043,断崖樹海
十三階層では、七階層で出てきたウッドマンの表皮が石のように固くなった石木人が追加されたが、石程度では問題にならなかったので、特にいうべきことはない。
現在の到達階層である十四層では、リウルサイズの巨大な花が追加されたのだが、こいつがなかなか厄介だ。
移動せず、一定周期で花粉を大放出するのだが、この花粉に触れると敵であろうと味方であろうと破壊される。
しかも、魔物が破壊されると、魔石を残さないのが一番いただけない。
威力も結構高いので、破壊花粉を半身以上に浴びてしまうと魔物は死んでしまう。
資金源が減ってしまうので、最優先で花粉を放出する前に倒さないといけないのだ。
おかげで、魔法組が無駄に魔法を打たされてしまって、面倒だった。
前衛組でも倒せるが、破壊花粉を浴びるのはあまりよろしくないので、魔法組に任せる結果になっている。
この破壊花のせいで、ルトの装備の更新を本気で考えるようになったのだけどね。
まあ、まだまだ脅威というほどではないのは、ルトたちの動きをみていればわかる。
それでも資金は大量にあったので、心配事を減らすためにも一気に更新を行ったのだ。
獣型の下僕たちにも、アクセサリー系の装備なら持たせることができそうなので、順次購入していく予定だ。
ルトと違って、魔法組は魔力が豊富にあるし、基本的に後衛が多いので被弾はほとんどしないだろう。
それを言ったらルトも被弾なんてほぼしないんだけどね。
念には念を入れて、だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
要塞までの道のりは、いつもの馬車に御者がリウル、残っている馬にグンドが乗り、ルトはイリーに乗っている。
キールは、自由意思を持っていないアーマーリンクスに跨がり、残りの自由意思持ちのアーマーリンクス三頭を連れて先行している。
結構離れていても、下級下僕使役のおかげで簡単な意思疎通ならできるので便利だ。
まあ、本当に簡単なものしかできないけど、いちいち戻ってきて知らせる必要がないのだから十分だろう。
無論、複雑な状況の場合は、予め決めてある合図の後に戻ってきて直接報告することになっている。
その点は、やはり自由に話せる人間の下僕は有用だ。
ちなみに、イリーのような規格外の大きさのフレイムリンクスは、さすがに妹神の幻術魔法でも隠しようがないようで、大きさはほとんど変わったようにみえない。
鋭い目つきが若干マイルドになっていて、口の端から漏れている火もみえなくなっているからまだマシだと思っておこう。
これまで通り過ぎた街や村でも、一悶着あったが、そこは魔法銀証級の冒険者がふたりもいるのだ。
結構なんとでもなる。
ただ、動物を飼っていたり、魔物を使役したりするものが少ないので、グンドたちがいなかったらイリーたちは街や村に入ることは無理だったろう。
魔法銀証級冒険者様様だ。
そんなイリーに乗っていると、殊更に小さく見えるルトだが、現代の衣服からこの世界の魔法の衣服に変えたことで、ぱっと見は男装した少女のような格好になっている。
値段が値段なので仕立ても良く、貴族の坊ちゃまが着ていてもおかしくないレベルのものだが、幻術魔法では彼女は中学生くらいの活発な少女にしかみえない。
まるで、冒険者に憧れるお転婆令嬢が男装しているような感じだ。
いや、冒険者に憧れていたら革鎧とか部分的な軽い金属装備の方があってるかな?
まあ、大雑把にでも伝わればそれでいい。
情報収集のために立ち寄った街なんかでは、イリーのその大きさに泊まれる宿を探すのに苦労したり、やっと見つかっても野次馬がすごかったりと色々大変だった。
しかも、グンドたち魔法銀証級が来たということで、その街の冒険者ギルドの職員や、領主や豪商の使いが宿に何人も来たりもした。
溜まっている高難易度の依頼を引き受けてくれないか、とか。顔繋ぎや、面会依頼など、とにかく様々な人間が代わる代わる宿に押しかけてくるのだ。
グンドたちは慣れているようだったので、事前に宿の方で断るように言うべき相手と、彼ら自身が断る相手、会うだけは会う相手など指示をしていた。
おかげでだいぶ面会した人数は減らせたようだけど、それでも半日くらいは拘束されていた。
主であるオレのことも、知っているものは知っていたようだが、すべてグンドがシャットアウトしたのでオレの出番はなかった。
面倒だから相手なんてしたくないしね。
どうしても断れないタイプの依頼である、領主との晩餐や、ギルドマスタークラスとの面会なんかもあったが、一泊するだけでなんとか脱出できたのは不幸中の幸いだろう。
魔法銀証級の冒険者の地位というか知名度というか、とにかく正直舐めていた。
次に情報収集をする必要がでてきた街や村では、イリーたちは部屋で待機させ、グンドたちもローブを目深にかぶって入っている。
おかげで面倒くさい面会依頼なんかもまったくこなくなったが、やはり完全には隠せなかったようで、密かにキールを通じて接触してきたところはあった。
まあ、ギルド関係だったので後ろ暗いものではなかったのだけど。
あちらも、面倒事を避けたいというこちらの意図を汲んでくれた結果のようだ。
だからといって、高難易度の依頼を受けたりはしなかったけどね。
それはそれ。これはこれだ。
そんな感じで、順調といえば順調な道程だったわけだが、そろそろ件の要塞も近づいてきたので、街道を外れる。
街道を外れると、一気に道が悪くなるので、さすがに現代日本の技術を使ったこの馬車でも揺れる揺れる。
タブレットで優雅に読書なんて洒落込めないほどの揺れにはさすがにきついものがあったので、壊れても困るので馬車は部屋に戻すことにした。
イリーの背中は大きいので、改造したフリーサイズ(魔法)の鞍を用意してルトと一緒に陣取る。
改造したといっても、鞍にディエゴ製の薄いが耐久性は抜群の石壁を乗せて固定しただけのものだ。
ディエゴが土操作と石壁を巧みに使って作り上げた逸品なので、オレやルト、リーンにあと多少の荷物が乗ってもびくともしない。
イリーの背中は大きいけれど、さすがに三人と荷物を乗せるには安定性が足りない。
なので、この石壁で床を作ってみたのだ。
……まあ、正直緊急措置以外では乗りたくない。その程度のものだ。
何せ、どうしても揺れがダイレクトにくる。
クッションや毛布で軽減させているが、ゆっくり移動してもらっても揺れるものは揺れるのだ。
さすがに、馬車よりはマシだったけど。
そうして、道なき道を進むこと数時間。
要塞の監視網から外れるように移動していたので、樹海に到着するのにはかなり時間がかかってしまった。
まあ、オレのお願いであんまり揺らさないで移動してもらったせいでもあるけど。
樹海は、巨大な崖の中にあり、この崖が名前の由来となっている。
その名も、断崖樹海。
崖の高さは百メートルはありそうなほどで、樹海というだけあって折り重なった葉で地面がまったくみえない。
内部は陽の光がほとんど届いていなさそうだし、魔物の鳴き声や争う音、破壊音がそこら中から聞こえてきている。
奥地とはとてもいえないような、浅い場所のはずなのにこれだ。
なかなかハードな探索になりそう。
だが、うちの子たちはその程度で臆するようなたまじゃない。
さっそく、ルトがブラックオウルに偵察をさせているし、キールが中心となって崖を降りるための準備を整えている。
さすがに百メートルクラスの崖を準備なしで降りるのは無謀だ。
特に、装備をしっかり整えたとはいえ、オレは幼女なのだ。
この崖を飛び降りて無事でいたらびっくりすぎる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「姫さま、それでは下でお待ちしております」
「うん。気をつけてね。イリーたちが先行しているから魔物は一掃されてるとはいえ、魔法での不意打ちがあるかもしれないし」
「心得ています。それでは!」
特に準備もなしに崖を身体能力だけで降りられるイリーたちが先行し、降下地点周辺の掃除は一通り完了している。
ロープと杭だけという非常に簡単な降下装備の準備を終えたキールが人間組では最初に降りていった。
彼自身魔法銀証級の冒険者だし、斥候としての腕も超一流だ。
この程度の崖をロープと杭だけで降りるのはお手の物。
あっという間に崖下まで降りてしまったキールに続き、リウルとリーンが降りていく。
彼らも鉄証級という一人前の冒険者なのだ。
このくらいはぎこちなくともなんとかできる。
次はオレの番だが、みんなのようにロープで降りるなんて無理なので大きな籠に入ってブラックオウルに運んでもらう。
一緒にルトとポチも降りてきて、護衛してもらうのも忘れない。
ルトたちの身体能力は並外れているので、ロープなんて必要とせずに百メートル程度の崖ならさらっと降りられる。
実際、ゆっくりと降下するブラックオウルに合わせて崖をピョンピョン移動しているのだから凄まじい。
ディエゴと切り株お化けは上下の動きはあまり得意ではないので、事前に部屋で待機してもらっている。
ぶっちゃけオレさえ下に降りられれば部屋を経由させて連れてこれる。
ただ、全員をそれで運ぶと、さすがにオレが危険すぎるのでディエゴたちだけだ。
あとは問題なく降りられたからね。
最後に残ってロープと杭を守っていたグンドとアーマーリンクスたちも降りてきて、断崖樹海に全員が到着した。
さあ、ここからは気を引き締めて行こう。
あ、でも、その前にイリーたちが片付けた魔物の使役だけやっちゃおうか。
どうやらアーマーリンクスよりも強いみたいだからね。
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