届かぬ想い(後)
そこにいたのは、体中傷だらけで鎖に繋がれながら、必死に痛みに耐えるミラ姐の姿だった。
そんなミラ姐の姿を見て、いてもたってもいられず、私はミラ姐のところまで駆け出した。
ミラ姐は私に気づくと、今にも途切れそうな意識で私にこう告げた。
「ダメ……来て、は…!」
そう聞こえ、私はトラップだと気づき足を止めようとした時には、既に遅かった。
「「「アイルシ・フォグナ・バイスト」」」
その詠唱は、前に私を陥れたものと全く同じだった。
即座に私の下に黒い魔法陣ができて、私を拘束した。あと1歩、その1歩があまりにも重かった。
「残念だったなぁ!アリア・エスタニア」
その声は憎らしいほど、悪い感情が詰まった声だった。
そう、忘れることはない。背後から現れたのは、あの時、ミラ姐を奪った張本人であり、私たちから色々なものを奪った盗賊の長。
「ゴルダ!!」
パァンッ!
ゴルダは、私の頰を思いっきりビンタした。拘束されていたため、吹っ飛ぶことはなかったが、その分衝撃が痛かった。
「気安く俺の名を呼ぶな!」
私は強く睨み返すが、それは軽く笑われてしまった。相手の数は7人。3人は魔導師で、3人は戦士。そして、ゴルダだ。とても私1人で勝てるような相手ではなかった。
ゴルダは、誰が見ても分かるぐらいに不機嫌で、恐らく奪ったであろう魔剣を持っていた。
「俺はな、今相当頭に来てんだ。仲間をここまで沢山殺られるとは思わなかった。貴様1人なんかに!」
ここまで仲間が殺されるのは、ゴルダ自身も初めてのことだった。しかも、それは戦いではなく、ただの侵入で。さらにはたった1人の女に殺られる。こんな事態は初めてだった。
ゴルダは怒り狂ったように言葉を続ける。
「しかもコイツ、ミラ姐といったか?お前らと別れた後、何度も逃げ出そうとしたり、俺たちに反抗しようとしたんだ!!」
ミラ姐が、私たちと離れた後のことだった。
フリード山賊団とある程度離れた後、ミラ姐は何度も脱走測ろうとしたのだ。それは、もう私たちに危害が加わらない距離だと分かっての行動だった。
だが、普段戦うことのない、料理担当のミラ姐に遠くまで走る体力はなく、逃げてはすぐ捕まるのがオチだった。しかも、捕まるたびに暴れて抵抗するので、迷惑極まりなかった。
それ故に、ミラ姐に頭が来たゴルダは、自分の手下達に拷問をさせていたというわけだ。
「だから貴様が来たら、貴様の目の前で散々いたぶってやろうと思ってなぁ!」
「ふざけないで!」
ミラ姐の状態は既に意識が朦朧で、これ以上の攻撃は命に関わるものだった。早く助けなければ、ミラ姐の命が危ない。
この状況を打開できる策はないか必死で考えるが、この絶望的な状況でどうすることもできないのは明白だった。
とにかく、話をつなげて時間を稼ぐことしか思い浮かばなかった。しかし、私が行動に移すより先に、ゴルダが動いた。
瀕死のミラ姐に近づき軽く頰を叩いて、ミラ姐の意識を起こすと、こんな言葉をかけ始めた。
「どうだ今の気分は?貴様の親友、アリアとかいったか、そいつのせいで今からさらに拷問を受けんだぜ」
「!!」
ゴルダは嫌らしい笑みでミラ姐にそう言った。ゴルダが言いたいのは、お前が助けた親友のせいでお前自身がさらに傷つけられることになる。
つまりは、親友を恨めと。
それが分かっていた私は、何か言い返したかったが、全て事実だったので言い返せなかった。
「恨むんだったら、親友を恨むんだな!はっはっは!!………おい、なんか言ってみろよ!」
ずっと黙りっきりで俯いたままのミラ姐に頭が来たのか、ゴルダはミラ姐の首を掴み、強制的にゴルダの方に顔を向かせた。
ミラ姐の目が薄っすら開き、その口元がゆっくり開いた。
憎らしい笑みを浮かべるゴルダに対し、ミラ姐はゴルダを睨みつけてこう言った。
「黙れブ男」
ゴルダの憎らしい笑みが固まった。それはもちろん、何を言っているのか理解できてなかったからだろう。
しかし、だんだんとゴルダの表情に笑みが消え、次第に怒りが見て取れるような顔になった。
次に私が見たのは、ゴルダが魔剣を振り上げる光景だった。
その瞬間、私は何が起こるであろうかすぐに察知した。まるで時間の流れが遅くなったのかのように、私には見えていた。
ミラ姐は私の方を向いて、最期の言葉を残した。
ーー幸せになってね
そして、一瞬のうちに頭の中にミラ姐との思い出がよぎった後、私は叫んでいた。
「やめてええぇぇぇっ!!」
その想いが届くことはなかった。
私が見たのは、ゴルダに胴体を斬られるミラ姐と怒り狂った表情のゴルダ。そしてーー
アアアアアアアァァァァ!!
「!?な、なんだこの声は!」
まるで、地獄のようなおぞましい叫び声。それは1つだけではなかった。
ガルァァッ、ガラァァッ!!
グァッッ、グァァアア!!
拷問室からではない、しかし別の部屋からでもない。聞こえたのはアジトの外からだ。しかし獣の声でも、人間の声でもなかった。
何があったのか全く察しがつかないゴルダ思わぬ情報が流れてくる。
バァンッ!
ゴルダが困惑していると、拷問室の扉が思いっきり開いた。下っ端の1人が血塗れになった左腕を抑えながら、入って来たのだ。
「ゴルダ様、すぐにお逃げください!」
「何があったのだ!」
ゴルダが下っ端に問いた。下っ端は、慌てた様子で、ゴルダにこう告げた。それは、思いもよらない答えだった。
「あ、悪魔が、悪魔の大群がこのアジトを襲撃してきました!!」
「!?」
ーー悪魔
その力は、上位のものになればなるほど強大な力を保持し、天界級の天使にも及ぶ力を持つ個体もいる。
彼らは普段魔王の自治する領域、魔界にて生活しており、召喚かゲートがない限り地上に現れることはないはずだ。
このアルミナ平原には、ゲートが自然発生するような膨大な量の魔力は存在しないため、可能性は1つしかありえなかった。
「くそっ、どこかに召喚者がいるのか!」
ゴルダは大量の悪魔を召喚した張本人に出会う前に、アジトから脱出することを決めた。
大量の悪魔を召喚できる魔力の持ち主となると、大賢者クラスの魔導師か、あるいは闇魔導師の軍団か。
どちらにせよ、逃げなければいけないことに変わりはなかったので、ゴルダは新鋭の6人を護衛に逃げようとした。
「おい、お前ら逃げるぞーー」
だが、次にゴルダが目にした光景はあまりにも残酷だった。
壁には、さっきまでゴルダの忠実だった新鋭の戦士が、血塗れで倒れていた。
床を見れば、この盗賊団屈指の魔導師達が血塗れで死んでいた。
拷問室の入り口は1つ。悪魔が侵入して来た形跡はなかった。
ーーでは誰がやった?
ザシュッ
ゴルダは、その生々しい音がした方向を恐る恐る振り向いた。
見れば紙紐は解け、血塗れの姿でありながら、それすらも美しく見えてしまうような銀髪の女性の姿。
その女性の手に持っている禍々しい剣は、屈強な男の戦士の体を貫いていた。それを体から引き抜くと同時に飛び散る鮮血は、より一層その存在を引き立たせた。
その女性の顔を見て、ゴルダは戦慄した。
さっきまで、自分が弱い者といたぶっていた者に恐れを抱いた。その顔には笑みがこぼれ、まさに狂気を感じさせるものだった。呪印が黒く輝く右腕は、闇そのものだ。
そう、彼女の名はーー
「アリア・エスタニア…!?」
アリアはゴルダの方を向くと、ゆっくりとゴルダの方へ向かって歩き出した。
その目は、紅く輝いていて、確実に獲物を狩る時の化け物の目だった。ここでゴルダはある可能性に気づく。
(まさか、コイツが悪魔を召喚したのか!?)
それと同時に、絶望と希望が湧いた。
絶望は、コイツは今の自分じゃ勝てる相手ではないこと。
希望は、コイツを倒せれば悪魔は全て元の世界に戻るということだ。
逃げたとしても、今まで築いてきたものが全て失われる。逃げなかったとしても勝てる可能性もごく僅か。その状況でゴルダはどちらを選んだ選択肢はーー
「くっそ、どうせ死ぬならやるしかねぇか!」
「ふふ、いい判断ね」
アリアは、冷酷な笑みを浮かべながら禍々しい剣、禍剣を構えた。
ゴルダは魔剣を構え、アリアに斬りかかった。さすがは元騎士団長というべきか、動きが洗礼されていて、無駄のない1撃だった。
だがアリアはその体の身軽さを利用し、ギリギリのところで躱すと、禍剣をゴルダの首めがけて振るった。
ゴルダは頭を下げて避けたが、流れるようなアリアの蹴りが横脇腹に直撃して、ゴルダは壁に吹っ飛ばされた。
「ぐはぁっ!」
口から血が出たが、それを気にする暇もなく次のアリアの1撃が飛んできた。
それを魔剣で受け止めたが、アリアの力は圧倒的にさっきより強化されており、とても人間の女性の力とは思えなかった。
ふと、ゴルダはアリアの右腕の呪印が目に入る。黒く禍々しい闇の呪印。
それと同時に、アルミナ王と話していた謎の男が頭によぎった。
「ッ!!そうか、その呪印、見たことがあるぞ!」
しかしゴルダがアリアの正体を見破った時にはもう遅かった。
ピキッ
「!」
アリアの禍剣を受け止めていたゴルダの魔剣に亀裂が入った。魔剣クラスの剣が打ち合いで折れることはないはずだ。
それでも折れるというのなら、それはアリアの持っている禍剣の能力が原因だろう。
「その剣、物理破壊まで付いているのか!」
凄まじい運動能力に、禍々しい闇の剣。彼女の顔には狂気が満ちていた。慈悲のないその1撃はさっきまでの、か弱い彼女のものだとは思えなかった。
ピキピキッ
「くっそ!!この悪魔がぁぁああ!!」
「地獄で眠れ、アラス・ゴルダ」
パリィィィン!
ゴルダが最期に見た光景は、人の姿をした悪魔に斬られる、という最悪の光景だった。斬られる直前、ゴルダは全てを悟った。
今まで自分が何をしてきたかを、アルミナ王との騎士の誓いの本当の意味を。
「くそっ、なんでーー」
ザグシュッ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フリード山賊団では大騒ぎだった。朝、目を覚ませば、アリアがいなくなっていたからだ。
大体の行き先に予想はついていたため、ゴルダのアジトに乗り込むか否かを決めていた時だった。
「あっ、あれは、アリアだ!帰って来たぞ!!」
アルラさんがそう叫び、指の指した方向を向くと、そこには、今はもう亡きミラ姐を抱え、こちらに歩みを進める血塗れのアリアの姿があった。
そこにみんなが駆け寄り、アリアを囲うような形になった。アリアはミラ姐をそっと地面に降ろした。
「死んだ…のか」
誰かがそうポツリと呟いた。その言葉はより明瞭に、私の心に響いた。
私は何も言えず、黙って下を俯いていると、フリードさんがミラ姐の側に来て花を添えた。
「俺が騎士だった頃はな、共に歩んで来た戦友にこうやって花を添えてたんだ。泣くなとは言わない、冥福を祈ってやれ」
フリードさんのその言葉でやっと、ミラ姐が死んだことを実感した。
私は、ミラ姐の側により、ミラ姐の顔にかかっている髪を避けた。ミラ姐の顔は、どこか満足そうだった。
「ミラ…姐、ミラ姐ぇぇ!!」
私はミラ姐に泣きついた。その泣き声は、どこまでも明瞭に響くのだった。
あの日、運命の分岐点まで残り11日