6、王妃様のお言葉
「ハリス・ニューマンと申します。王都にて伯爵位を頂いております」
「ロザリー・アーシュと申します。父はアーシュ領の伯爵でございます」
二人並んで頭を下げたまま自己紹介をする。
「うむ。顔を上げよ」
王様らしき人の声で、私とハリス様は顔を上げた。
緊張しながらちらりと隣を見ると、ハリス様は安心させるように微笑んでくれた。
その笑顔に癒されて緊張がおさまってくる。
「ハリスもついに結婚する気になったか。めでたいことじゃな、王妃」
王様は隣の王妃様に話しかけている。
ハリスと気軽に呼ばれていることから、よくご存知のようだった。
(さすが王都にお住まいのハリス様だわ。王様にも覚えられているなんて)
謁見の間に入ってから、私のハリス様に対する好感度はどんどん高まっていた。
しかし高まる胸は、王妃様の極寒の氷のような声で一気に凍り付いた。
「ほんにめでたいこと。よくお似合いですよ、ハリス」
なんだろう。
言っている言葉は祝福そのものだけど、背筋がゾッとするこの感じは。
「恐れ入ります、王妃様」
ハリス様は気付かないのか、笑顔を浮かべて答えている。
気のせいかしら。
感情のこもらない、こういう声音が王妃様の普通なのかしら。
薄幕でお顔の表情は見えないけれど、蛇にでも睨まれているような悪寒がする。
「ほんに、チェリーピンクの綺麗な髪の方だこと。私はピンクが大好きなのよ」
真っ赤なドレスを着た王妃様が言う。
何か空気がぴりりと張りつめた気がした。
「ありがたいお言葉でございます。我が妻となりましたら、どうかおそばに置いて可愛がって下さいませ」
ハリス様は、社交辞令なのか私の代わりに答えた。
普通の返答なのだろうけど、私にはひどく恐ろしい言葉に思えた。
「そうだな。そなたの妻ならば特別に可愛がってあげねばならぬな」
「……」
その含みのある言葉に、私はとんでもない人と結婚するのかもしれないと気付いた。
しかし、この人と結婚しない方がいいんじゃないかと思った時にはすでに王命が下りていた。
「二人の結婚を認めよう。正式な証書の作成を命じる」
薄幕の外に立つ書記官のような男性が請け負うように頭を下げた。
もう遅い。
もう今更変えられない。
急に体がガクガクと震えてきた。
どうしよう。急にすべてが恐ろしくなってきた。
結婚も、ハリス様も、王妃様も、この王宮も、この国さえも。
だがどこにも逃げ場はない。
もう前に進むしかないのだ。
「では下がるがよい」
「はい。王様。ありがとうございます」
ハリス様はそんな私の動揺に気付かないのか「さあ、ロザリー。行こう」と腰に手を添えて長い絨毯を戻ろうとしていた。
しかしそのハリス様に初めて聞く声が響いた。
「ハリス伯」
ハリス様は驚いたように振り向く。
だがすぐに落ち着いた様子にもどって返答する。
「なんでございましょう。ユージン王子様」
「あなたはその者を愛しているのですか?」
思いがけない問いかけにも、ハリス様は平然と答える。
「もちろんでございます。私はロザリー嬢を愛しています」
「……」
ユージン王子はそのまま黙り込んでしまった。
それがどういう表情なのか、私には分からない。
でも何か恐ろしい方向に運命が進もうとしていることだけは感じていた。
「さあ、行くよ、ロザリー」
そして翌日、ハリス様はほんの少しだけ困ったような顔をして告げたのだ。
「君とやっていく自信がなくなった。婚約を破棄させてくれ」
次話タイトルは「よろこび組へ」です