王都遠征
木々が揺らめき、心地よい風が吹いていた。私が2人組の山賊を返り討ちにして、1週間が経過した。
山賊団の長、アイザス・フリードは山賊団のメンバー全員を集め、ついに王都まで向かう決断をした。
馬車や竜車などは身分上借りられないため、歩きで王都まで向かうことになった。
「王都までどれくらいかかりそう?」
「13〜16日ってとこだな」
「そう…」
フリードさん曰く、道中のモンスターへの遭遇率や、食料調達を考えると、13〜16日が最適な時間だった。
もちろん、早くカイルに会いたいという気持ちもあったが、それ以上に迷いがあった。
やはり、あの1週間前の事件が原因だった。
たとえ相手が悪人であろうと、人の泣いて助けを乞う姿を笑いながら踏みにじる私の姿は、とてもカイルに見せられるものではなかった。
なぜあの日、あんな狂気に満ちた姿に豹変したのかは、よく分かってはいなかったが、おそらく右腕の呪印が関わってると睨んでいる。
快感に駆られながらあの2人を殺したあと、すぐに意識が戻り、自分のしたことを思い返して、凄まじい罪悪感に駆られた。
ーーあれが私の初めての殺しだったから。
そのまま罪悪感に苛まれて、森を3時間ほど彷徨って、やっとアジトへ辿り着いた。
次の日、フリードさんは私を見るなり、「目が変わった。これなら大丈夫だ」と言っていた。王都遠征が決まったのはその次の日だった。
そんなことを考えながら、私は出発を待っていた。
「大丈夫か?顔色が優れないようだけど」
この前の事件のことを考えていて、顔色が悪かった私に声をかけてくれたのは、副団長であるアルラさんだった。アルラさんとは、元王国の繋がりか、今では一番仲が良かった。
私はそれに、「大丈夫よ」とだけ返した。この長い旅の途中で、私の中で答えを見つけるつもりだったからだ。
フリードさんは、山賊達が全員集まったのを確認すると、大きな一枚の地図を取り出した。
私が不思議そうにそれを見ていると、フリードさんが大雑把に教えてくれた。
「これは、俺たちがいるダルガ大陸の地図だ。この地図を使って移動ルートを説明する」
これから、フリードさんが説明するのは、アルデン王国までの道のりと計画だ。地図の真ん中、ダルガ大陸の中心にあるのが、アルデン王国だ。
私たちが今いるのは、地図の西側、アルデン王国の次に力のあるアルミナール王が自治している、アルミナ地方だった。
その中でも、山賊や盗賊が頻繁に出没する治安の悪い場所、エルマーナ小国の周辺の森の中だったのだ。
フリードさんが私たちの様子を見て、説明を始めた。
「今いる場所は確認できたな。ここから東に行くと、最初に当たるのはアルミナ平原。ここは比較的、魔物も弱いが他の盗賊と当たる可能性がある。だが、こっちは30人だ、負けることはない。相手の物資を逆に奪いながら進むことになる」
指示は的確だった。山賊は動物を狩るというよりは、奪った方が利益も大きいので、相手が仕掛けてくるなら、逆に奪ってしまえばよかった。
だが、王妃としてのプライドもあり、人として人間を殺してなにかを奪うという非人道的なことは、心の中では許せなかった。
ーーお前が言えることか?
そう心の中で聞こえた気がしたが、耳を傾けなかった。
「平原を過ぎると、竜種の生息するアテラ山が見えてくる。竜種はその強大な力と、誇り高さ故に、敵対しない者には危害を加えない。ここが一番安全地帯で通り抜けるのには最適だろう」
これも的確だった。竜種は、他の魔物と違い、人の言葉を話せるため、穏便に山を越えることができた。
竜種がなぜ、人の言葉を話せ、知恵が豊富なのかは理由があった。
これは、王国にいた時、婆やからよく聞いた話だ。
その昔、竜族の王、竜王はとある1人の人間、『終焉者』と呼ばれる者に敗れて、世界を滅ぼす為のコマとして使われていたらしい。
終焉者は、竜王に破壊の竜の異名、バハムートを名付けた。そして、戦えるように知識を与え、知恵を与えた。
これが、竜種の始まりだと言われている。
「さて、アテラ山を越えたあとだが、ここが一番の難関だ。アルデン王国とアルミナ国の国境には、大きな壁がある。これを飛び越えるのは不可能だし、何よりどちらの国の兵も壁を見張ってる。強行突破も難しい」
「じゃあ、どうすれば…」
「そこでだ、竜種の力を借りようと思う」
竜種の力を借りる、到底できることではなかったが、そうでもしないと、壁の向こう側へは渡れなかった。
おそらく壁の向こう側に渡ったら最後、もう一回国境を越えるのは不可能だろう。
これで、私を助けたという名誉が得られれば、それが最高だが、山賊として一蹴された時、それはフリード山賊団の最後となるだろう。
そんなリスクを承知の上で、ロマンを追い求める。それが、彼らフリード山賊団の生き方だったのだ。
それはともかく、どうやって竜種の力を借りるのか、それは思いもよらない方法だった。
「竜種をエサで釣る」
「「「は?」」」
予想外の方法に、他のみんなも思わず声が出てしまった。さっきまで誇り高いとか言ってた矢先に、「エサで釣る」だ。何言っるんだ団長となってもしょうがないだろう。
しかし、これには的確な理由があった。
「アルミナ平原にはな、竜種がもっとも好むと言われるブレイズドグラと呼ばれる、魔獣がいる。そいつを狩って竜たちへの手土産とするんだ」
なるほど、と思った。竜をエサで釣るなんて、やっぱりフリードさんはすごい人だと思った。
こうして、王都までの遠征の方針が決まったところで、フリードさんが締めのセリフ言った。
その言葉は、全ての山賊の想い。
「お前ら、山賊から成り上がってやるぞ!」
「「「オオォォォォォ!!」」」
誰だって、好きで人を殺したり、ものを奪うわけじゃない。山賊になりたくてなった者はそうそういないはずだ。
そんな簡単なことに気づかなかった自分が憎らしく、この人達が太陽のように明るく見えた。
山賊の皆さんは、この前の事件で、冷えきっていた私の心を温めてくれた気がした。
これで、カイルに合わせる顔が少しできたかもしれない、と思った。
ーーあの日、運命の分岐点まで、残り15日