044,模擬戦
週一投稿になります。
断崖樹海の魔物は、崖付近の浅い層でもアーマーリンクスよりは強い。
ただ、自由意思持ちである三頭のアーマーリンクスの連携力を考えると、それを崩してまでほしい、とはならない。
つまりは、自由意思なしの一頭分の枠を使って使役と解除を繰り返すことになる。
幸いなのかハズレなのか、今回の掃除で得られた死骸の中から自由意思持ちはでなかった。
最後に使役した筋肉もりもりの豚の魔物は、囮として活用しよう。
どうせ次の戦闘ではすぐに解除になるわけだし。
実際、崖から樹海に入って十分もしないうちに、魔物に襲われたので筋肉豚の役目は終わっている。
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断崖樹海は、事前に情報方収集してわかっていた通り、かなり薄暗く見通しが悪い場所だ。
足元も堆積した腐葉土や無秩序に生えている下草でかなり悪く、時折太い根が張り出しており、とにかく歩きづらい。
なので、早々にディエゴの上に移動して乗せてもらっている。
このくらいの足場ならまだディエゴのほうがオレよりは早く動けるからだ。
ちなみに、大きな図体をしたイリーはキールともう一頭のフレイムリンクスと先行してもらっている。
とはいっても、少しだけだ。
樹海の中に入ると、通ってきた方向も含めて全周から襲われる危険性がある。
それを事前に排除、もしくは誘導するのが彼らの役目だ。
イリーたちフレイムリンクスは、巨体に似合わず森などの遮蔽物が多い場所での行動を得意としている。
見た目が山猫っぽいからか、思った以上に身を隠すのも気配を消すのもうまいし、こういった場所での狩りも非常にうまい。
おかげで、ほぼ無音で殺害した魔物の死骸を咥えて持ってくることも何回もあった。
実に頼もしい。
ただ、それでもすべての戦闘を避けられるわけではない。
イリーたちの警戒網を突破して接近してくる魔物はそれなりにいて、ルトたちとの戦闘になるのもしばしばだ。
さすがは魔物の巣窟と言われる場所だけある。
しかし、まだまだ浅い層なので、戦闘がそう長引くことはない。
ルトたちも危なげなくすばやく倒している。
グンドも防御寄りではあるが、戦闘に参加し、着実に戦果をあげている。
彼の戦闘能力については、合流したあとに部屋で時間のあるときにルトと恒例の模擬戦をさせて確かめた。
完全武装でどっしりと待ち構えるグンドに対して、ルトはいつものように気軽な足取りで接近し、その惚れ惚れするような速度で攻撃を加える。
だが、さすがは防御特化の魔法銀証級冒険者。
少し離れた場所から見ているオレだから、ある程度わかるが、あれを至近距離でやられたら絶対追いつかない。
それだけの早さの攻撃を防御し、いなし、ダメージを最小限に抑えて時折反撃までしている。
それだけでも、グンドの戦闘能力の高さがよくわかる。
イリーたちにあっさり負けていたので過小評価していた点もあるだろう。
ここまでルト相手に戦えるとは思っていなかったので、かなりびっくりしたのは言うまでもない。
オレとしてはこれだけのものを見せられれば十分だったのだが、ルトは違ったようだ。
オレの最初の下僕というプライドと、強者としてのプライドを傷つけられたのか、ちょっと本気を出してしまった。
十分に早かった動きが、どんどんスピードをあげてオレの目では追いきれない速度にまで到達する。
最初は反撃できていたグンドも、時間が経つにつれて防御一辺倒になり、いなしたり躱したりする頻度が低くなって防御させられる回数が増加していく。
仕舞いには、ルトの残像がグンドに纏わりつき、ひとりでやっているとは思えないような打撃音が連続で庭を満たし始める始末だ。
最後には、鉄壁だったグンドの防御を軽々と突破し、決定打にしないように調節された攻撃が彼を滅多打ちにしてしまった。
そう、あの状態ですらルトは手加減していたのだ。
グンドを殺す気でやるなら防御を突破した時点で急所に攻撃を叩き込み、終わっていただろう。
使役しているとはいえ、グンドたちの元の肉体は人間だ。
急所や弱点は変わらない。
ただ、痛みを感じなくなったり、肉体的に強化されるだけだ。
目を潰されれば視界を奪われるし、顎を撃ち抜かれれば脳震盪を起こす。
関節などの鎧の隙間を狙われれば、ルトの操る魔式トンファー雷なら一撃で骨を砕かれる可能性もある。
そうなれば人間同様動かせなくなるし、戦闘中に回復なんてポーションでもなければ無理だろう。
彼が装備している防具は、魔法の防具ではあるが、オレが装備しているような全体的な防御を可能としたものではない。
魔法銀証級の冒険者が所持しているものでも、通販アプリで購入する場合はひと部位で大体二十から三十万程度の価格帯になるようだ。
そのクラスの魔法の防具では、全体防御は無理だ。
それでも外の世界では最高級の装備なのだから仕方ない。
おかげで、手加減していたとはいえ、ルトに滅多打ちにされても防具が壊れるということはなかったようだ。
中身のグンドはひどいことになっていたけど。
滅多打ちといっても防具の上から叩かれたところは少なく、グンドの防御能力によって意図的に叩かされた、といった場所なのだろう。
あの状況でもそれができるんだからグンドの能力もなかなかのものだ。
ただやっぱり、傍目からみるとルトさんちょっとやりすぎじゃないかな、といったレベルなのでグンド可哀想と思ってしまう。
模擬戦終了後には、汗をかかないはずのルトがやりきった感いっぱいで汗を拭うジェスチャーをしていたりもした。
手加減していたとはいえ、思いっきり体を動かせて楽しかったのだろう。
彼女はとてもキラキラしていたよ。
うん、ルトやべー。
反対にグンドは、オレの模擬戦終了の合図まではなんとか立っていたが、声とともに崩れ落ちてピクリともしなくなった。
一応リーンに確認させたところ、ただ気絶しているだけなので、リウルと一緒に防具を脱がせてその辺に転がしておいた。
そのうち起きるだろう。
残った戦力の確認はキールだが、彼は先程のグンド対ルト戦をみて完全に戦意喪失しており、絶対に無理と涙目で首を全力で振っていた。
さすがにあれのあとでルトと模擬戦をさせるのは酷すぎる。
なので、グンドを適当に転がしたあとのリウルとリーンと模擬戦をさせることにした。
戦力の確認をしないわけにはいかないからね。
グンドたちが持ってきた装備で完全武装を整えたリウルとリーン対短剣サイズの木刀に防具一切なしのキールでの模擬戦は、キールの圧勝だった。
さすがは魔法銀証級冒険者。
これだけのハンデがあってもものともしなかった。
まあ、斥候が主な仕事であるキールでもこれくらいのことができなければ魔法銀証級にはなれないのだ。
冒険者には単純な戦闘能力が必ず求められるし、最高ランクともなれば一流の戦いができなければなれない。
鉄証級だったふたりには魔法の装備で完全武装しても荷が重すぎたようだ。
まあ、それでもキールの戦闘能力は魔法銀証級では下から数えた方が早い。
グンド相手だと手加減しても圧倒される。
そのグンドを手加減しても圧倒するルトは何なのだろうね?
そんな感じで恒例の人型の下僕に対する模擬戦は終わったわけだ。
もちろん、そのあとにも迷宮での実戦テストなども行っている。
というか、あれだけやれればまず迷宮ではリウル以上には活躍できるので問題なかったけどね。
結果として、グンドとキールの人間組も十分に戦力として使えることがわかった。
古参の人外メンバーよりはだいぶ劣るのは仕方ないけど。
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断崖樹海を進むこと数時間。
進む方向は崖を背にしてまっすぐと言った感じだ。
ただ、時折巨木というほどではないが、それなりに大きな木や起伏なんかもあるので進路がずれることはある。
それでも、キールやポチの方向感覚のおかげで崖からほぼ真っすぐに断崖樹海の中心部に向けて進んでいるようだ。
斥候を任されるだけあって、キールのその辺りの感覚はうちでも上位だ。
ポチやフレイムリンクスなどの獣組にも負けないレベルなのは正直なところかなりすごい。
経験と技術、道具を使った複合的なものなので、リウルが必死に学ぼうと頑張っているが、キールレベルになるのは相当先の話だろう。
ぶっちゃけ、キールは現在のところリウルの完全な上位互換だ。
それでも斥候や情報収集役はふたりいて悪いものではない。
むしろ、もう少し欲しいと思うくらいだ。特に情報収集役。
数々の街や村を通ってきたことで、その辺りの不足を感じることが最近多くなってきている。
特に短時間で情報を集める場合、ひとりひとりの技術よりは人海戦術の方が役に立つ。
もちろん、最低限度の技術は必要だけど。
戦力については過剰気味だし、今後の人型の下僕はそういった方面に強い人材を集めるよう心がけようかな。
まあ、そう思っても自由意思持ちでなければ運用が難しいし、最低限の戦闘能力も持ち合わせていないと困るから難しいんだけど。
迷宮都市にはそういった技能を持った人間も多くいるだろうから、影からこっそり殺害してゲットするっていうのもありだろう。
ただ、人間関係や相手の状況にもよるだろうけどね。
面倒事を自分から増やすのはなるべく避けたい。
グンドたちみたいな状況なんてそうそうないだろうしね。
いや、魔法銀証級がふたりも仕えているオレなんだから、自分から売り込みに来るってパターンもあるか。
実際に、ドユラスの街ではそれなりに来ていたわけだし。
あの中から斥候系の技能を持った人間を拾ってもよかったかも。
いや、迷宮都市でも同じことはできるだろうし、厳選もできるかもしれない。
だったらあちらでやったほうがいいか。
でも、とりあえず今は断崖樹海の方が先だ。
さあ、強い魔物はどこかなー?
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モチベーションがあがります。
2018.7.11 誤字修正