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浮かばれない男

 真矢は改めて辺りを眺めまわした。

 部屋は、床、壁、天井、全てが石に見える物でできていた。目の前に並ぶ制服を着た男達は各々西洋風の剣や槍を持っており、足元の男は、黒いフード付きのコートみたいなものを着ている。

「とりあえず移動して、名前をうかがいます」

 リーダーらしき金髪の人が言い、デイバッグを持ち直して彼について部屋を出た。狭くて暗い短い廊下があり、その向こうには明るいリビングかダイニングかという部屋がある。そしてその向こうのドアを潜って外に出ると、そこは街中の小さな一軒家だったとわかった。

「ひらパーちゃうやん。どこ行ったん」

「行ったんはたぶん、ひらパーやのうて私らや」

 真矢が言うと、菜子が疑わしそうな顔をする。

「それ、アレか。小説とかで流行ってる」

「異世界トリップやな」

「異世界・・・」

「どう見ても、ちゃう世界やろ」

 改めて、目をやる。

 服は現代日本と同じ。車もあるが、知らない車種だ。建物は、高いビルもあるが大抵は三階までだ。そして、雰囲気から警察と思われる集団の持つ武器が剣だった。

「うわ。そしたらあれなん。魔法とかあるん」

 前を先導していた男が、振り返った。

「魔術はとうにすたれています」

「じゃあ、ステイタスとかは?」

「ステイタス?

 まあ・・・高級車とか、最新家電でしょうか」

「それもステイタスやな」

 真矢が言って、そのまま2人は、どこかへと車で連れて行かれた。


 ビルの2階にある小部屋に通される。真矢はテレビで見た取調室を思い出した。

「カツ丼出るかな」

 少し嬉しそうに菜子が言う。

「どうやろ。

 その前に、あのカツ丼って、自腹らしいで。食事時間に何がええか訊かれて、それを出前で注文して、後で請求されるらしいで」

「刑事さんのおごりや思ってたわ」

「考えてみいや。それやったら、疑わしい事を昼前にしてご飯食べてそれから無実を証明したらええんやもん。刑事さん破産するわ」

「ああ。リストラの人とか、毎日たかりに来るな」

「あかんやろ」

「あかんわ」

 椅子に座って待っていると、さっきの人と、何か、金髪の「ザ・王子」という感じの人が来た。

「お待たせしました。こちらが騎士団を統括するトレイス・ミラ・ハルクス王子です」

 ホンマもんの王子様やった!と、2人は心の中で叫んだ。

「初めまして。山田真矢と申します」

「小仲菜子です。よろしくお願いします」

「よろしく。

 早速だけど、どういう事か説明してもらえるかな」

「説明・・・してもらいたいんはこっちですわ」

「コーヒーカップ乗ってグルグルしてたら、グラッときて、バーンなって、ドーンと来て、一瞬暗くなって気ぃ付いたらここですわ。そしたらおっさんが寝転んどったから、ゴーン蹴って、ドッシャーと踏んだら死んでもうて」

 大阪人の標準的な喋り方だが、王子とさっきの人は顔を見合わせた。

「あかん。菜子、擬音語、擬態語が多すぎるって他府県の人に言われるやん」

「そうやったな。じゃあ、もっかい。コーヒーカップ乗ってこう回してたら、こうなって、こうなって――」

「わからんわ!」

 真矢が説明をした。

 王子達2人は笑ってから、ヒソヒソと話を始めた。「頭は大丈夫か」とか聞こえて来るが、その気持ちはわかる。その内、荷物を確認して、免許証の文字がこの世界のものではない事や、この国の人間なら間違いなく知っている事を知らない事などから、うそではないと判断したらしい。あの時何をしていたのかを話してくれた。

 そこで判明したのは、真矢と菜子はこちらの文字も言葉もわかるが、こちらの人は地球の文字はわからないという事だった。

「しかし、魔法か。子供の頃とか思ったなあ。魔法使いになれたらなあって」

「どんな魔法使いたいん」

「そやなあ。起きたらすぐに学校に着くとか」

「それはどこでもドアやん」

「そういう真矢はどうなん」

「そやなあ。空、飛んでみたいとかかな。でも、箒は微妙やな。あれ、絶対に乗り難いやろ。私やったら椅子がええわ。ついでに荷物も乗せたいし、雨とか風も避けたいなあ」

「飛行機やん」

 言い合っていたが、王子は笑顔で告げた。

「魔法はかなり前にすたれて、あれが最後の魔術師でした。科学に完全に負けて、八つ当たりでの犯行ですね。災害が永遠に続くという渾身の魔術を発動させる気だったようですが、その代わりにあなた達が来た」

「何ででしょう」

「・・・絶対ではありませんが、円環という文言があったそうです」

 真矢と菜子は、考えた。

「コーヒーカップはグルグル回ってた。そして、私達の名前は、回文や」

「円環みたいなもんで、バグったんかな」

「迷惑なもんやで」

「いや、死んでも死にきれないと思っていたのは、あいつだと思いますよ」

 王子じゃない方が言う。

「なけなしの魔力で最後の魔術をと思ったら噛んで、出て来た女性にチカン扱いされて蹴られて踏まれて、それで死んだのですから」

「浮かばれないだろうな、犯罪者ながら」

 何となく、揃って溜め息をついた。

「それで、帰りたいんですけど」

 王子達は困ったような顔をした。

「方法も全くわからないし・・・残念だが・・・」

 真矢と菜子は驚愕する。

「いや、一ヶ月ほぼタダ働きやん、これやったら」

「ボーナスまでもうちょっとやで?うわあ、何で今やの」

「でもちょお待ってや。あの時、カップが倒れて来て、無事やったんかな。重いで。潰れるんちゃう?」

「ああ、そういや、足がグシャッて言うたわ」

「え、再生したん?」

「かもなあ。その、次元の壁?を通った時に、治ったんちゃうかな」

「もしかしたら、帰ったら体が死体になるかも知れんな」

「じゃあ、帰ったら幽霊やん」

「それやったら、給料もボーナスも諦めよ。こっちで第2の人生を歩んで行くわ」

「そうやな。しゃあないしな」

 今後の方針を決定した真矢と菜子に、王子は神妙な顔で言った。

「できるだけのサポートはしますので」

「はい。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

 まあ、異世界というのも楽しいかも知れない。そう、少しワクワクする2人だった。


 

 

 


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