忘れられない日
ーーアルデン王国大広間にて
今日、アルデン宮殿内部はいつもの何倍も賑わっていた。
他の国から遥々いらっしゃった国王や王妃、貴族たちが彼らの出番をまだかとしていた。
今日という日はこのアルデンにとって、素晴らしい日であった。アルデン王国の国王、カイル・アルデンとこの私、アリア・エスタニアの結婚式なのだ。
このダルガ大陸で、一番力のあるアルデン王国の結婚式に不参加な国はないわけで、大勢の人が集まっていた。
私の結婚相手のカイルも実に満足そうだった。
「ねぇ、カイル。本当に元農民の私なんかでよかったの?」
「もちろんさ、君以外俺の恋人は務まらない」
いつもこう聞くとそう返してくれる。本当に幸せだった。
しかし、元農民の私とアルデンの国王が結婚するなど、大陸中の国々が反対したらしい。
カイルはその反対を押し切って、私を嫁に選んだのだ。故に、私は心の底からカイルを愛していたし、カイルも私を愛している。
「入場まで10分前になります。カイル様、こちらにて準備をお願い致します」
「わかった」
メイド長が、カイルの衣装やメイクの準備を急かしたため、カイルは準備室へ行ってしまった。
そろそろ私も会場に出る準備をしようと、その場から動こうとした時だった。
「アリア・エスタニア」
「…………なによ」
後方から私を呼ぶ声が聞こえたので、振り返るとそこには、農民だからといって私のことをいつも蔑んできた3人組の女貴族の姿があった。
本来なら、3人組の中の一番美人な彼女、レイラ・アークウェスがカイルと結婚するはずだった。カイルがそれを反対したため、その話は白紙となったが。
故に、私に対して最後の嫌味を言いに来たのかと思った。しかしそれは違った。
「ふふ、今日は楽しい結婚式になりそうね。楽しみにしてるわ」
それだけ言い残すと、レイラと他2人は扉から出て行ってしまった。
正直、思ってもいなかった言葉だった。少し気味が悪かったが、この時の私は、この言葉は私に向けての祝福の言葉だと思ってしまった。
「あ、ありがとう!楽しみにしててね」
本当に無邪気だった。言えば、おとぎ話なんかに出てくるお姫様と同じ気分だった。
私はそんな気分で服の準備とメイクを済ませた。そして、今まで支えてくれた人やお世話になった方々にお礼を言って、カイルのいる部屋へと向かおうとした。
その時だった。
「ーーアイルシ・フォグナ・バイスト」
後方から魔法の詠唱が聞こえ、即座に反応したが、すでに遅かった。
足元に黒い魔法陣が現れ、私は動けなくなった。
「っ!」
力づくで、なんとか後ろを振り向くと、6人の黒魔導師が構えていた。
ここは王宮の内部、しかも王妃室と警備が絶対的に硬いはずだった。なぜ、そんなところに侵入者が?
警備の騎士を全員倒したとでもいうのか?ともかく、ヤバイことに変わりはなかった。
「だれかっ、助けて!」
「あらぁ、呼んだかしら?」
真後ろから氷のような冷たい声で、私の助けをこう声に返事をしたのは聞き覚えのある声だった。
「レイラ…!」
赤いドレスに身を包み、騎士たちを背後につけて蔑むような声で私の耳元で囁いた。
「アリア・エスタニア。残念だけど貴女の人生はここで、おしまい」
「ッ、私をどうする気なのっ!?」
レイラは嫌らしく、私の目の前まで来て不気味な笑みを浮かべて言った。
「そうねぇ。今すぐ殺してあげたいけど、死ぬよりも辛いことをする方が楽しそうねぇ!」
レイラはそう告げると、黒魔導師達に合図をした。黒魔導師達はその合図に合わせて詠唱を開始した。
必死の抵抗をしたが、魔法陣から逃れることは出来ず、黒魔道士達の詠唱が終わり、瞬く間に私の体は光に包まれていった。
「そんな、いやっ、だれか助けて!」
私は必死に助けを求めたが、誰も助けに来ることはない。それを分かっていながらも、必死に叫び続けた。
私の体が光に包まれて消える直前、レイラが私の右腕に触れて、黒い呪印をつけた。
「ふふ、さようなら。アリア・エスタニア」
「いやっ、いやぁ…!!」
消える直前、私の頭にカイルと過ごして来た日々が走馬灯のように走った。いつも一緒にいて、時には冗談も言い合ったりした。そんな日常を背景に私は最後に思いっきり叫んだ。「助けて、カイル!」と。
ここから私の全てが始まった。
辛いことも楽しいことも、残酷なことも苦しいことも。そしてーーあの出来事も。
あの日だった。私の運命の分岐点まで、残り31日。