あと1歩のところで
大広間という名の戦場に、剣と剣のぶつかり合う音が鳴り響いていた。
戦況は100対30という絶望的な戦力差で、1人で3人を相手にしなければならない状況だった。
確かに人数では負けていた。だがその信念の強さと、叛逆戦争という戦場を潜り抜けたその経験が、確実に彼らを強くしていた。
故にーー
「はぁっ!!」
アルラさんが、その真っ直ぐな剣先でアルデン兵を切り裂いた。仲間たちは、アルデンの騎士たちをも凌ぐほどの強さを持っていたのだ。
フリードさんは大剣で敵を薙ぎ払うと、私に指示を出した。
「ここは俺たちに任せてカイル王のところまで行け!」
「わかったわ!」
私は、カイルのいるはずの王室に向かって走り出した。しかし、それを阻もうとアルデン兵達が追いかけようとしてきたが、私の仲間達がそれを阻止してくれた。
アルデン兵を止めている仲間達の瞳が私に語っていたのは1つ。
つまり、ーーここは任せろ!と
私は力強く頷くと、彼らを背にまた走り出した。
どこまでも続くような、長い廊下を走る。胸に刻まれた想いは1つ。仲間のために、一刻も早くカイルに会って助けを呼ぶことだ。
もちろん、今まであった沢山のことをカイルに話したかった。辛いこと、楽しいこと、しかし今は、そんなことよりも今まで戦ってきてくれた仲間の命を、どうしても守らねばならなかった。
長い廊下を右に曲がって奥に行くと、そこにはカイルのいる王室がある。
私は廊下を右に曲がった。しかし、そこで問題は起きる。
「!?」
ガキィンッ!
私に振り下ろされた剣を、咄嗟にその腰につけていたナイフで受け止めた。
受け止めた剣をナイフで弾き、私は彼らと距離を取った。
「っ、あなた達はあの時の…!!」
私は彼らを睨んだ。
そう、私の目の前に現れたのは、レイラに嵌められたあの時、レイラの護衛についていた4人の騎士と、私を拘束した6人の黒魔導師達だ。
あの時の無残な光景が脳裏に思い浮かんだ。何も出来ずに、レイラに苦しめられたあの時を。
確かに私は非力だった。何も1人では出来ず、生き抜く術も持たない、ただのお姫様だった。
でも、今は違う。
ーーだから、私は!
「諦めるわけにはいかないっ!」
勇敢にナイフ1本で騎士達と黒魔道師達に立ち向かった。
私1人じゃ、勝てないのは分かっている。それでも、私にはどうしても勝たなければならない理由が存在するから、私は何度でも立ち上がれる。
その意思を胸に持ち、私と騎士達が交戦する直前、彼は来てくれた。
「ハアァッ!!」
彼は、一振りで1人の騎士を切り裂き、流れるように2人の騎士を薙ぎ払った。咄嗟の出来事に戸惑う最後の騎士を、その剣先で貫いた。
騎士の体から剣を引き抜くと、彼は私の方に視線を向けた。
……多分、私はどこか心の中で、きっと来てくれると信じていたから騎士達に立ち向かえたんだと、この時思った。
私は溢れ出る嬉しさを、抑えきれずに彼に向かって叫んだ。
「アルラさんっ!!」
「おう!」
アルラさんは私に向けて、決意に満ちた笑顔を向けた後、視線を黒魔道師の方に戻す。
一瞬の出来事に対応が遅れた黒魔道師達は、必死に詠唱を組み始めるが、既に時は遅かった。
「遅い!」
アルラさんは、黒魔道師達との間合いを一瞬で詰め、その剣で彼らを切り裂いた。
それは歴戦の技だ。
黒魔道師達を斬り終わった後、剣についた血を振り払って、腰に剣を収めようとしたところで、私はアルラさんに抱きついた。
かつての敵と対峙した辛さから、救ってくれた光だから。そして、何より来てくれたことが嬉しかったからだ。
「ちょ、そんな抱きつくなよ。折角俺が選んだワンピースに血が付くだろ!」
「……私、どこかで信じてた。きっと来てくれるって」
私は溢れ出そうな涙を拭いながら、アルラさんを見つめる。アルラさんも、優しい眼差しで私のことを見つめてくれた。
抑えきれない嬉しさで、私はアルラさんの口元に、顔を近づける。アルラさんもそれに合わせ、私のキスを受け入れてくれようとしてくれた。
ーーが、その時だった。
「アグラス・レイジアァッ!!」
いち早くその詠唱に気づいたアルラさんはキスを中断し、私を抱えて横に思いっきり飛んだ。
最初は何が起こったのか分からなかったが、私たちの元いた位置を見れば、そこには直径5mほどのクレーターが出来ていた。
「あーあ、外しちゃったよぉ」
身の毛も凍るような冷たい声でそう呟いたのは、私たちの目の前にいつの間にか現れていた、正体不明の幼い少女だった。
その可愛らしい容姿とは裏腹に、背後にはありえない数の魔法陣が浮かんでいた。
その魔法陣の数々は、次に放たれる第2撃目を物語っていた。
「次はどうかなぁ?」
少女は特に慈悲も容赦もなく、第2撃目を放つ。
突然の襲撃で反応が追いつかない私たちに、少女は容赦なく、攻撃を放つ。
放たれた魔法は『魔球』。一般的な魔法属性の攻撃魔法で、魔力の篭った球を相手にぶつけ爆破させる技だ。
しかし放たれたそれは、魔球の数と込められた魔力が段違いだった。
私はその恐ろしさから動けず、一瞬反応が遅れてしまった。魔球を避けようとしたが、足を引っ掛け、転んでしまう。
「あ…」
目の前まで迫ってきた魔球見ながら、自分の死を悟った。
本来ならば死んでいただろう。だがやはり、彼は私のことを簡単には死なせてくれなかった。
「はぁっ!」
バチィィン!
私を庇い、代わりに魔球のダメージを受けたのは、アルラさんだった。その後も飛んでくる魔球を体で受け続けた。
「アルラさんっ!」
私は気がつけば、その光景を見て叫んでいた。
アルラさんが死んでしまうのではないかと思ったからだ。だが、それは違った。
叫ぶ私に、アルラさんはこっちを向いて、笑って見せた。それは、苦しそうだがそれでも守りたいというアルラさんの気持ちが見えていた。
そしてしばらくした後、ガトリングのように放たれる魔球の嵐は急に止んだ。
ふと少女の方を見ると、彼女は驚いたような顔で、アルラさんの方を見つめていた。
「その鉄壁の防壁、アルミナの加護ねぇ!まさかとは思うけど、あなた元覇者だったりするぅ?」
「そうだと言ったらどうする?」
そう答えるアルラさんの表情には、戦慄が走っていた。相手が正体不明な以上、一瞬の油断も出来ないからだ。
そう答えたアルラさんと少女の睨み合いがしばらく続く。
そしてーー
「くっ、あっはははははは!!」
1その睨み合いを先に破ったのは、少女の方だった。
少女は口に手を当てて、必死に笑いを抑えようとしていたが、それでも声に出して大爆笑していた。私はその少女の異様さに少し気を押されたが、それでも立ち上がって武器を構えた。
「いやぁ、健気だねぇ、立ち上がるねぇ、実に人間らしいよぉ!!いいよ、その強さに免じて、私の名前を教えてあげる」
確実に普通の人間の力ではないことは分かっていた。
悪魔をも凌駕し、天使をも超えるような魔力の持ち主。あれだけの魔法を放って、疲労1つ見せないのだから、その力は計り知れなかった。
そして、少女は予想もしない名乗りを上げる。
「僕の名前はエイス。それだけじゃ分からないと思うから、呼び名を教えてあげるよぉ。僕は皆んなからこう呼ばれてるのさ、そう、『残虐の魔術王』ってねぇ!」
ーー魔術王
アルデンとアルミナの国境に存在していた、大結界。あれを作った人物が魔術王だと、ミルターナは言っていた。
となれば、この少女は正真正銘の魔術王ということだ。
あと1歩のところで、目の前に現れた強大な脅威と対峙する私とアルラさん。その少女は、私達の逃げない姿勢を見るなり、不気味な笑みを浮かべ、戦闘態勢に入った。
「それでも、負けるわけにはいかない!」
私はエイスに向かってそう言い、アルラさんと共に戦いを挑んだ。
もうすぐ夜が明ける。
あの日が、私の何もかもを変えてしまった日が、もうすぐ来る。
ーーそれは、14時間後のことだった。




