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枷と出会い

「今回の狙いは、魔獣共の駆逐だ。確認されただけでも、千弱。半数はゴブリンやスライムだ。お前らなら、簡単な仕事だろう、剣奴野郎共」

 深紅色の染まった満月が、荒れた荒野を照らす。照らされた荒野の地平線には、大地を飲み込む様に蠢く魔獣共の軍勢。数にして千とは思えない大群。

 中には、上位種共言われる大型魔獣が見える。大群が動く度に、大地や空気が振動させる。小動物達の声も聞こえない。どこからか運んでくる空気は生暖かく肌に纏わり付いて不快な気分にさせる。

 対して、魔獣共を迎え撃つ俺達は数にして五千弱だろう。半分以上数を占めているのは剣奴で、残りは外れクジを引いた騎士団。他にも、傭兵や勇者と呼ばれる数名。戦力としては明らかに役不足。一応、後方には一万の騎士が控えている。けれども、前線に来る気配が感じない。完全に、前線の俺達任せだろう。自分達は、大した戦力も無い癖に、態度やプライドが一段と強く、自分を特別な存在だと錯覚した愚者。そして、今、魔法で声を拡声している豪華で汚れ一つ無い軍服を着た中年男性の将軍も同じ愚者。

 地平線に映る光景を見て、何一つ狼狽えも奮起している様子も無い。ただ、面倒な仕事としか思っていないのだろう。それとも、勇者とか自負する連中を頼っているからなのか?

 確かに、勇者と呼ばれる連中は、剣奴の俺でも噂程度で実力は聞いている。何でも、魔族が暮らす魔界で暴れて魔王を倒して、更には天界にも突撃しては天族を統べる天使長を倒したとか、他にも様々な武勇伝を聞く。

 けれども、この場にいる勇者御一行がそんな武勇伝を築いた連中だとは思えない。何せ、自ら勇者と言う男一人に、それに付き添う様に女が四人。容姿は美女でこんな屑や色欲に飢えた前線には絶対に拝めない女四人。しかも、勇者御一行は俺と同じ位の歳で、防具から見える素肌がとても白く、傷跡も見えない。率直な意見として、連中は偽物だろう。けれども、実力が備わっており、傷も負わない程の猛者かも知れない。

「では、作戦開始は、今より半刻後とする。各自、準備をする事だな」

 どうやら、話が終わったのか、将軍は膨らんだ腹を揺らしながら数名の部下を引き連れて、後方に控える本陣に戻って行くのが見えた。

 同時に、周囲は溜息を洩らしながら、バラバラに行動を開始し始めた。

 己の命を預ける武具の点検や、最後になるかも知れず酒を煽ったり、見えない神に祈りを捧げたりしている。勇者御一行は、余裕そうに談話をしている。

「レオン、お前はこの戦、生き残れる自信は有るか?」

 俺に、声を掛けたのは、婦人に好かれそうな中性的な顔付きをした、銀色の髪が特徴的な男性。名は、そんな銀髪からシルバーと呼んで自ら言っている。けれども、本名なのかも分からない。何故なら、彼も俺と同じく物覚えする頃から奴隷主に変われた奴隷。

「さぁ、そんなの始まらないと分からない。けど、ただ俺は自分に出来る事をやるだけだ、相手が魔王だろうが天使長だろうと変わらない。シルバー、お前はどうなんだ。戦術士として」

 シルバーは、目線を俺から魔獣が蠢く地平線を眺めては、溜息を洩らして、両手を天に伸ばした。

「今から、極大魔法でも詠唱して滅ぼす合図なのか?」

「レオン、俺にそんな事が出来れば戦術士として呼ばれないよ。これは降参の合図だよ。全世界共通の合図だと思うのは僕だけかな?」

「流石の戦術士も降参ってか? アホ抜かせ、無理なら無理やり戦術を引き出すのがお前の仕事だろう」

 苦笑を浮かべながら、両手を腰元に当てて、溜息を洩らす。

「まず、魔獣連中には、魔獣を統べる主が複数居る。更に、それらを統べる総大将が存在する事が、部下が調べた。まぁ、魔神らしいけれども、名前は分からないそうだ。それに、魔神や魔獣達の数も総数で約二万程らしい」

「約二万か。にしても、お前の情報力は優れているな。さっきのクソ将軍より優秀だな」

「あはは、伊達に戦術士として看板を掲げていないよ。さぁて、戦術士としてこの戦での戦術だけど、レオン。君には、魔獣共を統べている主を殺して、魔獣共の動きを乱して貰うよ。そして、乱れた所に剣奴達を投入する。その後、ある程度倒した所で、僕が信号弾を出す。そうすると、後方の騎士団が突入する。同時に、レオンは主から多分最奥で指揮している魔神討伐に向かって貰うよ、どうかな?」

「俺は問題ない。けれども、後方の騎士団が動くとは思わなかった」

「レオン、彼らだって国家に所属する騎士だよ。君が騎士をどう思っているのかは何となく分かるけれども、彼らだって、魔獣共の進行を阻止しようとする意志は有るんだよ。彼らには美味しい位置に立って甘い武勇伝を送ってあげるだけだよ。僕らは、その見返りに幾らか情報を彼らから貰うけれどもね」

 シルバーの、十八番だな。此奴は俺と同じ様に戦場を駆ける体格も技量も、余り持ち合わせない。けれども、昔から此奴は情報収集や人を動かす采配が優れていた。此奴に聞きたい事が有れば、大抵の事が教えてくれる。例え、それが誰が国王の愛人なのか、地下水路に潜むドブネズミの数でも教えてくれる。そして、その情報に狂いは無く正確無比だって事だ。

 だから、こうして無能な将軍に変わって現場で指揮できる権限や地位、信頼を手にしている。それが、此奴の最大の武器。

「で、あいつ等はどう動かす予定なんだ? そもそも、使えるのか?」

 目線の先に、勇者御一行の姿。

「ああ、勇者御一行ね。もちろん、使うよ。けど、レオン。連中は居ないと思って行動してくれ」

「それは、あれが偽物って事なのか?」

「いいや、あれは紛れもなく勇者御一行だ。さっき、聞いてきたけど、先日天族の一人が街で暴れている際に撃退していたからね。けれども、分かったんだよ。彼らは、こういった戦に慣れていない。そして、常に短期戦で終わっており、そこまで長期戦が出来ないって事も。そこで、彼らは魔獣共の相手ではなく、直接魔神討伐に走って貰う」

 正当な方法だと、俺は思える。強い奴には同じ土俵で戦える奴を当てる。けれども、そうなると、先ほど述べた後半の動きが合わない。

「……俺は、保険って事か?」

「半分正解と半分外れかな。連中の実力を直接見た訳でも無く、部下を通して知っているだけだ。それに、勇者だからって当てにするのは余りにも現実的ではない。何より、僕は彼ら特別な人間が嫌いなんだよ、ふふふ」

 苦笑から、口元が一段と吊り上がり不気味な笑みに切り替わる。

 多分、この戦が終わった時には勇者は酷い体験をするんだろうな。

 シルバーと、幾千と行動を共にして分かった。此奴は、勇者と呼ばれる部類を嫌っており、同時に妬んで壊したい願望が有るって事に。

 昔、戦場を駆ける中に、一人だけ異質な存在が居ました。周囲は彼を、聖騎士と呼ばれた優れた騎士が居ました。優れた剣技や魔法や友に一途に彼を慕う可憐な彼女を持っており、将来を期待されておりました。けれども、彼はその戦場で、心が壊れて自殺したそうだ。そうなるように、仕向けたのが此奴、シルバーの考えだった。事は簡単だった。聖騎士の前で、圧倒的な技量で自分に力ない様に封じ込み、更には共を目の前で殺して、彼女を犯しては浮浪者達の慰め者にさせた。追い打ちをかける様に、やっても無い不正行為として守っていた民に裏切られた。で、全てに絶望して最後には自殺した。

「はぁ、程々にしろよ。仮にも連中は勇者御一行だろう。壊したら後始末が面倒だろう? それに、俺はそこまで強い人間ではない。また、聖騎士の様な強い奴を相手するのは疲れるんだよ」

「あはは、そう言いながらも、レオン。君だって強者と戦っている時は、笑っていたじゃないか」

 互いに、心の何処かが壊れているのは理解している。だから、理解しているからこそ、強く行動を制限せずに、助け合っているのが現状。けれども、少しでも道を外れれば、此奴とは争う運命だと俺は思う。

「さぁて、レオン。僕は、細かい調整の為に動き始めよ。って事で時間が来たらまた戻ってくるからね。それまで、適当に休んで」

 笑みを浮かべながら、シルバーは部下が待っている野営に歩き始めた。

 その場に、一人残された俺は、これから荒野に流れる血を搔き集めた様な、深紅色に輝く満月を見上げた。



「ブファァァァ」

 と、魔獣を統べている主が悲鳴を上げながら大地に巨体を落とす。

「これで、十体目!」

 全身から、汗を拭きだしては、着ている防具が汗を吸って重たく軽い倦怠感に襲われる。

 周囲に取り巻いていた、雑魚な魔獣共は蜘蛛の子の様に一目散に散開しては、周りから魔獣が姿を消す。一時の休憩時間。主に果敢にも挑んで死んだ騎士の骸が転がっており、近寄って体を漁り始める。

「おっと、持っているな。死んだお前にはこれは不要だよな、悪いけど拝借するぞ」

 腰元には、まだ飲まれていないポーションが入った水筒を奪い取り、喉に流し込む。程良く冷えたポーションは、胃に消化されて全身から倦怠感を取り除いてくれる。

「戦場はどうなっている?」

 飲みながら、周囲を確認すると、シルバーが言っていた様に戦局が動いていた。主が居なくなった事で、魔獣達の動きがイマイチ良くなく、剣奴に狩られている。外れクジを引いた騎士達も思いのほか頑張って生存している。動きも悪くなく、他の連中と連携している。多分、そこら辺はシルバーやその部下が操っているんだろう。じゃないと、戦線が崩壊しているはずだ。

 既に、戦は開始されて、一刻以上は経過しただろうか、戦場となった荒野には剣と剣が交差する音を上げながら、人間や魔獣の悲鳴が響きながら、地面には鮮血が濡らしては、誰かも分からない臓物が吐き出されては踏まれる。そうして、また誰かが争い血を流す。

 流石は、魔獣を統べる主って事で他の魔獣より強い。それに、地味に言語を理解していて、悠長に話してくる。しかも、口調が嫌いな貴族や偉い身分の上から口調で余計に腹立たしい。けれども、逆にこの溢れ出す憤怒が体に活を入れて普段より戦える。

 そして、肝心の勇者御一行は、既に最奥に到達して魔神と交戦しており、時折激しい爆風や光が確認出来たけれども、未だに終わる気配は無い。同時に、信号弾も確認出来ない。

「そろそろ、休憩終わって次の獲物を狙いに行くか」

 飲み終わった水筒を、適当に放り投げて、新たな主を目指して、荒野を駆け巡る。

「次は、お前が俺の獲物か?」

「あはは、どうやら貴様だな。我らの軍団を搔き乱す愚か者は」

 目の前には、俺の三倍以上有る様な体格をした二足歩行の魔獣、俗にオーガと呼ばれる上位魔獣。他よりも風格も気迫も飛び抜けて威圧感を出している。手には、俺の頭部程は有る分厚い棍棒が握られて、誰かの血を吸っており鮮血に染まっており、オーガの足元には剣奴だった人間の肉片が転がっている。周囲には、少し小振りなオーガが囲んでいる。

「貴様、他の奴らと違って強いな。実に面白い、存分に殺し合えるな」

「どうでも良いけどさぁ、お前って……弱いだろう?」

「……がはは、俺様が弱いだと、笑える。実に面白い、お前らも同じだろう」

 オーガは笑いながら、棍棒を振り回して、取り巻きの子分的なオーガ達に述べては、同調する様に豪快に笑い声を吐き出す。

 この愚かなオーガに、溜息を洩らしながら両手を、パタパタと動かす。

「他の魔獣共は、お前と違って殺し合いする前に、悠長に会話もしないし、動きを止めないし、容赦無く俺の命を奪いに来ていたぞ」

「がはは、それは、他の野郎共が愚かで弱く分かっていないからだ。俺様は他とは力も知恵も指揮力も備わっているからな。それに、俺様には次期魔王を狙っている存在でな、そんな俺様と戦えるだけ冥府で誇れるぞ、がはは。それに、貴様だって、こうして悠長に会話しているではないか」

「はぁ、分かっていないな。もう俺の攻撃は終わっているんだよ」

 もう此奴に、時間を割くのは止めよう。そうじゃないと、此奴に殺された剣奴共が冥府で遊ぶ道具が無くて寂しいだろう。さぁ、死の時間だ。

 指先を、少し強く動かした。

 すると、変化はすぐに行動に現れて結果を出す。

「何を、愚かな……ぐはぁ!」

 話していたオーガの巨体が、スライスされた様に綺麗に切断されて、一面に鮮血を噴き出す。連動する様に取り巻きのオーガ達も同様にスライスされて、骸に切り替わる。

「貴様! 一体何を、した!」

 オーガ種とは、他の魔獣と異なり特徴的な体格や魔法は持ち合わせていない。けれども、頑丈な巨体に驚異的な自己再生能力を持っているのが特徴。だから、例え体をスライスされても、頭部が無事ならそこから新たな体が再生を初めている。

 これから、死ぬ奴に説明しない主義だけど、此奴が余りにも弱く簡単に殺せたから体力に余裕が有るから、冥府の土産に教えてやろう。

「お前と遭遇した瞬間から、俺は周囲に糸を張ったんだよ」

 指先には、鮮血で濡れた糸が姿を現す。

「バカな! そんな細い糸で俺様の体を刻んだと言うのか、有り得ない!」

「元気が良いな。どうせ、体が治るまでの時間稼ぎって分かっているけどね。ああ、この糸は特別で、俺の獲物は別」

 糸は、簡単に姿を闇に消えて、鮮血だけが宙から地面に降り落ちる瞬間に、縦一文半分に切断されて大気に散る。そして、手には鮮血を斬った事で刀身が姿を見せる。サイズには短剣と長剣の間の中途半端。けれども、剣よりも東方に伝わる刀に近い形状をしている。

「……魔法か? いいや、そもそも貴様はそんな剣をどこに持っていたんだ! 近くに隠していたのか!」

「ぎゃあぎゃあ、五月蠅いな。これは、そこら辺に存在していると同時にどこにも無い存在なんだよ。まぁ、答えは冥府でゆっくりと考えるんだな」

 剣先を、再生しているオーガの眉間に深々と差し込んで一気に、切り下して顔を半分に切断して、完全に絶命を確認する。

「さぁて、次は一体誰が俺の相手をする?」

 言語を理解しているか不明だけど、一応口に出して、取り巻きのオーガに先ほどまで主だったオーガの血で染まった刀身を周囲に向ける。

 自分より、圧倒的な猛者だと認識して、一斉に取り巻き連中は先ほど同様に散らばって姿を消す。

「ふぅん。利口な奴らだな。……来たか」

 後方の上空に、信号弾が炸裂が確認出来た。少し遅れて更に奥から地面を踏み鳴らす音とガチャガチャと甲冑服が擦れる音が嫌でも聞こえる。

 どうやら、戦局は後半戦に突入か。やっと、少しは楽に動けるか。

「レオン! 無事か?」

「無事じゃなければ、こうして会話していない。順調に戦局は運んでいるか?」

 比較的余裕そうな表情を浮かべながらも、息を切らして駆け寄ってきるシルバー。多少戦闘したのだろうか、両手には愛用にしている二挺銃が握られている。

「ああ、優秀な剣奴がいて、命令道理に動いてくれているから、作戦は初めて機能して最大限発揮できるからね」

「そうですか。じゃあ、俺は次の獲物に走るかね」

「そうしてくれ、どうも勇者御一行は怪しいそうだ。現状はこっちが優勢になっているけれども、少しでも歯車が狂えば一気に壊れる」

 表情は余裕だけども、口調はかなり真剣に窺える。それだけ、戦局がどちらに傾いても危ういって事が分かる。そもそも、数が少ないし、どう見ても将軍が愚者って事だ。これが少しでも違えば、もっと余裕が持てただろうに。

「分かった。勇者御一行の様子でも見てくるかね」

「ああ、場合によってはその場で殺して構わないからね」

「はいはい、なるべく生かして、お前の前に連れてくるよ」

 互いに、宙で拳を当てて、健闘を願って己の役目に走り始める。


 結果から言って、最悪だった。多分、俺やシルバーに勇者御一行も予想外の事態だったと言える。どこで、履き違えた? 事前の戦力確認? それとも、自身の戦力について? 考えても現在進行形で動く結果を変える事は出来ない。けれども、最大限のベストな結果に向かわせる事は出来る。

 最奥に到着した時には、荒れた荒野に複数の大きな穴が出来上がっていた。それに、肌がピリピリを刺す様に空気が他の戦場と違っていた。その中心に、五つの姿が見えた。四人は勇者御一行だと瞬時に分かった。四人は全身ボロボロになっており、苦戦しているのが嫌でも分かった。そして、勇者御一行に対する様に一体の姿が見えた。俺達人間と変わらない似姿だけども、肌の色が紫色で全身無駄の贅肉が無く気持ち悪い位に筋肉質で、傷らしい負傷が一切見えない。まさに、魔神って一言が相応しい化物。

「勇者! チェンジ!」

 全身傷だらけの勇者に、叫びながら、何も無い空間から、一番手慣れた東方の刀を具現化させては、全力疾走で一直線に化物に向かって走り、剣を振り下ろす。

「また、雑魚が増えた程度で変わらない」

 凛とした威厳に満ち溢れた声は、これまで出会ってきた中でも、一段と強烈で聞いただけで、身が震えて、一瞬だけ動きが鈍った気がした。

 刀身は、魔神の太い腕に直撃したけれども、それだけだった。皮膚を貫く事も無ければ掠り傷も出来ない。

「甘いな、フン!」

 刀身を、紫色の手で握って来た。瞬時に、刀身からギシギシと悲鳴に近い音が聞こえて、即座に解除させて、魔神から間合いを取ろうと後方に下がったけれども、腹部に強烈な痛みが走ったと思ったら、体は後ろに勢いよく飛ばされていた。

「クソが!」

 痛みに耐えながら、再度具現化させた剣を突き刺して、飛ばされた威力を軽減させて離脱だけは回避した。

「……あはは、ヤバいなこれ」

 既に、勝負は決したと言っても他言ではない。俺の武器が相手に通用しなかった時点で負けに近い。けれども、逆に面白いじゃないか。久しぶりの好敵手。

「大丈夫ですか! 今、回復魔法を」

 勇者御一行の回復士らしい女性が、近寄って治癒をしようとするけれども、手で制して、首を振った。

「俺の事は構うな、治癒する余裕が有るなら、勇者や他に回せ。どうせ、俺は奴隷の剣奴だ」

 腰元に装備していた、俺個人に合わせて調合したポーションを一気に飲み込んでは、深呼吸しては、再度魔神を睨んだ。

 俺の殺気や視線に気づいたのか、魔神が俺に目線を向けて来た。

「全力全開だ、シルバーの頼みもどうでもいいや!」

 ポーションの効果が、ゆっくりと効き始めるのが分かる。痛みを放っている腹部から痛みが消えて、五感が鋭く研ぎ澄まされて行き、今なら何でもできる気分ような高揚感に満たされて、脈拍が五月蠅い位に早くなって行く。

「魔神、死ねや!」

 地面を蹴っては引き離されていた魔神との距離を、素早く縮めては、剣を具現化させては、振り回す。

「貴様、同じ攻撃が……ほう? 面白い!」

 刀身に触れた、魔神の皮膚から血が噴き出し始めた。今度は、無事にダメージが通っている証拠。けれども、オーガ以上に傷が治っていくのが分かった。

 だから、どうした。死なないのなら、死ぬまで殺すだけだ。

 魔神の攻撃は、単調な拳や蹴りを繰り出してくるだけで、剣を防ぎながら、隙を見ては攻撃を繰り広げる。

 繰り広げる中で、視界の隅で勇者御一行が、攻撃の瞬間を窺っているのが分かったから、一瞬だけ間合いを離した。

「これで、倒れてください!」

 まだ幼さが残った声を出しながら、俺と変わる様に勇者が魔神に接近する。彼の握っている長剣は、黄金の色を放っており、多分勇者の必殺技だと分かった。

 長剣は、魔神の腹部に見事に刺さり、鮮血を噴き出した。

「……もう、お前には飽きた」

「え?」

 刺された魔神は、苦痛で表情を歪める事も無く、勇者の顔面を掴んでは宙に釣り上げた。引き離そうと両手で魔神に抗うかれども、虚しく空を切るだけ。

 少し離れた位置から、残りの勇者御一行三名が彼の名を叫ぶけれども、次の言葉が出る事は無かった。何故なら、勇者が持っていた剣が一人の首元に刺さり、勇者だった頭部が凶弾に変わって仲間の頭と当たり吹き飛んで、残された一人は、いつの間にか近寄っていた魔獣の攻撃で首が刎ね飛んでいた。

「さぁて、これで邪魔者が居なくなった。さぁ、楽しもうか」

 王者の如く、両手を上げて、不気味に口元を吊り上げる魔神。そして、分かった事が有った。此奴は、この戦を楽しんでいる。後方に構える街とかどうでも良いのだ。俺と同じ部類。戦でしか心が満たされない欠陥を抱えた存在だと。

 そして、魔神の後方には、魔界と繋がっているのか空中から、大量の魔獣共がこの場に登場してきている。中には、苦労して倒した主が多く目視出来た。

 チラッと、後方を一瞥するけれども、依然戦況は俺達人間にやや優勢だけども、魔神や新たな魔獣軍勢が進行すれば、逆転する。紙を裂く様に簡単に。

 嫌でも、脳裏に死の単語が過る。魔神一体ならば、もしかしたら、勝てたかも知れない。けれども、更なる魔獣軍勢はどうもならない。なら、逃げるか?

 臆病に逃げれば、生き残れるかも知れない。けれども、逃げた瞬間には、命令違反で処分決定。俺の主は奴隷王って言う奴隷を家畜以下として考えない屑野郎で、ネチネチした性格で、逃げた奴隷をどこまでもしつこく迫っては殺している。

 逃げても、死。魔神に挑んでも死。この場合、師匠だったらどう選択しますかね。

『どうせ、死ぬなら、せめて誰かを巻き込め』

 一瞬、満面の笑みを浮かべる師匠の言葉は、脳裏に過った。

「ですよね。一人で死ぬのは寂しいですよね。ええ、だから誰か一人は最低でも連れて行く!」

 汚れて、皺だらけの胸元に手を当てて、創造する。

「今こそ、顕現せよ、我が魂よ。今こそ命を燃やして輝け! ああ、欲しい欲しい我は欲する。幾百幾千幾万の戦場を雷鳴の如く駆けるだけの輝きを、我は欲する幾百幾千幾万の骸を。嘆き喚き理不尽に命を喰らえ喰らえ、我が魂よ、世界は、血肉を大地に満たせと轟き叫び求める。我は、世界の代弁者にして命を刈る執行者なり、故に我の命を今の一瞬に全て燃やして輝け! 顕現せよ、我が魂よ! アニマウェポン、『孤高の獅子』!!!」

 俺の声は、戦場に雷鳴の如く響き渡り、胸元から激しく光を放っては、周囲に粒子となって現れて、体に纏わり付いて球体を構築して浮遊する。

「……あははは、貴様。実に面白い。だからこそ、人間とは侮れないけれども、だからこそ、ここまで進軍した意味が有る。ならばこちらも、応えるか」

「知るかよ!」

 魔神が、何か行動する前に、球体達は剣に形状を切り替えて、弾丸の様に魔神の体に突き刺さっては、内部に溶け込み爆散して、魔神の体が粉々に吹き飛ぶけれども、頭部が無事ならば再生を開始する。

 魔神ならば、頭部だけでも十分の戦力を持っている。

 最後の一撃を繰り出そうと、新たな剣を魔神の顔に向かって発射された。

 勝ったと思った、けど結果は違った。剣は魔神の顔に刺さらず周りに居た魔獣共が自ら体を犠牲にして剣の進行を阻止していた。

 驚いた。魔獣共は自己保身が強い生物だと思っていた、しかも、自ら体を犠牲にして他者を守るって事自体が有りない行為。更に、驚くべき行動を示した。自らを魔神の肉体を犠牲にして新たな肉体の一部になり始めた。

 舌打ちして、追撃しようと動こうとしたら、周囲の魔獣共が俺の体に纏わり付き、行動を阻んだ。

「クソったれが! 邪魔だ!」

 魔獣共を薙ぎ払って、魔神に目線を向けた時には、その体は忽然と消えていた。

「楽しかったぞ、人間」

 声と同時に、背後から巨大な手が俺の体を掴んだ。そのまま、握り潰そうと握力が強まる。顔ごと振り返ると、完治した魔神が立っていた。しかも、体格が一段と太く大きくなり、背中には翼が生えては、尻尾まで生やしていた。

 命を一段と燃やして、全身から粒子を放って手を粉砕しようとするけれども、それ以上に魔神の回復速度が速く真面なダメージが通らない。それどころか、手から無数の触手が生えて俺の体を喰らおうと伸びては粒子に焼かれて消えるが、また再生しては攻撃してくる。けれども、次第にブーストしていた感覚が正常に戻り始めて、粒子の輝きが鈍くなり始めた。つまり、終わりの時間の知らせ。

「クソぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 最後の足掻きの如く、深紅の満月に叫び声を上げる。

『アニマがダメなら、剣を使え。剣がダメなら、石を使え。石がダメなら、体を使え。体がダメなら自爆してでも巻き込め』

 走馬灯って奴だろうか、師匠の良く言っていた言葉が脳内で鮮明に聞こえた。

 ですよね。分かっていますよ、師匠。

 風前の灯火だった命を更に燃やす、心を薪にして更に火を燃やす、燃やて燃やして再度に特大の光を放つ。

 次の瞬間、俺の体は激しい粒子に包まれて一気に開放された。

 そして、俺の意識はそこで途切れた。

「……ここは」

 振動によって、意識が覚めて瞼を開くと、見慣れた荷台の天井。

 距離的に、俺の体は床に下された状態って事。体を動かそうとしたけれども、全身に激痛が走り、力を込める事も出来ず、更に両手には慣れた冷たく重たい感触がして、枷を嵌められているのを理解した。

「お、レオン。意識が戻ったか」

 聞きなれた軽い声がする方に、目線だけ動かすと泥や血でボロボロの恰好をしているシルバーが笑みを浮かべて座っていた。他にも、シルバー個人の部下連中が適当に座っていたり寝ていた。

「体起こすか? それとも、水でも飲むか?」

「いいや、このままで良い。それより、シルバー。どうなった」

「気になるか。説明すると、俺達は無事に生き残り、今は王国に戻っている最中だ。それも、第一遊撃騎士団と一緒にね」

 第一遊撃騎士団は、王国でも一、二を争う戦力、技量に有能な将軍が指揮する騎士団と聞いている。他国との戦争しか動かない騎士団とも聞いていた。

「魔獣共の戦だけど、結果としては勝利した。けれども、最初に居た連中や途中から参加させた騎士団はほぼ壊滅。残ったのは、僕達と将軍と数名の騎士だけだね。酷い有様だったよ」


「隊長。魔獣の進行が収まりません。それに、将軍が余り動かないですけど、保険を使いますか?」

 僕は、部下の報告に溜息を洩らしながら、思考を巡らせる。

「将軍、これは簡単な仕事で子供でも活躍できる場面ですよ。そうしないと戦場で戦う仲間連中の闘志に関わるって言うのに。保険だけど、勇者御一行にレオンの確認が出来ない。でも、保険を使用する方向で行動を開始してくれ」

「了解、誰か、レオン達の安否に行かせますか?」

「いいや、安否には僕が直接行こう。その間の指揮は君に任せる」

「了解しました。将軍はどうしますか?」

「放置する。今は、あんな愚かな将軍に関わっている時間と余裕がない」

 部下に、指揮を任せて僕は、二丁拳銃を握り占めて、戦場を走り始めた。

「僕は戦場で活躍できる人間ではないけど、これでも一応は剣奴なんだよね」

 二挺から、吐き出される銃弾は走りながら、進行を阻む魔獣の頭部に精確に着弾して命を打ち砕く。

 すると、戦場に聞きなれたレオンの声が轟き響き渡る。

「おいおい、アニマを使ったのかレオン? そこまで苦戦する相手だって言うのかい?」

 思考は、一気に危険な領域まで落ちる。

 腰元から、信号拳銃を取り出して、空に赤信号三回。非常事態の証。

 どうする? レオンの安否は放置するか? いいや、アニマを使用したのだ、簡単に死ぬ事は無いだろう。それに、使用後は無防備になるはずだ、回収に向かうか。

「ったく、邪魔だな」

 マガジンに装填されている銃弾を全て、放出しては新たな銃弾が入ったマガジンに切り替える。

 装填された二挺銃からは、放たれた銃弾は敵に命中する前に空中で炸裂して十体の魔獣の体に被弾して、体内で爆発して肉片を一面に散らす。

 拡爆散弾と言う、特殊に調合した銃弾。銃口から出た銃弾は空中で小さな銃弾に変わり、更には小さな銃弾は何かに着弾すると炸裂する仕組みに改良している。市販されている拡散弾よりも殺傷力が強く多くを一度に殺せる。けれども、調合には魔法士の手間が必要になるし、火薬の量も多く金銭に問題が出るけれども、こういった場面で躊躇って死ぬよりは良い。

 そうして、進路を阻む魔獣を倒して行く先で、僕は自分の考えが愚かだったと痛感した。前方には、魔神に捕まれているレオンの姿。それを囲む様に魔獣共の姿。けれども、それ以上に奥で蠢く新たな魔獣共に目線が奪われた。

「……あはは、僕にも死が見えるよ、姐さん」

 この光景に、どう盤面を広げるか一瞬、思考を巡らせる中でレオンの体が一段を輝きを放ち、一面に広がった。

 すると、強烈な爆音が最初に聞こえたと思ったら、風圧で体が強引に後方に吹き飛んでいた。地面に転がりながら、起き上がり状況確認する。

 すると、レオンが居た場所は大きな穴が構築されており、周辺に居た魔獣共は綺麗に消し飛んで肉片一つ残っていなかった。その中心に、見慣れた人物の体が横たわっていた。どうやら、魔神は先ほどの爆発で魔獣共と一緒に消し飛んだと思えた。

 急いで、駆け寄り、レオンの安否を確認する。

 外見に外傷は余り確認出来ないけれども、腕や足が曲がらない方向に折れ曲がっている。頬を叩いて意識を確かめるけれども、返事が返ってこない。脈拍を確認するけれども、弱弱しく鼓動して今にも止まる様な気配。

「まだ、生きているか」

 信号拳銃を取り出して、緑弾を装填して、空に放つ。

「よし、これで魔法士がこっちに気付いてくれる事を祈って、戻ろう」

 もはや死寸前のレオンを、背負って部下が待っている場所まで戻った。

 第一遊撃騎士団が到着するまで、前線で戦っている騎士団達を犠牲になって貰う。魔神が敗れた事で戦力が収まるかと思ったけれども、逆効果だったのか、勢いを増して進行を速めた。戦局は一気に反転して魔獣共が優勢になった。

 第一遊撃騎士団が到着したのは、戦場から悲鳴が全て無くなって一刻後だった。保険として、動けるように言っていたけれども、素早い行動に僕達は素直に感謝した。その後は、適確な指揮、圧倒的な数の暴力で魔獣共を制圧して、この戦場は終わりを告げた。


「レオン、君の体だけど全身骨折、内臓もゴチャゴチャで瀕死寸前だったんだよ。懸命に治癒していた僕の部下にあとでお礼するんだね。それでも、回復したけど、前線に出れるには、約半年は休んだ方が良いだろうね」

 ここまでの状況説明を聞きながら、俺は天井を見上げて黙っていた。

「……そっか、俺は生きているのか」

「なんだい、冥府だと思ったのかい?」

 そう思って可笑しくなかった。アニマを最大限使ったのだから、生き残っているとは思わなかった。

「それで、シルバー。戻ったらどうなる、処分扱いか?」

「それは……そうだろうね。例え、魔神を倒した剣奴と言っても、所詮は奴隷の身分だ。僕らは働いてこそ命が有る。それに、奴隷王が半年も動けない奴を処分しない程、寛大な心の持ち主ではないからね。でも、そこら辺は僕がなんとかするから、安心すると良いよ」

「……そうか、悪いけど眠いから寝る」

「了解、安心して寝ると良いよ、レオン」

 規則正しい寝息を吐き出すレオンを見下ろして、溜息を洩らす。

「隊長、最近溜息が多いですね」

 隣で、座っていた部下がこちらのタイミングを見て話してきた。

「まぁね。最近。どうも、僕の予測通りに事が運ばなくて、嫌でも溜息が出るんだよ。で、何か話したい事でもあるのかな?」

 不毛で不要な会話をする甘い思考をした部下は、僕の部隊にはいない。話す時は、必ず用事がある時に限る。

「隊長。レオンには、なんとかすると言いましたけれども、我々の扱いはどうなるんでしょうか?」

「そうだね。多分、これまで通りだろうね。報酬は少ないけれども、扱いは変わらないだろうね。でも、他は違うだろうね。特に将軍はね。彼はこの戦で、実質敗戦に近い結果を出した。それに、多くの騎士を亡くした。その賠償等で完全に借金を背負うだろうね。それに、太陽の下を呑気に歩く事も出来ないだろう。良くて、僕達の様に奴隷、最悪処分」

 王国も、こんな結果を出した将軍に付き合う程、上層部は甘くない。それに、無能な将軍を放置すれば、民から騎士団全体の評判を下げる要因になる。どう結果が、転がろうと、もう今後将軍と呼ぶ事も無いだろう。

 愚かな将軍だっな。もう少し、騎士団を招集するなり、僕の様に保険を使うべきだったのに。

 こういった戦では、王国から事前に騎士団に、多額の金額が前払いって事で支給されるきまりになっている。無事に帰ってくれば、更に報酬や地位が配布される仕組みになっている。問題は、前払いされた金をどう扱うかで結果は変わる事が有る。僕の様に保険に金額や情報等を支払い、予想外に備えたり、武具や傭兵の補充に、部下の闘志を燃やす様に女や酒に費やすけれども、将軍は少しでも自らの金にしようと全てに手を抜いていた。ああ言った人間は、明日を見ないで今しか見ない愚者だ。そこらへんは、僕の師匠から、口煩く言われて身にしている。

「でも、将軍一人処分すれば全て解決する訳でも無く。残った者が、代わりに将軍の負債を背負う羽目になるだろうな。確か、将軍には妻と二人の娘がいたよね?」

「はい、居りますね。妻は、小さい貴族の娘。二人娘の一人は、騎士団の新兵として所属して、残りの一人は確か、大学院に在籍しながら魔法を研究していますね」

 流石、僕の部下だ。身辺調査も完璧にこなしている。やはり、自ら奴隷王に金や情報を払って調達した価値は有る。

「だとすれば、まずご婦人の資産から金を払って、それでも足りないなら実家から金を引っ張ってくるだろうね。それでも足りないなら、娼婦に落とされるだけだな。そうなると、両親の権限や威厳が無くなれば、娘達の立場が怪しくなって、今の立場から追い出されるだろうね。運が悪いのか良いのか分からないけれども、娘二人は大人達の玩具に変わるだろうね。同じ騎士団の慰め者になったり、貴族連中の玩具として色々と遊ばれるだろね。けれども、女って事で戦場に出る事は無く、玩具として扱われて命は保証されるだろうね」

 でも、本当にそれで良いのだろうか。男なら、剣奴として、戦に向かって死んで楽になれるけれども、女は老いるか壊れるまで使われて簡単に死ねない。

「隊長、今回は買う予定ですか?」

「いいや、例え買ってもメリットが皆無だからね、買わない」

 僕は、奴隷や娼婦として落ちる前に、使えると思ったら事前に買って身柄を預かるけれども、言った様にメリットが無い。それに、買ったとしても、僕達の様に過酷な現場で生きた人間ではなく、ぬくぬくと育った娘で、僕の嫌いな類の人間。

 荷台から、顔を出せば外は既に夕刻を迎えて、馬車は見慣れた頑丈な外壁が見えてきて、無事に王国に戻って来たと分かった。

「はぁ、今から戻ってから奴隷王に事の顛末を説明するのは疲れるな」

 また、嫌でも溜息が漏れる。

「……隊長。そこは頑張ってください」

 呑気そうな部下の声に、励まされながら、説明の準備を始めた。


 太陽が頂点に上った時刻、窓から入る日差しは部屋を明るく染めるけれども、室内の空気は重く息苦しさを感じさせて、壁には動物達の剥製が、飾られており、中には武具も飾られている。その中で、五名の人物が存在していた。

 その中で、一人の人物が口を開いた。

「その人物は、確かに、ここで生活をしておりました。お嬢さん」

 体に纏わり付く様な、湿った声で口を開くのは、部屋の主で、世間では奴隷王と呼ばれる人物。大柄で一瞬、オーガ種と見間違える巨体。けれども、巨体けれども、それは筋肉で包まれた体では無く、贅肉を纏った体。更には、豪華な宝石も着けられて太い指には、無数の宝石も着けられている。とても、戦場では戦える体とは言えない。更に、そんな彼の両脇には、黒服を着た美女二人が妖艶に体を動かして奴隷王に密着している。彼の手は、彼女らの胸や尻に置かれて、部外者が居ながらも関係なく動かしている。彼は、その贅肉に包まれた体を特製の椅子に腰掛けて、漆黒色に染まった大机越しに、言葉を投げる。

 彼の目線先には、安物の椅子に腰を掛ける質素な服を纏った一人の娘と、メイド服を着た女性。

 娘の体付きは、余り褒めるには乏しいけれども、顔立ちはそこら辺に居る平民よりは、気品で凛としており、数年経過すれば良い女性に成長するだろう。何より、黄金の様な綺麗に伸びた長髪は身分の高さを示している。対して、メイドは室内に入ってから一度も口を開かず、ずっと黙って娘の脇に立っている。服越しに、豊満なボディをしているのが嫌でも分かるけれども、どこか触ると危険な雰囲気も出ている。それに、大陸では見かけない希少な黒髪。

「では、早速ですけれども、お会いする事は出来ますか?」

「ふむ、それは残念ながら不可能ですわ」

 奴隷王は、悠然と太い指先で胸や尻を触りながら、言葉を述べる。

「お嬢さんが言う、人物は既に五年程前に病死しているんだよ。何、どこでも転がっている話ですわ。それで、ご用件はそれだけですかね。こっちは昨日起きた戦の残飯処理で忙しいけれども」

 丁寧な言葉だけれども、排他的に遠回しに早く帰れって言っている事は誰でも分かる。それを分かっていないのか、娘は椅子から腰を上げる事は無く、更に言葉を述べ返す。けれども、表情は曇ってどこか悲しみを滲んでおり、泣き出しそうな。

「……病死ですか。でしたら、何かあの人が残した遺物等は有りませんか。それと、最後を看取った人物が居れば、お会いしたいのですか」

「……遺物は死んだ際に、全て売り捌きもう残っておらん。けれども、看取った人間はおるぞ。レオンって言う奴隷ですが」

「……レオン。あの人の名前の一部ですわね。お会い出来ますか?」

「良いでしょう。少々お待ちを」

 奴隷王は、ここに来て初めて、胸を揉んでいた手を放して、机上に置いて有るベルを手にして、数回振った。すると、扉から服を着た女性が登場する。

「おい、牢からレオンを連れており、枷は外すなよ」

「畏まりました、我が主様」

 そう言い残して、女性は姿を消して、数分もしない内にまた一人の人物を引き連れて来ては、また室外に消えた。

「此奴が、看取ったレオンだ」

 室内に届けられたのは、全身擦り傷が痛々しく残り、日で焼けてた薄茶色の皮膚には奇妙な文字や紋章が頭以外に刻まれており、薄紅色に染まった瞳には覇気が感じられず、睨む様な冷たい目付き。けれども、逆に覚悟が決まった様な引き締まった顔立ち、短髪の茶髪は獅子の鬣を思わせる。そして、両手首には漆黒の枷。

「あの、どうして彼は服を着ず、パンツだけなのですか!」

 生娘なのか、直視を避ける様に目線はレオンとは真逆に向けられて、口調も少し落ち着かない。そんな反応を見てか、奴隷王や両脇に立っている美女二人は面白く、笑みを漏らす。

「いやいや、うちの奴隷に服は必要な時以外は下着で生活させるのが決まりですのでね。何、いつ奴隷共が服に武器を隠して寝首を狙って来られても困りますからね」

「今が、必要な時じゃないのですか!?」

「あはは、必要な時とは戦の時だけですよ。それに、お嬢さん達。運が良かった。此奴は、もうじき処分する所でしてね。数刻遅ければ会う事も出来なかったでしょうに。ああ、本当に運が良いですね」

「……処分?」

 その言葉が、気になって自然と声に出して、目線がレオンに向かう。

「それで、お嬢さん。此奴に聞くなら早くして貰えないかな、こんなクソ奴隷をここにいるだけでも、気が可笑しくなって、首を刎ね飛ばしたくなるので」

「……分かりました。えっとレオンさん、話を聞いても良いですか?」

 娘は、席を立ち上がりレオンの傍まで駆け寄り、真正面から彼の顔を見上げた。

 対するレオンは、自分より一回り小さい娘の顔を見てから、奥に鎮座している奴隷王の顔を見た。

「良いぞ、レオン。喋っても良いぞ」

 奴隷王の、許可を得て目線を娘に下して口を開いた。

「それで、俺になんの用事だ。俺は寝ている所を、無理やり起こされて連れて来たんだけど、下らない話なら戻るぞ」

「それは、すいません。ですけど、どうしても知りたかったのです。レオンハート・クルセイドって人物を知っているわね。あの人の最後を看取ったって人物が、貴方って聞いたから連れて来て貰ったの」

「……懐かしい名前だな。師匠と呼ぶ前の名前だったか。それで?」

「最後は、どんな表情で……苦しんでいましたか?」

「いいや、満足した表情だったと思うぞ、出会ってから見てきた中でも、一番笑っていた様な顔だった。それに、苦しくなる前に俺が殺した」

 予想外の言葉だったのか、娘は目を見開いてレオンに食い掛る。

「なぁ! 殺した!? どうして?」

「それが師匠の最後の言葉で、意見だったからだ。苦しく死ぬのは御免だから、悪いけど殺してくれってね。人に殺す技を教えておいて、最後は自分を殺させるとか、最後まで面倒な師匠だったよ」

 分かっているからなのか、レオンの言葉にどこか納得した表情で、ここに来て少し緊張が解れたのか笑みを浮かべる。

「でしょうね。あの人は、豪快だけどとてもお節介で強い人間でしたからね。ずかずかと人の心に入って来ては、光を照らしてまるで、太陽の様な人物」

「……俺には、眩しくて嫌だったよ」

「ふふふ、それには私も同意見よ。そっか、満足して逝けたのですね」

「お嬢様」

 そこで、今まで黙っていた娘と一緒に来ていたメイドが、口を開いた。

「コホン、御免なさい。そうですか」

 微笑んでいた表情が、また曇り始めた。その変化を見逃す奴隷王では無かった。

 彼の、脳裏に全てが一本に綺麗に纏まる算段が完成した。

 奴隷王は、昨晩、シルバーからレオンは約半年間は前線で戦う事が出来ない体になっている事。そして、娘はどうやらレオンハートの戦力を求めて来たけれども、死んでおり、期待していた戦力が得れなかった。そして、娘は第五皇女の立場。金なら持っているだろう。そして、ここは奴隷を売買する場所。

「お嬢さん。もしかして、戦力が欲しいですか? それなら、そこのレオンはどうでしょうか?」

「彼ですか?」

「ええ。そいつは少し前まで、魔獣討伐の戦に出ては、魔神を倒して帰って来れる優秀な剣奴ですぞ。それに、そいつはレオンハートの元で修行していた奴隷です」

「魔神を倒したして、あの人の元で修行ですか……」

「ええ、戦力としては問題かと思います。普段でしたら、レオンの様な優秀な奴隷は貸出で済ませているのですが、今回はこのまま売りましょう。そうですね、金額は五千万でどうだろうか?」

「五千万ですか!? それは、高過ぎませんか?」

 娘も、奴隷相場は分かっているつもりだ。奴隷売買には、奴隷王が述べた様に、二種類方法有る。一つは、一般的に売買だ。人権も命の殺傷も全てを売り買いしている。孤児や敗残兵、負債を抱えた人間が多くだ。そして、売買される額は、ピンからキリで明白な額は決まっていない、使えるか使えないか判れるから。けれども、奴隷王は第二の売買を作り上げた。それが、貸出システム。

 主に利用しているのは、国や将軍達。これまでは戦の時、奴隷を買っては戦に参加させていたけれども、生き残る奴隷も出て来て、国は対処に困った。何故なら、使い切りで買ったはずなのに、まだ生きている。だからと言って殺すのも面倒、と言ってそのまま国で養うには金が勿体無い。そこで、貸出システムの登場。

 戦の時だけ、奴隷を貸し出して、戦が終わり無事に生き残れれば金額を国が払う。そうする事で、わざわざ奴隷を買う事も無く、戦が終わって必要な額を払えば済み、奴隷の管理は国がしなくて良い。しかも、生き残った奴隷には奴隷元で管理される。奴隷王は更に、生き残った奴隷に格付けした。格付けする事で、買う側は、必要な奴隷だけ買えて無駄な出費が抑えられる。これには、奴隷にもメリットが有る。生き残れれば、格付けされて、身分の高い人間と接する事も出来て、自分の元には金が入ってくる。運が良ければ、身分の良い人間に買われるチャンスが出る。

「レオンの実力は、下手すれば第一遊撃騎士団に匹敵するのですよ。それに、魔神も倒せる人間とくれば、勇者にも匹敵しているのですよ。そんな勇者と同格な奴隷を五千万で買えれば安いと思いますけどね」

「グ……五千万」

「お嬢様、ちょっと」

 と、二回目の口を開いたメイドが娘に近寄って、耳元で何かを呟き始めては、反論する様に、娘もメイドに何を小声で会話する。

 時間にして、数分程度。結果、溜息を洩らしたのはメイドだった。

「決まったかな、お嬢さん」

「ええ。彼を買うわ」

 望んだ答えを聞けた、奴隷王は満面の笑みを浮かべて、逆にメイドは落胆の表情を浮かべていた。

 娘は、奴隷王から出された契約書に署名をする。売買は成立して、レオンの今後は娘に委ねられる。

「おっと、お嬢さん。悪いけれども、金額が多額だから、支払いが完了するまで、担保が欲しいね。こっちもね、商売でね」

「すいません、今は貴方が満足する額を持ち合わせていないんですけど」

「ほうほう、なら。そちらのメイドさんをここに置いて行くのはどうかね? 支払い意思が有れば、数日内にはお嬢さんの元に戻るけれど」

 娘の返答は、早かった。

「それはダメ。彼女は大事な家族よ。置いて行く事も出来ないし、彼女は物ではないわ」

 返答の速さから、メイドを大事にしている事が良く分かる。

「なら、代わりに何かを担保出来る物が有るのか?」

 桜色の唇を強く結んで、数秒経過して開いた。

「母様、ごめんなさい。許してください」

 と、謝りながら、娘は胸元から一個のペンデュラムを机の上に置いた。同時に、二人の口が開いた。

 最初は、ペンデュラムを手にした奴隷王。

「ほう、これは珍しい。七耀石で加工されたペンデュラムだね。石のサイズも中々大粒で、輝きも透き通っていて、純度も上等の品だな」

「お嬢様。それは奥様の形見では!」

 背後で、立っていたメイド。

「良いのよ。それに、支払いが確認出来れば、返して貰えるのでしょう?」

「そこはもちろん。奴隷王の名に賭けてお嬢さんの手元に、返しますよ。信頼と実績は裏切りませんので。では、契約は成立って事ですな」

 奴隷王は、ペンデュラムを引き出しに、収めると同時に一個の黒い鍵を娘に渡した。

「レオンの枷を外す、鍵です。ちなみに、解除するならば申し訳ないけれども、この施設から出た外で、ここで解除されて殺されては困るので。それと、帰るなら裏口から帰るんだな。レオン、買われた褒美に服を送ろう。出る時に受け取るが良い」

「分かりました。では、行きましょうか、マヤにレオン」

「はぁ、畏まりました。お嬢様」

 と三人が部屋から出ようとした時だった。

「おっと、レオン。命拾いしたな、せいぜい元雇い主だった奴隷王の名を大陸に広めて死ぬんだな」

「…………」

 レオンは、最後に奴隷王の顔を睨んで、部屋を後にした。

 部屋の外には、レオンを運んで来た女性が立っており、裏口を案内と同時に、外に出る前に革袋をレオンに手渡した。

「レオン様。こちら、以前ある人物からレオン様宛にお預かりしておりました私物です」

「……そうか、分かった。助かったよ、レン。臆病に生き抜けよ」

「……はい、レオン様も」

 短い会話だった。けれども、娘にはレオンとレンと呼んだ女性には見えない強い絆をどこか感じた。レオンは、早速革袋から衣類を取り出しては、着こんだ。

 漆黒色に朱色の糸で丁寧に縫われた衣類。それを見た娘は口元が緩んだ。

「なんだ、服を着ればカッコいいじゃない」

「しかし、まさか俺がこれを着る日が迎えるとは、時間とは恐ろしいな。これは、昔師匠が着ていた服だ、けど少し違う?」

「え? だって確か奴隷王は私物は無いって」

「いいえ、師匠様は以前からレオン様に成人した際に渡そうと私に託されておりました。ですから、こうして渡す事が出来ました。少し違うのは、私が補修と強化させて頂きました、申し訳御座いません、レオン様。そして、どうかご無事で」

 深々と頭を下げるレンと呼ばれる女性。すると、床に水滴が零れ落ちるのが、彼女以外三人は見てしまった。

「そうか、助かったよ、レン。お前も元気でな。行くぞ」

 レオンは、何も感じない様にその場を後にして、一足先裏口から外に出た。それを、首を左右に動かすだけの娘。

「お嬢様。我々も行きましょう。夕刻前には、国を出ましょう。時間が有りません」

「ええ、そうだけど。……ええい。えっと、レオンの事は安心して、安全とは言えないけど、私に出来る事は全力で彼を守るからね。それと、私の事情が終わったら今度は、貴女を買いに来るから、待っていてね」

 娘は、深々と頭を下げるレンに言い残して、青空の元に飛び出した。残されたレンは、ただ溢れる涙を手元で拭って、自分の業務に戻った。

「何、話していたんだ?」

「ちょっとした、宣言かな。えっと、枷外すね」

 先に外で待っていた、レオンに近寄り、重たく冷たい枷に鍵を差し込んで、外した。

「よし、これで自由だね。これからよろしくね、レオン」

 枷から解放された手に、差し伸べる娘。

 差し伸べられた手と、娘の顔に目線を交差させて、それが挨拶だと理解して握り返した。

「俺は、何て呼べば良い? 俺も、そこのメイド如く、お嬢様と呼んだ方が良いか?」

「あ、自己紹介がまだだったね。私は、クレア=マギウス=クロスよ。君の事もレオンって呼んでいるから、私の事も気軽にクレアって呼んで良いよ」

 これが、奴隷と皇女の出会いの始まりで、止まって壊れた歯車が廻り始める瞬間だった。



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