1話 森を行く
「よいしょ よいしょ・・・」
時折小声でつぶやきながら少女は草を掻き分け進んでいく
大きなカバンを背負い、たすき掛けで左右にもカバンがあり他にも水筒や何らかの道具を身につけ、
一見歩きにくそうだがスイスイと木々の間を抜けていく
「よいしょ よいしょ・・・」
大きなキャスケットをかぶり髪はまとめて帽子に入れているようで余り見えないが薄い黄色をしている。
黒縁の大きな眼鏡をし、クリクリとした目は好奇心旺盛なやんちゃな子供を思わせる。
深い緑色をした瞳には何ともいえない美しさがあった。
「結構来ましたね、まだまだ先は長いですが、聞いた話ではそろそろ小川があるはずです。」
立ち止まり耳をすませる。
カサカサと風で枝葉の擦れる音、時折遠くから聞こえる何かの鳴き声、そんな中にかすかに水の流れる音が聞こえる。
「結構近いようですね、方角は間違っていないようでよかったです。」
少女は再び歩き始める。
先ほど聞こえた水の音の方角へガサガサと草を揺らしながら進んでいく。
「しかし良い森です、これなら今回は期待できそうですね!・・・でもおじいちゃんのお話は
ハズレも結構多いので程々に期待しましょう。」
こんな仕事をしていると独りで旅をしてばかりになる、独り言が増えたってしかたないか・・・と、
心の中でつぶやきながら少女は小さくため息をついた。
彼女の名前はメアリー、背は低く少女のような外見をしているが年齢は人の時間に換算すると意味の無いほどの高齢で、「大体1万とかそれくらいです。」が定番の回答となっている。
そもそも年齢という概念が彼女の種族には無い。
彼女は星環調整師、星産者によって作られた星々の環境を整えるのが基本的な仕事であるが、
星産者たちは割りといい加減なので、もっぱら雑用係のような扱いを受けている。
星から星へ渡り歩く彼女たちには時間というものがあまり意味が無いものになる。
しかし、今回はそう言ってられない状況であった。
「まだ時間はありますが、できれば事前に着いておきたいですね・・・
今回を逃すと次はいつになるかわからないですし、少し休憩したら急ぎましょうか。」
いよいよ近くなった水音に導かれるように小川へたどり着く。
小川といってもそれなりに川幅があるので徒歩で渡るのは大変そうだ。
水は川底がはっきりと見えるくらい澄んでいて、緩やかに流れている。
深さは彼女の膝くらいだろうか、小魚が泳ぐ姿が見える。
彼女が思っていたよりも綺麗な水が流れていたので、思わず笑みを浮かべる。
おもむろに背中の荷物を降ろすと、小川の淵を削り、石を組み、小さな水溜りを作る。
「う~・・・今すぐにでも飲みたいですが、生水はこわいですから・・・」
しぶしぶといった様子で作業を終わらせると、たすき掛けのカバンから小瓶を取り出す。
小瓶の中には淡い水色の結晶のようなものがいくつも入っていた。
その中から一つまみ、3個ほど取り出すと指で潰しながら粉状にし、水溜りへ振りかける。
スッと水に溶けたことを確認した彼女はカップも兼ねている水筒の蓋をはずし、水をすくい口に運ぶ。
ゴクゴクと喉を鳴らし一息に飲み干した彼女は満足そうに息をついた。
「は~ここの水は美味しいですね!生き返ります~」
ニコニコと笑みをこぼしながら水を汲み、二杯目を飲み干す。
「ここで遅めの朝食にしましょうか・・・腹が減ってはなんとやらです!」
夜が明けてから歩き通しだった為、美味しい水を飲んで気が緩んだ彼女の体は空腹を訴えていた。
掛けていたカバンも下ろし、3杯目の水を汲む。
カバンの中から布に包まれたものと、鮮やかな赤色の何かが入った小瓶、スプーンを取り出す。
布を解くと、中から両手のひらより少し大きいパンが出てきた。
3分の1ほどを千切り取り、小瓶の赤い何かを塗り始める。
「う~んこのベリージャムはいい匂いがします!ああっよだれが・・・」
さわやかで甘い匂いに思わず口から溢れるものが出そうになる。
気にする人も居ないので、すぐさまパンにかぶりつく。
「ん~~!!!」
大きくほおばった口の中に程よい酸味と疲れた体に染みる甘さが広がる。
目を細め、ゆっくりとパンを味わう。
香ばしいパンの香りにバターのコク、ジャムの味わいも合わさり、もっともっとと体が求める。
「キャロちゃん、また腕を上げましたね・・・はぁ・・・おいしいです~」
彼女の行きつけのパン屋であるジャックベーカリーの2代目店主、キャロラインのことを思い出す。
初めて会ったのはキャロラインが7歳の頃、元々お気に入りのパン屋であった為、たびたび訪れていたのだが娘がパン屋を手伝い始めたと初代店主であるジャックに紹介されたことがきっかけだった。
あの時のことは良く覚えている。
無愛想でパンの味くらいしか褒められるところが無い印象のジャックだが、正直ドン引きするほどの
だらしのない顔で可愛い娘を紹介してきたのだ。
まぁメアリーだけが特別という訳でなく、来る客みんなにそうしていたのだが。
(あれが親バカってやつなんでしょうねぇ・・・)
ジャックのだらしのない顔を思い出すと、何ともいえないむずがゆさを感じてしまう。
それからの付き合いになるキャロラインも、最後に会ったのは30歳くらいだったと思う。
最初の頃は自分より少し年上のおねぇちゃんといった扱いだったが、年を追うごとに子ども扱いされるようになり、会う度に牛乳を勧められて困ったものだ。
「・・・思い出して少し嫌な気分になりました・・・胸のサイズなんてどうでもいいでしょ・・・」
もう一口パンをかじり、気分を変える。
ちなみにキャロラインが山であればメアリーは・・小さな子供とのハイキングに丁度いいくらいはある。
まぁキャロラインは胸でなく身長を伸ばせと牛乳を勧めていたのだが・・・。
若干やけ食い気味になりながら食事を終えると荷物を確認する。
道中で破れたり、壊れたり、落としたものは無いようだ。
「さて、ここからは・・・小川沿いにさかのぼって、間違いが無ければ橋があるので対岸に渡るんでしたね、橋が無くても源流近くまで上りますし、最悪見あたら無くても問題無いでしょう。」
降ろしていた荷物をイソイソと再び身にまとう。
「今はまだ朝ですが、日が高いうちに着かないと次は大体数百年後になってしまいます。
がんばりましょう!」
意気揚々と再び歩き出すメアリー。
数百年に一度の機会、人にとってはとてもとても長いものであるが、メアリーたち星環調整師にとっては数年に一度くらいの感覚である。
美味しい朝食で上機嫌になった彼女は鼻歌を歌いながら川を上っていく。
「しかし何があるんでしょうね?おじいちゃんはいいものとしか教えてくれませんでしたが・・・」
彼女が親しくしている星産者の一人、通称”おじいちゃん”本当の名前は教えてくれない。
先輩の星環調整師に聞いたところ、小さい子におじいちゃんと呼ばれることが好きなのだとか、
何度か抗議したのだが、おじいちゃんと呼ばないと仕事がもらえない。
どうしようもない人なので気にするだけ無駄だと彼女は判断した。
そんなおじいちゃんでも、適当な星産者の中では比較的まともな方に入るのだが、
大雑把な情報しか教えてくれない。
数年単位で時機がずれるなんて良くある事なのだが、今回は大丈夫だからと念を押してきた。
なかなか珍しいことである。
でも何があるかは頑なに教えてくれなかった。
『おどろきっちゅうのは大事なことだ、ワシら星産者の仕事は気の長いもんでよぉ、
こういうおどろきがねぇとつまんねぇもんになっちまう。』
いたずら好きの子供じゃあるまいし・・・と彼女は思ったが。
そういうところが気に入っておじいちゃんとは親しくさせてもらっている。
口調とは裏腹に目をランランと輝かせながら歩みを進めていく。
この先に一体何が待っているのか期待に胸膨らませながら彼女は川を上っていく。
良くわかってませんがとりあえず初投稿です。
評価で続けるか別のものにするか考えようと思っています。
よければご意見ご感想をよろしくお願いします。