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ヤバい国

上が上なら下でも・・・

作者: 晶良 香奈

前作「婚約破棄ですか、ご勝手に」の庶民版です。

さらさらッとどうぞ。

創世の女神の加護を受けるロードリック王国。


王侯貴族はノブレス・オブリージュを体現し、付き従う騎士たちはその主に心からの忠誠を捧げる。

それぞれの持つ能力をいかんなく発揮して、国を国民を守ることに専念する。


何より女性陣がスゴい。

幼女から大人まで、皆一様に聖女体質持ち。

それは平民貴族に関わらず発現する能力。


その女性陣に見守られ、男たちも道を誤ることなく発奮する。

女神の加護を全幅に受けた国民は一致団結して他国に対処するのだった。


・・・・・・・・・・


「くそっ、一体何なんだよ、この国は!」

路地を抜けながら男が一人ぼやいている。足早に歩いていても、音が立たない。


男は隣国ラウード国の密偵だった。


ラウード国は農地が少なく、国民は常に飢餓の恐怖に晒されている。そのくせ、国のトップは好戦的で周りに戦を仕掛けては逃げかえるのを繰り返してきた。


当然、国庫も物資も乏しい。そこで次に考えるのは、人材の確保。

通常の確保ではなく、攫ってでも国へ連れ込むよう、影の組織に命令が下された。


で。


狙ったのはこの国、ロードリック王国。


国民の気質が穏やかで、陽気に過ごすこの国なら気づかれないだろうと潜入したのだが。


誰にどう誘っても柳に風と受け流される。

好待遇高収入をささやいても、笑い飛ばされるのだ。


逆にこちらが勧誘される。兄ちゃん、この国はいいぞぉ。飯はうまいし、仕事はあるし。勉強だってさせてもらえて、ほれ、給料も上げてくれる。ん?ああ、よその国なんて行く気にならないねぇ。兄ちゃんもここで根を生やしたらどうだい?何ならいい子を紹介してあげるからさ。


今のところ23戦23敗。心が折れる一歩前だった。


「どうあっても一人は連れ帰らないと、俺の評価が下がるじゃねえか!」

ラウード国で評価が下がるとろくなことがない。最悪、追放、処刑が待っている。

「誰でもいい。チッ、こうなったら子供でも…」


「お兄ちゃん、お腹でも痛いの?」

「うおっ!?」


ナイフのある隠しポケットを触りながらつぶやいていたら、いきなり足元から声がした。

眼をやると、7、8歳くらいの女の子が下から見上げてきた。

栗色の髪の毛が豊かに顔の周りで波打ち、きれいな青い瞳が男を見つめていた。


面食らったが、これはチャンスだと内心喜ぶ。

幼女の前にしゃがみ込み、笑顔を作る。


「いや、ちょっと困っててなあ。俺の仕えてる人の子供が病弱で友達がいないんだよ。誰か同じくらいの子供を連れてこれないかと頼まれたんだけど。お嬢ちゃん、行ってくれると助かるんだけどな?」


話している間じゅう、女の子は声を出さずにじっと見つめてきた。青い瞳がきらめいて、男は不意に目が覚めたかのように感じた。何故か背筋がすうっとする。その感覚をつかみきる前に話が終わった。


女の子はにっこりとほほ笑む。

「うん、いいよ。リーファが行ってあげる」

「おお、そりゃよかった。じゃ、すぐに行けるのかい」

周りに人がいないことを確認しつつ、すぐにも動けるように男は立ち上がった。


と、

「あ、でもね、その前にひとついい?女神さまの祠に行きたいの」

「女神さまの祠?」

「うん。毎日お花をあげてお祈りするのよ。お兄ちゃんも一緒に行こ?」

女神の祠なんてこのあたりにあったのか、と男は内心首をかしげる。だが、ほかの人間に見つからないようにするには、仲良く動くのがいいだろう。そう判断して、笑顔で頷く。

「そうだな。挨拶していくか」

「うんっ!すぐそこだから」


そう言って、少女は男の手を取る。その途端、男の心に鈍い痛みが走った。


(フッ、俺にも良心なんてあったんだな)

忸怩たる思いを抱えながら、少女に導かれて歩く。ものの2,3分もせずに小さな石造りの祠に着いた。


少女は前にある瓶に花を挿し、手を合わせて祈る。

「女神さま、おはようございます。今日もリーファは元気です。今から人を助けに行ってきます。お力をお貸しください」

そう言うと立ち上がって男の方を向いた。


「ありがとうお兄ちゃん。よかったらお兄ちゃんも挨拶しよ?」

「あ、ああ、そうだな…」

少女に代わり、祠の前に跪いて手を合わせる。


実はその前、祠を見た時から男の心に変化があった。良心のうずきかウソの自覚かわからないが、後悔が押し寄せてきたのだ。


(俺は一体どうしようというんだ。こんな純粋な子供をだまくらかして連れて行っていいのか。いくら上から言われたって、こんなのおかしいじゃないか)


「お兄ちゃん、汗かいてるよ。拭いてあげるね」

少女が優しく額の汗を拭く。その手つきが男の心を動かし、忘れていた情景を思い出させた。

(ああ、あの時もおふくろがこうしてくれたっけな…)


過ぎ去った遠い日、母の懐に飛びつき、抱きしめられた喜びが胸によみがえる。

(戦争もなく、ただ農家の息子でいられたあの日。あの時のおふくろ…)


「お兄ちゃんも大変だったね」

少女が横で語り掛ける。その声が母の声とシンクロしていく。


「大変すぎてちょっと忘れていたんだね。たくさん悪いことをしたけれど、まだ取り戻せるよ。いい子だね」

「あ、ああ、あああっ~~!」


男の両目から大量の涙があふれ、そのまま突っ伏してしまう。今まで行ってきた非道なこと、後ろ暗いことが走馬灯のように男の心を過ぎ去り、全存在を揺さぶり、押し流していく。それはみそぎをしているかのように、男の中から負の感情を消していった。


「お、俺はなんてことをしようとしてたんだ。こんな、こんな屑は生きている価値がない!おふくろに合わせる顔がない~っ!」


おいおいと泣く男の背中をゆっくりとさする少女。その顔に浮かぶのは慈愛溢れる母の笑み。


「大丈夫、ちゃんと気が付けたんだから立派だよ。今は泣けるだけお泣き」


「お、お、おふくろ~~っ!!」






「うん、落ちたな」

「落ちましたねぇ」


祠の前の二人を離れて見つめながら頷くのは諜報部のセイルとオーキス。二人は街の中に居るスパイや密偵、その他よからぬ計画を抱いている他国の者たちの動向を把握・監視し、追い出すか取り込むかを見極める役割を持っている。

この間からラウード国への誘いをかけている人間がいるとの情報をもとに動いていたが、見極める前に当の本人が改心する場面へ出くわしたのだ。


「あの娘はまだ10歳前だろう?『破邪』が発現しているのかな?」

「多分そうでしょう。たとえそうでなくとも、あの娘の聖女体質はかなりなものですから」

どのみち落ちたでしょうね、そういって肩をすくめるオーキス。

「まあな。うちの女たちは本当に無敵だな」

呆れたように苦笑するセイルにオーキスが頷く。

こうした場面に行き会うことはままあるし、そのほうが話が早いことも事実である。聖女体質は男にとって何よりも強いのだから。


「もう少し様子を見て、落ち着いたら声かけるか」

「時間かかりそうですね」

祠の前の男はまだ泣き止まない。二人は、近くの空き箱に腰かけてじっくりと待つことにした。

空には高く鳥が飛び交い、鳴き交わす平和な路地裏だった。



その後、男はラウード国の命令内容をすべて自白し、罪の決済を願った。その願いを聞き入れ、ラウード国には男を処刑した旨の通告が装備一式を添えて返された。


後日、リーファの家の近くで農業に励む若い男の姿があった。隣の家を借りて毎日せっせと働く男に、リーファとその母がお昼のお弁当を持っていって一緒に笑っている光景が、周りから微笑ましくみられるようになったのもその頃だ。男の働きぶりは真面目で、いつ見ても鍬を動かしていた。

リーファを巡って近所の男の子たちともめたり、リーファの父親から凄まれたりしているようだが、男の顔には陰りひとつなく、毎日の営みに感謝して生きる喜びが輝いていた。





こうして国民を確保していく…やはりこの国はヤバイ。


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