」
部屋に戻ると布団が敷いてあった。
紅鬼「さ、これからが本番ですぞー」
龍子は笑って、「紅鬼さん、ゼツリンだなー! さっき、あれほどイカセてあげたのに」
「まだ龍子をイカセてないからね!」
鼻息も荒く、相手を見下す龍子、「私をイカセるって・・・ 生意気ほざいてない? 私は・・・」
「『パンちゃんの女』ってセリフは聞き飽きた! 今は私が恋人だ!愛する人に悦びを与えるまで東京には帰らないのだ!」
「ええええ~ 私ら意地っ張りなところも似てるね・・・」
今回は攻めて攻めて攻めまくる紅鬼、彼女は事前にパン協力のもと、龍子の体を研究しつくしていたのだ。
必殺の「龍子陥落」のポイントも・・・
パン「龍子が本気でイッた時は、こうなるから・・・」
もはや格闘技レベルでからみ合う2人の美女。
龍子は歯を食いしばり、(こんな気持ち・・・ パンちゃん以外の人で、こんな・・・)
トドメにパンちゃん伝授の必殺ポイントを指で。
上になっていた龍子は激しく首を上下に振り、「ばかあ!」と叫ぶと体をグッタリさせた。
涙を流しながら、「バカ・・・私をこんなにして、どうするのよ・・・ 私たちパートナーがいるのに・・・」
「今は私が龍子の恋人だ! 愛してる龍子、愛してる・・・ ついに壁を壊した・・・ でも疲れた・・・」
全エネルギーを使い果たした紅鬼は、そのまま眠りに落ちた。
翌日は朝食前にもう1回大浴場で朝風呂、朝食後はすぐにチェックアウト。
見送る宿のスタッフも、チェックインの時には「友達」に見えた2人が、出ていく時は仲良く手をつないで、明らかに「恋人」のオーラを発しているので、ニヤニヤしてしまう。
しかも龍子は髪型を変えて、前髪全開で形のいい額を丸出しにしていた。
高速バスの乗り場のトイレで、龍子は鏡に映る自分の姿を見つめた。
昨日までの自分ではない・・・
「私は・・・ レズビアンになりました」
女を愛する女、そういう人間になったのだ・・・
帰りのバスの車内で、「いやー温泉と龍子のおかげで、すっかりオジサン菌が取れて、身も心も清浄になったわー。つきあってくれて、ありがとうね」
思いつめたような顔の龍子、「なんでパンちゃんは・・・ 私の攻略ポイントを紅鬼さんに・・・」
「たぶん龍子に、もっといい女になってもらいたかったんじゃないかな」
「フッ、いい女かどうかわからないけど・・・ 今の私なら、今までとちがう表現ができる気がする・・・」
「あ、もしかして女優業に戻りたい? いつでも言って、全面支援するから」
「ま、機会があったらね」
紅鬼の肩によりかかり、腕をからませ、切なそうな顔を見せる。
「今はこうしていたい・・・ 新宿に着くまでは、私は紅鬼さんの女だから」
他の乗客らの手前、キスしてあげたくともできない紅鬼であった。
姫百合荘の豆知識(26)
(前回の続き)「ぷりぷり7」2人目のメンバー!
桜子の親友、渡龍門舞、17歳!
いかにもアイドルって感じのタレ目美少女。
相手が女子の場合、やたら距離が近かったり、いきなり胸を揉んできたり。
「女子高では当たり前だよ?」(注:当たり前ではありません)が決めセリフ。
宝塚を目指して、歌も踊りもプロからレッスンを受けていたので上手い!
好きな食べ物はタイ料理。
「筋肉と汗の匂いが好き!」
モデルとなった人物は黒田建設重役の令嬢、舞浜龍子。
実年齢は姫百合荘オープン1周年の時点で25歳。(「ぷりぷり7」企画スタート時は21歳)
推薦者は幼なじみの風太刀桜花。
桜花と龍子は「聖ガブリエラ女子学園」で人気を二分するスター生徒だった。
2人とも関西出身なのに関西弁を話さないのは、この学校の教育のせい。
宝塚を目指していた龍子は試験に落ちた後、女子プロレスに挑戦するが、こちらも挫折。
桜花の誘いで「ぷりぷり7」中の人となる。
2人が温泉に出発した火曜日は、まりあと燃子が揉めた日でもあった。
原因は前回の「くきしゃん・・・」という寝言である。
そう言われてまりあは、なんとなく夢の記憶が戻ってきて、
「何か恐ろしい妖怪に追い回されてた気がする・・・ 燃子の匂いと体温が感じられて、燃子そばにいるなーって思うんだけど、見当たらないの・・・ で妖怪に追いつめられて、その正体が紅鬼さんで、体中の匂いを嗅がれる・・・」
燃子自身、昨夜は紅鬼に匂いを嗅がれていたので、その話には信ぴょう性があった。
「だけど、なんか悩ましい声で『くきしゃん』ゆうとったで」
「匂いを嗅がれて恥ずかしくて、そういう声になっちゃったんだよ」
燃子は考えこんで、「信じてあげたいが・・・ まりあ様の愛を確かめる意味で、宿題を出しましょう」
「忙しいのに、やめてくれ~」
「何その態度! 私を愛してる言いながら、私の宿題はやりたくない、そんなアホな話ある?」
「わかったよ、なんでも出してください」
「今夜、私が帰るまでにレポート用紙に『もえこちゃんの好きなところ』100個・・・ いや300個リストアップしておくこと! そのうち100個は肉体的なもの、100個は内面的なもの、あとその他100個」
「なんてゆうメンドクサイ女!」
「私はめんどくさいガチのメンヘラですよ!ゴメンな!カンニンしてな!」
燃子はプリプリしたまま「Bar秘め百合」に出勤。
その日の勤務は荒れに荒れた。
燃子はグラスを3つも割ってしまい、注文を5回も間違えた。
さいわいアイリーンがフロアに入ってくれたので、燃子を従業員休憩室兼更衣室に退場させる。
それほど混んでなかったので、クリス店長が優しく話を聞いてくれた。
涙を流して、反省の様子を見せる燃子。
「私、リストが半分でも許してあげるわ」
「秘め百合」から、クリス、燃子、ローラが帰宅。
「さて、宿題をどうしたやら・・・ 場合によっては、まりあ様と手を切る!(切らないけど)」
「第4ベッドルーム」に入ると、確かにレポートが置かれていた。
ザッと見ると、たしかに3つのテーマで、それぞれ100以上書いてある・・・
ホッとする燃子、「さすがまりあ様やな!」
寝息からすると、どうもまりあはタヌキ寝入りのようだが・・・
「どれ、内容をジックリ見ようか」
回転椅子に腰を下ろし、腰を据えて読み始める。
まずは「肉体編」
「もえこのシルキーな髪が好き」「ワンレンの髪型が好き」「キューティクルが好き」「サラサラの髪質が好き」「シャンプーの匂いが好き」「かわいいつむじが好き」「たまにしか見えないけど、うなじが好き」「光を反射するおでこが好き」「薄くなってきたけど眉毛が好き」「眉が薄くなって悩むところが好き」「般若みたいな目が好き」「目の輝きが好き」「右目が好き」「左目が好き」「鼻が好き」「鼻毛が好き」「唇が好き」「前歯が好き」「八重歯が好き」「形のいい顎が好き」「右ほほが好き」「左ほほが好き」「いやらしい舌が好き」「細い首が好き」などなど・・・
「微妙にディスってるところもあるが、なかなかがんばってるな」
後半になると「右手人差し指が好き」(以下略)、「左上腕二頭筋が好き」(以下略)、「十二指腸が好き」、「ハラミが好き」、「レバーが好き」、「肛門が好き」、「乳首の色が好き」、「鎖骨が好き」
「いやー、おなかいっぱいになってきたわ!」
こんな宿題を出したことを後悔する燃子であった。
続いて「内面編」
「調子のいいところが好き」「けっこうバカなところが好き」「めっちゃ嫉妬深いところが好き」「意外と優しいところが好き」「『大阪のハゲおっちゃん』を溺愛してるところが好き」「『大阪のハゲおっちゃん』が好き」「寂しがりやで甘えん坊なところが好き」「大事なことだからもう1回言います。寂しがりやで甘えん坊なところが好き」「大事なことだから、さらにもう1回言います。寂しがりやで甘えん坊なところが好き」
「ずるい!こう来たか・・・」
最後の方になると、「イタリアの地理に詳しいところが好き」「イタリアの歴史に詳しいところが好き」「イタリアの文化に詳しいところが好き」「イタリアの料理に詳しいところが好き」「イタリアの音楽に詳しいところが好き」「イタリアの宗教に詳しいところが好き」(以下略)
「イタリア・ピエモンテ州の地理に詳しいところが好き」「イタリア・ロンバルディア州の地理に詳しいところが好き」「イタリア・トスカーナ州の地理に詳しいところが好き」「イタリア・オッタッタチンコミーレ州の地理に詳しいところが好き」(以下略)
だんだん読む気がなくなってきた燃子だが、最後の「その他編」
上の方には、「もえこのファッションセンスが好き」「アルファロメオのバッジが好き」「車の運転が上手いところが好き」「格闘が強いところが好き」「実家が金持ちなところが好き」「うちの家族と仲良くしてくれるところが好き」「うちの牧場を手伝ってくれるところが好き」「働きものなところが好き」「革の手入れに詳しいところが好き」
やがて、「もえこが好き」「もえこが好き」「もえこが好き」「もえこが好き」ばかりになり、
「なんや、これ・・・」次第に、
「働いてばかりで遊ばないもえこは気が狂う」
「働いてばかりで遊ばないもえこは気が狂う」
「働いてばかりで遊ばないもえこは気が狂う」
「働いてばかりで遊ばないもえこは気が狂う」
「働いてばかりで遊ばないもえこは気が狂う」
と、延々と同じ文章が続くように・・・
「シャイニングか!」
その時、まりあの目がクワッと開いたので、名状しがたい恐怖にとらわれた燃子は悲鳴を上げ、部屋を飛び出していった。
第2話 おしまい