1、夢とオッサンと年金
「アルゼンチン牛でステーキですか!了解!」
女性専用シェアハウス姫百合荘オープンから10ヶ月が過ぎた。
クリスマスと年末もまもなく、という月曜日。
管理人・紅鬼にとっては週1回、古巣の日本獣畜振興会・広報部に出勤する日だが・・・
めずらしく父である獣畜振興会会長・風太刀兵馬から、「ひるめし いっしょにどうだ」とメッセージが来たのである。
赤身肉としては世界最高と言われるアルゼンチンビーフ・フェアが年末に開催されるので、その試食会というわけ。(獣畜振興会は日本の畜産品の海外輸出を奨励するだけでなく、海外からの輸入も促進している)
で、11:30には会長室へ・・・ そこには父・兵馬の他にも、その兄で獣畜・関西支部の長、古武士のような厳めしい顔つきの風太刀軍馬、
「大阪の伯父さま! いらしてたんですね、ご無沙汰しております」
「紅鬼ちゃんも元気そうだね」
さらに兵馬の懐刀、「獣畜振興会の大番頭」と呼ばれる長身痩躯で白髪の紳士、風太刀記念財団・理事長、刀祢刃兵衛の姿も。
「紅鬼ちゃんは200グラムいけそうかな?」
「100でじゅうぶんですよ! それでなくともステーキを食べるというだけで罪悪感ハンパないのに」
「まだまだ若いし、気にしなくてもいいのに。私は若くないから100で」
この御仁、大の英国びいきで優雅な物腰だが、剣道三段・居合道二段という達人。
愛用しているステッキには隠しスパイクが仕込んであり、恐るべき武器となる。
会長「肉が焼けるまで何か飲もう・・・ アルゼンチン・ワインも試飲するから、アルコールは控えめにな」
紅鬼はウーロン茶をグラスに注いでもらい、大阪の軍馬伯父に、
「桜花さんと桜ちゃんはお元気ですか・・・ って3日前にメッセージのやり取りしたばかりですけど」
「本当かね? 実は仕事が忙しくて5日くらい顔を合わせてないんだが・・・ 逆に娘と孫娘は元気そうだったかね?」
紅鬼は吹き出して、「家が大きすぎると、こういうことに」
軍馬はカバンからタブレットを取り出し、「桜の動画はいつもこれで見てるんだ」と、紅鬼に渡す。
「1歳半くらいですか。早いですねー」
ヨタヨタと自力で歩けるようになった女児の愛らしい画像を、皆で鑑賞。
刃兵衛「ゴドノフスキー君の血が流れてるから、貴族的な顔立ちだね」
軍馬はため息をついて、「いい男だったよ・・・ 生き残ってほしかった。桜花もあの歳で未亡人とはな・・・」
紅鬼「桜花とアイリは仲良くしてますか? って3日前にも聞いたけど」
軍馬「アイリは娘に献身的に尽くしてくれてるよ。本当は桜花もアイリといっしょに姫百合荘で暮らしたいのかもしれんな・・・ だが桜花は大阪で仕事があるし、そのために大学にも復帰したんだし」
紅鬼「うちらはいつでも受け入れますよ。それこそ桜花がお婆さんになってリタイアしてからでも・・・ その時は増築しますから!」
会長が紅鬼に、「おい、オサリバン君の娘さんは元気に学校行ってるのか」
「あ、最新の動画がある・・・」
スマホを取り出す紅鬼、アンとダーちゃんが遊んでる動画を、皆に見せる。
刃兵衛「いっしょにいる子は?」
紅鬼「クラスメートのダーちゃん、モデルもやってる子」
刃兵衛「最近の小学生は大人びてるねえ」
ステーキがワゴンで運ばれてきた。
紅鬼「父さん200も食べられるの?」
会長「どうかな」
紅鬼「100じゃちょっと寂しいかな、一口もらっていい?」
会長「お前は絶対そういうと思ったよ!」
笑いながら、一切れをナイフで切って紅鬼の鉄板に。
「ありがとー」
「お前、愛國神社に行ったそうだな?」(「明るいローラさん一家」第6話参照)
「うん、しばらく行ってなかったから」
「『傭兵』たちが残した子供は、俺たちでいくらでも面倒を見るが・・・ メキシコ山賊とトゥアレグは身内もいないし、これ以上してやれることは何もないな・・・ どう思う?」
「私らが彼らを忘れないように記憶にとどめていれば・・・ それでいいんじゃないでしょうか」
昼食が終わり、高級なフルーツとお菓子を手土産に、紅鬼が広報部に戻ってきた。
「お帰りなさい紅鬼さん。どうでした?」
じゃっかん気分が悪そうな紅鬼、「肉もワインも美味しかったんだけど・・・ 久々にオッサンたちに囲まれてたら気分が・・・」
窓を開けたいが、ハメ殺しなので開けられない。
「すっかり男の匂いがダメになってしまった・・・ なんで男って女みたいな『空気清浄機能』がついてないんだろ?」
若い女性スタッフが、「原始時代は男は外に獲物を獲りに行ったから・・・ 女は洞窟の中にいたから空気を汚さないよう、いい匂いを出すようになったんじゃないですか?」
「だんだん女性の社会進出が進んで外に出るようになると、女もオジサンみたいな匂いになってくかもしれませんね!」
わはははははと一同大笑いだが、紅鬼は真っ青、(じょーだんじゃねー)
月曜日はいつも職場を出た後、地下鉄麻布線猫館駅で降り、「女性専用Bar 秘め百合」に顔を出すのが紅鬼のお決まりのルートである。
あまり混まない日なのでスタッフは店長クリスと燃子、バイト1名のみ。
クリス「紅鬼さん、おつかれー。何飲む?」
「今日はワインいっぱい飲んだからアルコールはいいや、魔女先生監修のラッシーおねがい。それよりオッサン臭がこびりついて取れない・・・」
店内は女性客ばかりなので華やいだ香りが漂っているが、まだ不足なのだ。
「燃子!」
「なーにー」
ワンレン黒髪の九頭身、つり目美女の燃子がやって来た。
今日はレースクイーン風のコスプレ、相変わらず襟元にアルファロメオのエンブレム・バッジをつけている。
「燃子の匂いでリフレッシュしたいんだけど・・・」
店長が困ったちゃん顔で、「紅鬼さん、店内でいかがわしいことは禁止、わかってるでしょ!」
ちょうどその時、店内に付属の「小さなエステサロン ヴィーナス・ルーム」のドアが開き、マッサージが終了した女性客が出てきた。
エステティシャンのローラが「ありがとうございましたー」と見送る。
次の順番を待っていた女性に、「すみません、5分だけ休憩時間を下さい。なにぶん1人でやってるもので・・・」
そのままカウンターに駆けこむローラ、「店長、グラスビール! あら紅鬼、こんばんわ」
「ローラ、休憩の間だけちょっとエステ・ルーム借りるね! 燃子と緊急に業務上の面談があって」
燃子の手を引っ張って、エステ部屋に飛びこむ。
「ちょっと紅鬼さーん。私まだ仕事中なんやけどー」
「5分間で燃子のありったけの匂いをちょうだい!」
困惑する燃子、「私今日はまだニンニクまったく食べてないから、ニンニク光線できんよ?」
「ニンニクの臭いなんていらんわ!」
まず燃子の両肩に手を置くと、ちょっと背伸びして燃子の髪の匂いをクンクンかぐ。
燃子は、紅鬼のキリッとした黒い眉、奥二重の涼やかな瞳、厚い唇を至近距離で見ながら、
(こんな美しい人が、こんなヘンタイになるんやなー)と感心していた。
「燃子、息プリーズ! 私に息を吹きかけて」
「ふつうにキスしてあげよか?」
「ダメ! まりあと燃子は姫百合荘で一番新しいカップルだから、2人の絆がしっかり強くなるまでは、他の住人が恋人みたいな真似をするのは厳禁なの!」
「息を吹きかける方が、キスするよりよっぽどディープなプレイだけどな」
フーフーと紅鬼を吹く燃子だが、体温が下がってしまった紅鬼はプンプン、
「ちがう燃子!北風じゃないんだから吹くな! ハアーッて吐くんだよ」
はあーっ・・・ 「ミントの匂いしかしないな、クロレッツ舐めたか」
続いて燃子の首すじ、胸元、そして脇の下・・・ その香りをいただいていく紅鬼。
「いいよー もえこちゃん、めっちゃいい匂い・・・」
「ふえーん 妖怪『匂い嗅ぎ』に匂いレイプされとるー」
「最後にスカートの中もいいかな!」
「あんたよく警察に捕まらんな!」
といいつつもパンツを下ろして協力してくれる。
「ありがとー! もえこのロックフォール、ゴチでした!」
ローラがドアを開けて、「そろそろ出てってくんない?」
燃子とカウンターに戻る紅鬼、そこには常連客の由利花枝が待ち受けていた。
「あ、紅鬼! お前なにもえこちゃんをいじめてるんだ!」
「え?打ち合わせしてただけだよ、ユリ姉」
燃子を振り返ると、たしかにグスグスと涙ぐんでいる。
「あれ?イヤだった?」
「紅鬼さんからオッサン臭が立ちのぼっていて目に染みた」
「うそ!」
自分の服を嗅いでみると、確かに。
「こりゃクリーニングに出さないとダメだ!」
ただちに姫百合荘に帰宅、出迎えた真琴にオッサン臭の話をすると、
真琴「ファブリーズで大丈夫じゃない?」
紅鬼「そんなんじゃ、とてもとても」
真琴「でも、こういう時のために、ほら!」
取り出したのは「オヤジ・ファブリーズ」、シュッとひと吹き、おっさん臭を除去!
「すごい!」と感動する紅鬼に、「でも紅鬼さん自身から出てるオヤジ臭は消せないからね」
「えええーっ」イヤなことを言われて不安に陥る。
「ミラル!ミラル!」
本日は在宅シフトのパートナーを探すが、夕食の片づけがすむと漫画にかかりっきりになってしまったようで、
「ごめん紅鬼! 今日は図書室でアリスンの蔵書の『百合物語』全巻セットを発見して!」
ハマってしまったようで、目の色を変えて読みふけっているミラル。
「今夜はイチャイチャもセもなし! 他の人とやって!」
他の人といっても、今夜フリーなのはまりあしかいない。
「まりあ! オラに匂いをわけてくれ!」
「いきなり何ごと?」
「かくかくしかじか」
「これからお風呂入ろうと思ってたのに!」
「間に合ってよかった、風呂に入る前の匂いがボージョレなんだよ!」
というわけで、まりあと燃子がふだん使用している2階の「第4ベッドルーム」へ。
「まりあの匂いをもらうだけでなく、私の匂いも嗅いで、変なオッサン臭が出てないかチェックして」
お互い裸になってクンクンクン
「紅鬼さん、だいじょうぶ。いい匂いしかしないよ。真琴が言ったのは精神的な意味での『オヤジ臭』だと思うよ」
「そーかね」
紅鬼は一心不乱に、まりあの裸体、とくに胸のあたりを観察している。
「まりあの乳首、こうなってるんだ・・・ さすが白人、乳輪がでかいな・・・」
まりあは真っ赤になって、「そんなガン見してどーするんだよ!」
「へー、赤くなると胸のあたりまで、まるでアレルギー症状のように真っ赤になるのか・・・ 興味深い」
顔を上げ、まりあの青灰色の瞳と、やや上を向いた鼻、うっすらと散ったそばかす、日本人よりひとまわり大きい口と唇を見つめる。
「あ、いやいや。今夜、夢の中でまりあとHしようと思って、データ収集してるの」
「そんなこと言うならさ・・・ Hしてみる?」
「燃子との絆はだいじょうぶなの?」
「うん、たぶん・・・」
「でもさ、まだ燃子の了承は取ってないし、今夜遅くまで燃子は働いてるんだよ?」
まりあは膝を抱えて、「わかってるよ・・・ でも私だって、したいんだよ・・・」
「パートナーを裏切らない、これが姫百合荘の第1原則だから」
まりあは恥ずかしさ100%で、「姫百合荘に来たら1人Hしなくて済むだろうと思ってたのに・・・ これじゃ実家いる時とあまり変わらないよ・・・」
紅鬼は優しくまりあの波うつブロンドの髪を撫で、「私にいい考えがあるから、したい気持ちはそのまま保持しといて! それから近いうちに燃子も交えて話し合いしてみようか」
この後、2人でいっしょに入浴。
姫百合荘の大浴場には2つの浴槽があり、1つは「熱い」1つは「ぬるめ」、白人のまりあは熱い湯が苦手なのでもっぱら「ぬるめ」に入る。
今晩は紅鬼もつきあって「ぬるめ」へ、まりあとスキンシップ。
いきなり激情に駆られたまりあが「くきしゃん!」と抱きしめてきたが、
「まりあ、がまん!がまん!」
胸を押さえながら、泣く泣く離れるまりあだった。
「この後、1人でやらないようにね」と念を押す紅鬼。
夜の11時過ぎに遅出組が帰宅。
「おかえりー」漫画を読みながらミラルが出迎える。
最終的な戸締りとセキュリティ・チェックが完了、各自就寝。
燃子がまりあを起こさないよう、そっと「第4ベッドルーム」に入ると、まりあからのメモが置いてあった。
「もえこ、お仕事お疲れさま。私は先に休ませてもらいますが、パンツはすぐ下ろせるようになってます。私を起こさないよう、ソフトなセにチャレンジしてみてください。これが紅鬼さんが考えた夢セです。私は夢の中でもえこと・・・」
複雑な表情になる燃子、「これ・・・ 死姦ちゃう?」
ともかく、やってみた。
たしかにまりあも、夢の中でセをしてるらしく、体が反応する。
が、その口から悩ましいため息とともに漏れた言葉は・・・ 「くきしゃん・・・」
「んー?」燃子、血管がピキピキ
次の日、まりあは紅鬼にクレームを入れた。
「燃子が怒ってるんだけど!」
「結局、セをする夢は見れたの?」
「見たような気がしたけど覚えてない・・・ 紅鬼さんは?」
ニヤける紅鬼、「あの後ミラルが来て、ちょっとだけどやってくれたわ」
まりあは不満爆発、「私だけ報われない気がするー!」
姫百合荘の豆知識(25)
獣畜振興会が製作した畜産品PR用アイドル・アニメ「プリティー・プリンセス・セブン」(ぷりぷり7)のキャラクターをあらためてご紹介!
まずは「ぷりぷり7」リーダー、獅子王院桜子、17歳!
長い黒髪に白い肌、お人形さんのような美少女の女子高生。
関西のちょっと怖い大富豪の令嬢、テニスではインターハイのベスト8に入る中途半端な実力の持ち主。(どんな分野でも1番になったことはないが、10番以下になったこともない)
気が強いようで、ちょっとヘタレ。
「リーダーなんて初めてだけど、がんばります!」
モデルとなった人物は獣畜・関西支部長、風太刀軍馬の長女・桜花。
実年齢は姫百合荘オープン1周年の時点で25歳。(「ぷりぷり7」企画スタート時は21歳)
紅鬼が風太刀家養女となった時から友人になってあげようとがんばっていたが、紅鬼からはけっこう冷たくあしらわれたのが悲しい思い出。
現在は一時の母(未亡人)。
1階ダイニングルームのボックス席で、アリスンはローラと面談していた。
アリスン「前回の『明るいローラさん一家』で収録し忘れた話なんだけど・・・」
ローラ「なに?」
ブロンドのボブカットに緑の瞳、小柄で華奢な17歳のアリスンが気まずそうに、もじもじ
「その、言いにくいことなんだけど・・・」
7つ年上のパートナー、赤毛に灰色の瞳のセクシーなローラは、まだるっこしそうに
「いいから言ってみ!」
「怒らないで聞いてほしいんですけど」
「まさか・・・ またオネショじゃないでしょうね?」
コホン!「実は・・・ ローラは正式なMI6の職員ではなかったんですよ・・・」
「は? 今なんと・・・」
「あくまでも臨時雇いのスタッフ、私の個人的な下請け・・・」
「え・・・」愕然とするローラ、「私は秘密情報部員ではなかった、ということ?」
「秘密情報部の下請けのパートタイマーだったのです・・・ よく考えてみてほしいんですけど、高校中退のエステティシャンしか職歴のないシングルマザーがMI6の正規の職員になれると思いますか?」
「がーん! あの、それでは年金は・・・」
「公務員ではないですから、もちろん年金は出ません!」
ポロポロと涙をこぼすローラ、「そんな・・・ あの年金を当てにしてたのに・・・」
「お金のことなら心配しなくても、私が養ってあげるから!」
両手で顔を覆ってわーっと泣きだし、「そゆもんだいじゃなく・・・ やしなってもら、わたしにプライド・・・ うわーん!」
優しくパートナーを抱きしめるアリスン、(泣いてるローラかわいい・・・)
結局、アリスンがロンドン時代の上司のジェンセン准将に頼みこんで、ローラを正規職員ということにしてもらいました。(ただ期間が短いので年金はそれほどは出ません)
第1話 おしまい