殺すことの感覚
今回は、少々残酷な内容になっております。
「はぁぁっ!!」
スパンッ
地面に立てられた棒を渾身の一振りで真っ二つに切り裂く少女の姿があった。以前とは違い、髪は一つに縛られ、華麗なドレスは安物の皮の服に変わり、その少女の放つオーラはお姫様のものではなく、戦士のものだった。
その少女、アリアは山賊に拾われてから1週間、ひたすら戦闘技術を磨いてきた。
その技は、歴戦の山賊には劣るものの、見事なものだった。
だがーー
「やはりダメだ。お前の剣には在るべきものが無い」
「在るべきもの?」
「まだ分からないか、それが理解できるようになるまでは王都へは行けん」
山賊団の長である、フリードさんからそう言われた。なにかが足りない。私は、剣の技術はあったが、その答えを導き出せずにいた。
ふと、空を見上げれば、もうすでに日が沈みかけていた。
「そろそろ帰るぞ」
「わかったわ」
私は、散らばった小道具と武器を回収して、フリードさんの山賊団のアジトへ戻った。
そういえばアジトへ戻る途中、腕についている呪印のことについて聞かれた。あの時、レイラからつけられた闇属性の呪印。
最初は突然死とかさせられるんじゃないか、とビクビクしていたが、そんなこともなく、特に何も起きずにいた。
「一体、この呪印はなんなんだろ…」
「さぁな。だが、ロクでも無いものには変わりはない。気をつけろ」
気をつけろとだけ忠告を受けた。呪印なので気をつけようがないことは言わないでおいた。
山賊団のアジトに戻ると、皆、丁度飯の時間だった。この、『フリード山賊団』で私以外で唯一の女性。食事を作るのが担当の年が1個上のお姉さんから食事を受け取ると、いつものように1人席へ移動しようとしたが、食事担当のお姉さんに止められた。
「いつも、1人で食べてるけど、他の人と食べないの?」
「カイル以外の男の人と食べるなんて嫌」
「そう、みんな貴女と食べたがってるのにねぇ」
それもそのはず、男が32人に対し、女が2人だけ。目立つのも仕方がなかった。
だけど、山賊と仲良くなるのは、王女としてのプライドが邪魔して、許せなかった。
今日も、黙々と1人でご飯を食べていると、とある人が、向かいの席に座ってきた。
「今日も1人かな?」
銀髪の短髪で顔はイケメン。纏う雰囲気は山賊というより騎士に似ていた。アルラ・フレイク。この山賊団の副団長だ。
正直、剣の腕は立つし、イケメンだし、カリスマ性もある彼がなぜ山賊なんかをやっているのかが不思議でならなかった。
「今日も1人よ」
「じゃあ向かいの席いい?」
「ご勝手に」
副団長であるアルラさんが持っていた食事はウィンドラビットのガーリック焼き、アロラキャロットのサラダ、ロイヤルホーンのスープで、山賊とは思えないほど、健康的だった。
内心驚きながら、その食事を見つめていると、それに気づいたアルラさんが少し微笑んだ。
「俺は元々、騎士だったんだ。ちょっとしたミスが重なってクビにされて以来、何もかも嫌になって山賊に落ちた」
「そうなのね」
「だけど、元団長であったアルーザさんは、俺のことを暖かく迎えてくれた。だから、俺はここには本当に感謝してる」
山賊、どんな形であろうと、悪者としか言われないかもしれない。私も少し前まではそう思っていた。
実際、悪者なのかしれないが、それでも、それぞれの思いがあって、その結果が山賊なのだから、誰も責めれるものではないのだろう。
「ごちそうさまでした」
「もういいのかい?」
「今日はそこまでお腹空いてなかったの」
さっきまで山賊というだけで、嫌悪感を抱いていた自分が嫌になり、お腹が空いてないという理由でその場から逃げだしてしまった。
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日はすっかり沈み、静けさが舞い込んだ夜の森で月の光を浴びながらアリアは黄昏ていた。
側から見れば、その美しさから女神や天使と勘違いされそうだ。なぜ、黄昏ているのか、それは、さっきのアルラの件もあるが、何より、カイルが恋しかった。
ーーもう、1週間も会っていない。
短いようで、私にとってはとても長い。それこそ、一生が過ぎているような。それだけ恋しかった。
「戻りましょ」
黄昏るのをやめて、そろそろアジトに戻ろうとした時だった。
パキッ
「ッ!誰!?」
枝の踏み割れた音に咄嗟に反応し、ナイフを腰から抜いた。音のした方に、ナイフを向けると、音の正体は木の影から現れた。
「あーあ、隠密スキルも台無しだぜ。折角、こっそり忍び寄って捕まえようと思ったのによぉ」
「兄貴ぃ、力づくで犯しちゃいましょうぜ」
出てきたのは、2人の山賊だった。ただし、2つ違うのは、フリード山賊団の仲間ではないことと、本物の殺気を放っていた。
2人組みの山賊のジョブはおそらく、シーフ。隠密行動を得意とし、素早い動きで敵を翻弄する。アサシンと違って、1撃で獲物を仕留める技はないが、正面から戦うならシーフの方が厄介だ。
そんなことを考えていると、兄貴と呼ばれていた山賊がナイフを腰から取り出し、私に襲いかかった。
咄嗟に構えたが、時すでに遅し、シーフだけあって、繰り出された1撃は素早かった。
顔めがけて繰り出されたナイフを、ギリギリのところで、横に避けたが、ナイフが頰にかすり、傷がつく。
繰り出される2撃目、3撃目も体に擦りながら、ギリギリのところで避けた。
「これなら余裕っすね!兄貴ぃ」
「さっさと終わらせちまうか!」
頰から垂れる血を拭う暇もなく、次の一撃が襲いかかった。
ただのナイフの連撃といえど、侮れるものではなかった。的確に急所を狙ってくるが、わざと避けれる速さにして、技を繰り出してることがわかった。
その意味は簡単、私を疲れさせるためだ。動けなくなって、抵抗できなくなったとこを犯すつもりなのだろう。
だが、そう簡単に行くはずもなかった。
「はぁぁぁぁっ!!」
「なっ!」
今までフリードさんから習得してきた技を思い出し、次から次へと繰り出す。突き刺し、斬り下げ、斬り上げ、また突き刺し。
無駄のない動きで、確実に1歩1歩追い詰めた。
ガキィィィンッ!
「なっ!!」
「兄貴ぃ!」
山賊の持っていたナイフを上に弾き飛ばし、隙が見えた山賊の、その心臓をナイフで貫こうとした。
勝った、そう思った。
「はぁぁっ!!」
「まっ、待てっ!」
「ーーッ」
私のナイフは、山賊の心臓を貫けなかった。刃が刃こぼれしていたとかの問題ではない。
ーー殺す覚悟がなかったのだ。
「ふざけんじゃねぇっ!!」
「きゃあっ!」
九死に一生を得た山賊は、私の手に持っていたナイフを弾き飛ばし、私を地面に押し倒した。
もう1人の山賊が私の首にナイフを当て、抵抗できないようにした。
「このままじっくり遊んだ後、殺してやるよ」
「ヒヒッ、俺たちを楽しませられたら生かしといてやってもいいぜ?」
恐怖が私の体を包み込み、全く動けなかった。抵抗したら、殺される。そう確信していたこともあってか、下手に動こうとしなかった。
「抵抗しないなら、遠慮なく…」
男は、私の服の手をかけた。
ーーなぜ、こんなことになっているのだろう。なんで、私は幸せだった日々からここまで堕とされたのだろう。
ーー何もしてないのに、ただ幸せに過ごしていただけだったのに。
ーーカイルに会いたいだけなのに。
ーー幸せに暮らしたいだけなのに。
ーー何故?
そんな私の頭の中に1人の女が浮かんだ。全てを裏切って、私を絶望のどん底に突き落とした女。
そのことを考えると、どうしようもないくらいに、心が苦しくなり、汚されてく感じがした。
憎い、初めてそんな感情が生まれた気がした。
ビキィィィンッ
「なっ、その腕はなんだ!」
私の右腕の呪印が黒く輝きだしたことにより、驚いた山賊2人組は私に距離を取った。
私には分かった、この憎悪に呪印が反応して力与えてくれているんだと。
闇の力。本来、私の中にあるはずの、光属性の魔力とは真逆の力だ。
ーーあの2人も邪魔だ。
「私を犯そうと、ここまで苦しめた想いを味わえッ!!」
腰につけていた最後のナイフを抜き、山賊達に斬りかかった。
さっきまでとは、違う速さ、習得してもいない技の数々で相手を追い詰める。
私は、1撃を与えるたびに、底の知れない、快感をどこかで感じていた。
「ひぇっ、やめてくれ!俺らが悪かったから見逃してくれ!」
「あり金は全部置いてくからさ!なっ!」
兄貴と呼ばれた山賊がナイフ攻撃を避けながら、咄嗟にあり金を懐から取り出した。
だが、それが命取りだった。
「はぁぁっ!」
そのあり金を取り出す一瞬隙を見て、心臓めがけて突き刺しを放った。
グサッ、グシュリッ
「ガ…ハッ……」
「兄貴ぃ!」
バタンッ
綺麗な突き刺しだった。心臓を見事に正面から貫いた。その時、背筋がゾクッとするほどの快感と興奮が、私を支配していた。
兄貴と呼ばれた山賊には見向きもせず、次の獲物。もう1人の山賊の方へ目を向けた。
「や、やめろ。なんで笑顔なんだ。来るな!こっちに来るな!頼むからやめっーー」
グサリッ
私のナイフは、山賊が逃げるよりも先にその心臓を貫いた。
「な…んで……」
バタンッ
全身は血に塗れ、その顔には笑みがこぼれ、狂気が宿っていた。狂戦士というには生温い、本物の狂気の姿。
ーー私に足りないもの、それは殺す覚悟だったのかもしれない。
月の光が、血に塗れた私を照らしていた。
運命はだんだんと、狂い始める
あの日、運命の分岐点まで、残り22日