3、不吉なワインレッドの馬車
「ナーナ! ナーナ! 待って!! どうしてっ?!」
婚約破棄の話を聞いて、私は父が止めるのも聞かずにナーナのお屋敷に駆け付けた。
ナーナのお屋敷にはワインレッドの不吉な馬車が停まっていて、真っ赤な衛兵服を着た男たちがナーナを連れて行くところだった。
ナーナの両親が泣きながらそれを見送っている。
「ナーナ! どうして!!」
ナーナは縄こそかけられてはいないものの、まるで罪人のように衛兵に両腕を掴まれて馬車に乗せられようとしていた。
「ロザリー……」
ナーナは泣きじゃくった顔で震えながら私の名を呟いた。
「どうしてこんなことに?」
ナーナに駆け寄ろうとする私を、衛兵の一人が衛棒で止めた。
「早く馬車に乗れ! 王妃様のご命令だ!」
馬車に押し込めようとする衛兵たちの隙間から、かすれたようなナーナの呟きが聞こえた。
「私にも……分からないの……。ロザリー、助けて……」
「ナーナッ!! ナーナァァァ!!!」
私の叫びも虚しく、ナーナを乗せてワインレッドの馬車は行ってしまった。
◇
「おじ様、おば様、どうしてこんなことになったのですか?」
馬車が行ってしまった後、私はナーナの両親を問い詰めた。
「それが私たちにもさっぱり分からないのよ、ロザリー」
「スウィルのやつが突然昨日訪ねてきて、婚約を破棄したいなどと言い出したんだ」
おじ様は憤った様子で吐き捨てるように言った。
「そんな、まさか! スウィル様はあれほどナーナを大事にしていたのに」
「男性の気持ちなど変わりやすいものだわ。きっとスウィルは大人しいナーナがつまらなくなって、別の女性に心惹かれてしまったのよ。ああ、かわいそうなナーナ」
「ふん! だから私はスウィルなんかやめておけと言ったんだ! お前とナーナがあまりに必死に頼むものだから、許した私がバカだった。あんなつまらぬ男と婚約させたばかりに……」
おじ様はおば様を詰りながらも声をつまらせ、涙をこらえている。
「スウィル様は? スウィル様と話をさせて下さい!」
ありえない。
そんなバカなこと、あるはずがない。
何かの間違いだ。
「あいつは逃げるように帰って、一か月謹慎させると伯爵から連絡があった。なにが一か月だ! ナーナは『よろこび組』に入れられて、いつ出られるかも分からないのに! スウィルのやつ、絶対許さない! 覚えていろ! 絶対あいつ一人を幸せになんかさせない」
「おじ様……」
「ロザリー。来てくれてありがとう。最後にあなたに会えてナーナもきっと喜んでいるわ」
「おば様。そんなもう死ぬような言い方しないで……うう……いやだ……」
「死んだも同じよ。もう一生ナーナには会えないわ。『よろこび組』の噂は聞いているでしょ? あそこに入ってしまったら、スウィルが破棄を覆しても、もうダメなの。何をしてももう遅いのよ。ロザリー、あなたも気をつけなさい。無事結婚する日まで、相手の方の気分を損ねないように注意するのよ」
「おば様……」
◇
そうして私は、その五日後にハリス様と一緒に馬車で王宮に向かっていた。
「元気をお出しなさい、ロザリー。お友達はかわいそうなことになったけれど、今日は私たちの結婚を承諾してもらいに行くんだよ? そんな辛そうな顔をしないでくれ」
「ハリス様……」
「まったくなんて男だろう。友人の妹でもあったんだろう? 考えられないな。いくら若さゆえの未熟さだと言っても、許せることではない。その男がこの王都に来ることがあれば、私が必ず懲らしめてやるよ。絶対に出世などさせない」
ハリス様は親友のナーナの話を聞いて、ずいぶん同情してくれた。
「そんなことをしてもナーナはもう帰って来ないわ。ハリス様、王妃様のよろこび組から出る方法はないのですか? 何かご存知ではありませんか?」
「王妃様のなさっていることは男性貴族には分からないよ。貴族女性の取りまとめは、すべて王妃様に任されている。王様ですら口出しは出来ないんだ」
「では王妃様に頼めばいいの?」
ハリス様はハッと青ざめた顔になった。
「まさか今日王妃様に何か言うつもりじゃないだろうね? よしてくれ。そんなことをしたら君だってどうなるか分からない。余計なことはしないでくれよ」
「でもナーナが……」
「ロザリー! 今日は私たちの結婚の許しをもらいに行くんだ。君が友達思いなのは分かっているが、今日は私との結婚のことだけを考えて行動してくれ。頼むよ」
「ハリス様……」
私が余計なことを言えば、ハリス様にも迷惑がかかる。
「分かっています。ハリス様にご迷惑をかけるつもりはありません」
私はしょんぼりと答えた。
次話タイトルは「よろこび組の先人」です