006,一階層
初めての迷宮探索は、大量の大ネズミからの襲撃で始まった。
だが、ルトたちのおかげで怪我ひとつすることなく、襲ってきた大ネズミはすべて返り討ちにしている。
正直なところ、オレにはルトたちがいたから大丈夫だったが、ほかの人はどうだったのだろう。
いや、でもオレだけが優れたClassやSkillを与えられたとは思えないので、ほかの人はルトたちなしでも同様の戦果をあげられるような力を手にしているのだろう。
まあ、どちらにしても考えるだけ無駄だ。答えはわからないのだから。
それよりも、今は大ネズミの魔石の回収だ。
通路には、真っ赤な小石が大量に転がっている。
このすべてが元はオレの身長の半分ほどもある、大きなネズミだったのだから恐ろしい。
まあ、今は幼女なので身長の半分といっても体高五十センチくらいだけど。
いや、十分大きいな。
あんなのが群がってきたら、一般人ではとてもではないが対処不能だろう。
しかし、この世界では迷宮探索をする人――探索者も存在する。
ただ、オレたちが駆除に向かうような魔物が溢れかえっているような迷宮ではない。
大規模な人数を投じて、魔物の駆除を行い、ある程度数を減らして管理している迷宮を探索するのだ。
そういった管理迷宮で、魔石を手に入れ、様々なものに活用する。
迷宮は恐ろしいところだが、効率的に魔石が手に入る資源でもあるのだ。
まあ、管理に失敗して魔物が溢れて、滅亡した国もあるみたいだけど。
だが、逆に言えば管理している迷宮以外には探索者はほぼやってこない。
特にオレたちが駆除するような迷宮には。
つまりは、迷宮の攻略方法はオレたちの自由であり、ほかの人への配慮などは一切必要ないということだ。
毒ガスを撒いて魔物を駆除するようなやり方も問題ない。
幸いガスマスクは通販アプリで購入可能だし。
とはいっても、どの迷宮も少量の毒ガスで壊滅させられるほど狭くはない。
そもそも毒が効かない魔物もいるだろうしね。
だが、このネズミの王国なら殺鼠剤を撒けば効率的に魔物を駆除できたりしないだろうか。
いや、それよりもルトたちが戦ったほうが早くて確実か。
拾った魔石をすべてゴミ袋に入れ終えたが、あまり重くはない。
狼の魔石もそういえば全然重くなかった。
一センチくらいの小石サイズの魔石だし、軽い分には問題ないだろう。
それに、迷宮内にはタブレットの持ち込みもしている。
歩きながら少しずつタブレットに押し付けて減らしておこう。
「さてと、どっちにいこうかね」
タブレットには迷宮内限定だが、マップを表示する機能がある。
ただ、それは一度通った場所に限られるので、まずは進んでみないとマップができあがらない。
部屋から迷宮に入ると、最初だけ一階層のどこかに出る。
入り口ではないのが、ポイントだ。
いつでも部屋のドアは呼び出せるので、次からはドアを呼び出した場所から探索が再開できるわけだ。
少しだけどちらに進むか迷っていると、ポチがローブの袖を咥えて引っ張ってくる。
どうやらポチのお薦めの通路はあちらのようだ。
迷っていたくらいなので、有能なポチの薦めに従ってみよう。
「じゃあ、あっちに進もうか」
オレの言葉に満足したポチが咥えていた袖を離し、嬉しそうに骨の尻尾を振っている。
なかなかかわいい奴め。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルトと狼一匹を先頭にして、真ん中がオレとポチ、殿はもう一匹の狼という陣形で通路を進んでいく。
迷宮は、魔物を生み出し続けるが、その速度はそれほど早くはない。
とはいっても、一日もあればそこそこの数が生み出されるので、明日には通ってきた通路にも魔物が湧いているだろう。
逆にいえば今日は安全ともいえる。
しかし、完全に安全かといえばそうでもない。
あの場所にいた分は倒したが、通っていない通路には魔物がまだまだいるからだ。
魔物は移動しないわけではない。
ただ、ある程度の数になるまでは生み出された場所から動かないだけだ。
魔物が生み出されるタイミングは、場所によってまちまちなので、どこかの魔物が溢れて移動すれば背後から襲ってくる可能性もでてくる。
そのほかにも、生み出された場所からすぐに移動して、決められた範囲を巡回するタイプもいる。
最低ランクの、このネズミの王国のしかも一階層にはいるとは思えないけど。
大体そういった巡回タイプの魔物は、深い階層か、ランクの高い迷宮にしかいないそうだ。
ちなみに、すべてガイドブックに記載されていた情報だ。
実際に迷宮で経験したことではないのが、嘘の情報が書かれているとは思えないので参考にすべきだろう。
それに、背後の警戒を疎かにするなんて怖くてできないしね。
通路をある程度進むたびに、大ネズミの大群が襲い掛かってくる。
どこも限界まで魔物が溜まっているようで、一度の戦闘で襲い掛かってくる数はとんでもないものになっている。
ただ、迷宮に入ったときのように、大群のど真ん中で戦闘を開始するわけではないのでまだマシだ。
大ネズミ程度なら、ルトが大きな骨で殴打すれば一撃で倒せるし、狼たちも鎧袖一触の勢いで倒していく。
オレはといえば、拾った魔石をタブレットに押し付ける作業をしつつ、それを眺めるだけだ。
側にはポチもいるし、ルトたちという壁を抜けてくる大ネズミもいないので平和そのもの。
抜けてきても、オレに到達する前にポチが倒してしまうだろうし。
大ネズミの魔石は、安い。
狼の魔石がひとつ350円の価値があったのに、こちらは30円程度。
ただ、数が多いのでもうすでに2000円くらい貯まっている。
ちなみに、通販アプリで使える通貨の単位は円ではない。
というか、数値しか書かれていないので単位はわからない。
なので、勝手に円としているのだ。
そっちのほうが呼びやすいしね。
そろそろ、一番安い短剣くらいなら購入できる。
ただ、大きな骨で十分にオーバーキルしているのを見ると必要なのかちょっと疑問だ。
血が消滅せずに残っているのだから、斬りつければ刃に血がこびりついて切れ味を悪くする。
だが、大きな骨なら殴打するだけだから切れ味は関係ない。
短剣などの刃物ではなく、棍棒とかの打撃武器を探したほうがいいのだろうか。
まあ、ルト自身に聞けば済む話か。
「おーい、ルト。ちょっときてー」
魔石を拾っていたルトを呼んで、武器の話をする。
一番安い短剣と少し短めの鉄の棍棒の二種類を見せ、どちらがいいか聞いてみた。
結果として、ルトが選んだのは鉄の棍棒のほうだった。
でも、首を傾げてもいたので、あまり御気に召してはいないご様子。
会話ができれば、ルトが欲しい武器がもっと簡単にわかるんだけど……。
「あー。書いてもらえばいいじゃん。ルト、字は書ける?」
あっさりと解決策がでてきてくれたが、残念ながらルトの答えは頭骨を横に振っての否定だった。
つまり、ルトは字が書けないらしい。
喋れないし、字も書けない。
コミュニケーションはどうやらジェスチャー頼りしかないようだ。
でも、諦めることはない。
タブレットの画面を見せて欲しい武器を探り当てればいいのだ。
時間がかかるだろうから今はやらないけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大群の大ネズミを都度捌きながら、どんどん突き進む。
回収した魔石を、タブレットに押し付ける作業が間に合わないくらいに溜まっていくが、重くないし、非戦闘員のオレにはこれくらいしかやることがない。
たまにマップを確認するが、どうやら直線ではなく少しずつカーブしていっているようだ。
真ん中とかに次の階層への階段とかがあるのかな?
なんて思っていたら、初めての分岐点が見えてきた。
ただ、分岐した直後に大量の大ネズミもいて、どうやらどちらもオレたちを補足したようだ。
「うわー……。一気に倍になったよ……。みんな気をつけてね」
通路二本分の大ネズミが一気に動き出し、襲い掛かってくる。
今までで一番多い襲撃数だが、通路自体はそこまで広くはない。
大ネズミたちは狼のように連携して襲ってきたりはしないので、数が倍に膨れ上がってもルトたちの敵ではないようだ。
やつらはまずは目の前の敵に襲い掛かってくる。
ルトと狼をすり抜けて、一番弱いオレを襲撃するという頭はないのだ。
それが、ここまでかなりの数の大ネズミを倒して得た答えだ。
次々と消滅していく大ネズミ。
やはり数が倍に増えたところで問題などありはしなかった。
強いて言えば、回収する魔石も倍になったことで拾うのが大変だったくらいだろうか。
そしてまたタブレットに押し付ける作業が始まるのだ。
分岐点は、もちろんポチにどっちがいいか決めてもらった。
マップを見ていたオレは、カーブの内側が怪しいと思っていたが、どうやらポチも同じだったらしい。
徐々に右曲がりしている通路なので、右の通路の前にポチがおすわりし、道は決まりだ。
そしてしばし進んでは戦闘し、大きく右に通路がカーブしたと思ったら、下へ降りる階段を発見したのだった。
さすがに最低ランクの迷宮の一階層だけあって、早かったな。
今回はどうやら下に降りるタイプの迷宮のようだ。
次の階層に移動する方法は、迷宮によっても違うし、降りる場合もあれば登る場合もある。
だが、どんな方法で移動しようとも、一階層の次は二階層だ。
階段を降りきって二階層に到達すると、一旦部屋に戻ってお昼にすることにした。
もういい時間だしね。