005,ネズミの王国
隔日投稿で進んでいきます。
ルトに念入りにやるように言ったので、狼たち二匹の洗濯は結構な時間がかかったようだ。
その間オレは明日の迷宮探索に向けて、色々と考えながら通販アプリを眺めていた。
この通販アプリは、某密林などの大手通販サイトよりもだいぶ品揃えが少ない。
例えば、先程購入したノミとりシャンプーはお徳用があるくせに、通常サイズや入れ替え用のものがない。
犬や猫など、それぞれに特化した商品もない。
その代わり、日本の通販サイトでは入手が難しいような本格的な刀剣などが手軽価格で様々な種類のものが買える。
もちろん模造刀とは違って、刃がしっかりと研がれている本物だ。
日本でも購入可能なマチェットと斧、ナイフなんかも購入できる。
ただ、これらはかなり高い。
日本で買った場合の十倍以上の値段がついている。
おそらく手軽なものは、外の世界でも入手できるタイプのものなのだろう。
品質やそもそもの素材なんかが日本製のものとは差があったり、製法なんかも違うんだろうな。
まあ、今のところノミとりシャンプーを買ってしまったので何も買えないんだけど。
勢いで買ってしまったが後悔はしていない。
だって、洗濯が完了した狼たちは見違えるほどに変わっていたのだから。
ふっくらとした触っていて気持ちいい体毛。
匂いも獣臭かったのが嘘のようだ。
今なら顔を埋めて深呼吸してもいいくらいに。やらないけど。
念入りにシャンプーされて、ダニなどはしっかりと洗い落とされたようで、まるで座敷犬のような清潔さだ。
ちなみに、ルトはお風呂場の掃除中。
洗い終わったあとの現場は相当悲惨だったようで、狼たちを洗面所に追い出した、ずっと格闘している。
頑張れ、ルト。今日お風呂に入れるかは君にかかっている!
しかし、この狼たち。まったく動かない。
毛並みを確認したりと、色々とされているのに微動だにしないどころか、目も虚ろだ。
ただ、オレの命令にはしっかりと従う。
伏せと言ったら瞬時に伏せるし、お手もおかわりも死んだフリまでできる。
しかし、自分から行動は一切しない。
試しに、何も言わずにポチたちが骨キャッチゲームに使っていた骨を、庭に向かって見えるように投げてみたが、反応したのはポチだけだった。
何も言わずとも自分の意思で行動するルトやポチと違って、狼たちは命令以外にまったく反応しない。
種族や個人差、使役する際の状況など、様々な条件が思い浮かぶが、ガイドブックには載っていないものなので自分で検証するしかないだろう。
これから様々なタイプを使役する機会があるはずだ。
今のところはルトたちとは違ったタイプとして、効率的に使う方法を模索するとしよう。
そもそも、オレが始めに考えていた下僕は狼たちのほうだ。
命令を受けて行動し、自由意思などない完全なる下僕。
それが、ルトとポチの自由っぷりと有能さのおかげですっかり忘れていた。
まあ、実際助かっているからいいんだけど。
「ああ、はいはい。ほれとってこい」
庭に放った骨をポチが持って取ってきたので、また投げてやる。
オレの足元に骨を置いて、その前におすわりしているのだ。
どうみてももう一度投げて、と催促されている。
遊んでほしいのがまるわかりで、これを自由意思と言わずしてなんといえばいいのか。
微動だにしない狼二匹と比べたら、まさに雲泥の差だろう。
そのあと、狼たちが命令をどこまで柔軟に受け止められるのかを検証したり、効率のよい狼の運用方法を模索したりした。
結構な時間やっていたと思うのだが、色々終わった頃にやっとルトが掃除を終えて戻ってきた。
すっかり、元通りピカピカで虫一匹いなくなったお風呂場に満足しながら、ルトにお礼をいう。
いや、この場合褒めたほうがいいのかな?
「ルト、よくやった。ありがとう」
オレの褒め言葉と感謝を聞いたルトはなんだかとてもうれしそうだった。
でも、だからといって頭を撫でるな。
それはなんか違うだろ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お風呂に入って、今日一日の汚れと疲れを落とし、晩御飯は昼の経験を活かして量を加減して食べた。
でも、明日は迷宮探索をするつもりだし、疲れて帰ってくるのは目に見えている。
なので、ご飯だけは多めに炊いて一食分に小分けして冷凍しておいた。
これでレンジで温めるだけでご飯は食べられる。
おかずはまあ、面倒だったら肉を焼いて、ステーキソースをぶっかけるだけでもいいし。
庭の疑似太陽は、外の世界の時間と連動しているので、もうすっかり真っ暗だ。
だが、未だにポチとルトは庭で遊んでいる。
狼二匹を引き連れて。
そう、結果的にオレが狼二匹に命令して動かすより、ポチとルトに任せたほうがいいことがわかった。
あいつら手足のように狼を操るんだよ。
ほんと、なんなの。オレの出番一切ないんだけど!
このままでは完全にマスコットだ。
褐色美幼女だから、見た目的にも完全にマスコットなんだけど。
しかし中身はいい大人で、そして男なのだ。
もう少しこう、なんかしたい。
なんかしたいのだが、できることはそう多くない。
まあ、司令塔としての役目があるし、オレが死んだらそこまでなんだから最重要なのはオレに変わりはない。
部下が有能で嘆くのは違うよな。上司はどんと構えて、部下がもし何か失敗したらその責任を取ればいいのだ。
いや、上司ではなく、使役者なんだけど。
まあ、とにかく明日だ。
さあ、寝よう。幼女の体が睡眠を欲している。
寝る子は育つとはいうが、果たしてこの体は成長するのだろうか。
そして、いい加減遊ぶのをやめなさい、おまえたち!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝の諸々を済ませて朝食を摂る。
ルトたちはさすがに昨日怒られたのが効いたのか、明るくなった庭で遊ぶこともなく、静かにしている。
まあ、これから迷宮に行くんだから体力は温存しておいてもらわないとな。
アンデッドに温存しておく体力があるのかどうかはわからないが。
「ルト、骨より包丁のほうがマシなんじゃない?」
用意を済ませて、昨日同様鍋をヘルメット代わりに装備し、いざ出陣と思ったのだが、ルトは昨日同様大きな骨を二本装備のままだった。
包丁があるので薦めてみたが、どうやら骨のほうが使い勝手がいいらしく、頭骨を振って断ってくる。
自由意思がある以上は好みがあるのだろう。
今後武器や防具を買うときも、本骨の意見を聞くべきか。
実際に戦闘をするのはルトたちなんだし。
帰ってきたとき用の足拭き雑巾も、準備万端で玄関に用意してある。
お昼までには帰ってくるつもりだが、水筒とかないのがちょっと痛いな。
鞄とかもあったほうがいいだろう。
ゴミ袋は持っていくが、簡単に破けるしね。
優先して購入するものが多くて困る。
まあ、何はともあれ行こう。
いざ、迷宮へ!
タッチパネルを操作して、向かう迷宮を選ぶ。
迷宮ランク1の「ネズミの王国」が、最初に探索する迷宮の名前だ。
その名の通りにネズミばかり出る最低ランクの迷宮だが、最低ランクと侮ってはいけない。
迷宮は階層制になっており、次の階層へ続く階段やワープポータルを通るごとに難易度が少しずつ上昇していく作りになっている。
勇者の育成のために作られたのだから、当然魔物の強さも徐々に上がっていく。
しかも、本来は勇者にすぐに踏破される予定のものであり、長い時間放置されるようなものではなかったのだ。
迷宮の仕様上、魔物は次々と生成され、勇者の糧となる。
だが、その勇者がいなくなれば……。
最低ランクの迷宮といえど、魔物が溢れかえっているのだ。
気を引き締めてかからなければいけない。
数は力だ。
最悪、すぐに部屋に逃げ帰れるように鍵は常に持っておこう。
「行くぞ!」
少しだけオレが開けた玄関ドアを、ルトが代わって慎重に開け、そして飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
案の定、迷宮の中はネズミの魔物だらけだった。
ドアを開けた瞬間には大量のでかいネズミが、こちらを認識し、襲い掛かってきた。
だが、飛び出したルトが一番近くにいた大ネズミを次々と大きな骨で殴打して仕留めていく。
ルトに続いて飛び出した狼二匹も、負けじと大ネズミを噛み殺していく。
ポチはオレの側に残って護衛をしてくれるらしい。
ルトたちが道を作っていく間に、ゆっくりとポチと一緒にドアを潜り、迷宮へと足を踏み入れる。
迷宮内は、壁に等間隔で埋め込まれた光る石のおかげで行動に支障がない程度には明るい。
それに、ジメジメとして湿度が高く、非常に臭い。
ネズミの魔物しかいない場所だし、それも仕方がないだろう。
ただ、床や壁は綺麗なものだ。
ネズミの糞などが落ちているなんてことはない。
それは迷宮の仕様である、吸収効果によるものだ。
迷宮の床や壁に接して一日放置すると、迷宮に吸収されてしまうのだ。
生死は関係ないので、もし生きている状態で一日中麻痺してしまったりしたら迷宮に吸収されて死ぬことになる。
ただ、少しでも動けば、また一日経たねば吸収されないので、よほどのことがなければ生きたまま吸収されるということはないだろう。
なので、派手に飛び散っている大ネズミの血なんかも明日には吸収されてなくなってしまうのだろう。
ちなみに、大ネズミの死骸は迷宮の特徴である魔物が死ぬと消滅するという効果で、ドンドン消滅していっている。
死骸のあとに残るのは、魔石だけだ。
しばらくすると、通路を埋め尽くす勢いでいた大ネズミたちは血と魔石だけを残していなくなっていた。