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031,マクドガル



 助けた貴族のお嬢様が接近してきた集団の騎馬の先頭にいた騎士に熱烈抱擁されていた件。


「マクドガル様……。苦しいです」

「ああ! すまない、ミリニスル……。つい嬉しくて……。ドレスも汚してしまった……。何日も走りっぱなしだったから……。本当にすまない」

「いいんです。それよりも何日も?」

「ああ、バザル男爵が知らせてくれてね。オージル子爵が君を狙っていると。だから急いで駆けつけたんだ。本当に無事でよかった」


 馬車のドアからこっそり顔を出して眺めていると、どうやらふたりは恋人関係とみて間違いなさそうだ。

 だって、あれほどの熱烈な抱擁と、ふたりの表情をみてしまえば誰だってわかる。


 十五、六の美しい少女のミリニスルと、十八くらいにみえる精悍なマクドガルのふたりは実にお似合いのカップルといった感じだ。

 ただ、マクドガルが自分でも言ったように、今の彼はかなり汚れている。

 怪我などで血にまみれているというわけではなく、無理な強行軍の結果のようだ。

 汚れを落とす前に勢いに任せてふたりは抱擁したので、ミリニスル嬢の着ていたドレスは汚れがついてしまっている。

 だが、そんなことは彼女にとって大した問題ではないようだ。

 今もマクドガルの顔についた汚れをハンカチで甲斐甲斐しく拭っていたりするし。

 彼女の笑顔は本当に愛しい相手に向けるそれだ。


 愛し合うふたりの邪魔をするのは気が引けるが、街まではまだまだ距離がある。

 マクドガルが連れてきた騎士たちとミリニスル嬢の騎士たちが、周囲を警戒するように展開しているが、先程襲撃されたばかりなのだからできることならさっさと移動すべきだろう。


 オレも馬車を降り、仲睦まじく話しているふたりに近づく。

 すると、マクドガルの顔を拭っていたミリニスル嬢がすぐに気づいてくれた。


「マクドガル様、紹介致します。私の命の恩人のソラ様です」

「ミリニスルから簡単にですが事情は聞きました。私はマクドガル・バードッグと申します。フィアンセの危機を救ってくださったこと、心から感謝致します」

「いえ、偶然ですのでお気になさらないでください。それよりも、感動の再開に水を差すようで申し訳ありませんが、移動したほうがよろしいかと」

「そうですね。このような見晴らしの悪い街道では、またいつ襲われるともしれない。騎士団長! 急ぎマッシールの街へ戻る!」

「はっ!」


 オレたちが停車した街道は、周囲をまばらな木々に覆われ、前方以外はあまり見通しが良くない。

 森というほどではないが、あまり留まっていると要らぬものを集めかねない。

 騎士たちはまだ気づいていないようだけど、ルトたちはすでにこちらを伺うようにして隠れている魔物を何体も見つけている。

 ただ、まだ距離があるようなので、今すぐ移動を開始すれば問題ないだろう。


 オレの言葉を受けて、すぐに移動が開始される。

 フィアンセと再会できて安心できたようだが、すぐに切り替えて騎士団長と呼ばれた騎士に命令を発し始めたマクドガルはなかなかに格好いい。

 これならミリニスル嬢が惚れ込むのもわかる。

 まあ、強行軍でかなり汚れているので色々と半減しているけど。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「馬上より失礼します。日暮れまでにはマッシールの街まで到着できそうです。領主の館に部屋を用意させますので――」


 マクドガルの騎士たちに周囲を固められての移動は、かなり物々しいものになったが、一度襲撃されている事実があるので当然だろう。

 ちなみに、ミリニスル嬢はオレの馬車に同乗し、マクドガルは自分が乗ってきた馬の上だ。

 ミリニスル嬢はオレの馬車に同乗する気満々だったので、一応、オレの馬車に一緒に乗るかと聞いたのだが、固辞された。

 ちゃんと自分がかなり汚れていることを自覚してくれたようだ。

 抱擁によってドレスが汚れたミリニスル嬢は、侍女カルミンによってすぐに綺麗にしてもらったので問題ない。

 なかなかの手際だった。

 まあ、マクドガルの汚れは丸洗いしなきゃだめなくらいだったから、侍女カルミンでもすぐには無理だろう。


 一体何日強行軍してきたんだろうね?


 マクドガルからの提案というか、決定事項というか、オレたちは一番近い街であるマッシールの領主の館に招待されてしまった。

 普通は、日が暮れたら近くの村や街で宿なりなんなりを取る。

 夜通し移動するなんて街灯も強力なライトもないこの世界では自殺行為だし、夜のほうが活発に活動する魔物は多い。

 さらには、道もアスファルトで舗装されているわけでもない。


 現代日本の技術が詰まった馬車を持ち、夜目の効く強力な下僕たちを使役するオレでさえ、夜の移動はやめたほうがいいレベルだ。


 それに、領主の館への招待ということは、それなりのレベルの料理も出されるだろう。

 最上級とはいわないまでも、かなり上のランクの部屋も用意されるはずだ。

 何せ、オレたちは伯爵令息のフィアンセの命の恩人。

 さらには、伯爵令息も同行しているのだから。


 ああ、そうそう。ミリニスル嬢が頬を赤く染めながら教えてくれた情報で、マクドガル氏はバードッグ伯爵家の長男であることがわかっている。

 なんと、迷宮都市を分割統治している伯爵家のひとつがバードッグ家というではないか。

 偶然とはいえ、次期伯爵の妻を救ったのは大きい。

 様々な便宜が期待できる。


 ついでに、外の世界の始めての街も馬車の窓からとはいえ、見ることができるだろうからちょっとだけ楽しみだ。

 その前に、ミリニスル嬢からマッシールの街について色々聞いてみようかな。

 知ってればだけど。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なるほど。では、迷宮都市へ到着しましたら、我が父をお尋ねください。手紙を用意しておきましたので、それを渡せば便宜を図ってくれるはずです」

「ありがとうございます」

「いえ、ミリニスルの恩人は私の恩人も同じです。この程度で恩を返せるとは思っていません。もし迷宮都市でお困りのことがありましたら、是非バードッグ家を頼ってください」

「ソラ様、私も休養を取ってからすぐに迷宮都市へと向かいます。そのときはまた……」

「ええ、楽しみにしています」

「はい!」


 マッシールの街の領主の館で歓待を受け、次の日にはオレたちは出発することにした。


 領主の館で出された料理は、なかなかに豪華で美味しく、さすがは貴族の食事だと思わせた。

 ただ、やはり現代日本の洗練された様々な調味料には敵わない。

 つまりは、リーンの作ってくれた料理のほうが美味しかったというわけだ。

 確かに美味しかったし、見た目も華やかでよかった。だがそれはそれ。

 飽食の極みである日本と比べるのが間違っているような気もするけどね。


 街の中も結構綺麗で悪臭がするわけでもないようだった。

 道行く人々も暗い顔はしておらず、割と活気もあるようで、この街は思っていたほど悪くない。

 リウルを情報収集に送り出しているので、あとで報告を聞くことになるが、悪い報告は少なさそうだ。


 ルトたちは従者用の部屋を用意してもらえたので、そちらで過ごしつつも、ポチだけは許可をもらってオレとリーンの傍にずっといた。

 命の恩人であるオレの頼みということもあり、ふたつ返事で許可が降りたが、普通は無理だろう。

 領主のおじさんは若干顔が引きつっていたし。


 まあ、伯爵の令息であるマクドガルが直々に領主のおじさんに頼んでいたので断るにも断れなかったと思うけどね。


 ミリニスル嬢には何度も引き止められたが、襲撃されて心が弱っている彼女には休養が必要だし、オレたちはそれに付き合っている暇はない。

 いや、先を急ぐ旅というほどのものではないけど、迷宮探索もしたいし、何より昨日はまだなんとかなったが、今日も女子トークに華を咲かせ続けるというのは無理だ。

 オレだって幼女の素晴らしい体になれて楽しんでいるけど、それはそれ。

 さすがに、本物のお嬢様相手に数日過ごすのは勘弁してほしい。


 というわけで、領主の館で一泊してすぐに街を発った。

 ミリニスル嬢の名残惜しそうな表情には、後ろ髪を惹かれる思いだったが、彼女たちも迷宮都市へ向かうそうなので、また会えるだろう。

 美少女にあんな顔をされるとぐっときちゃうよね。

 たとえフィアンセがピッタリと横についていても。


「じゃあ、リウル。報告よろしく」

「はい! 主様!」


 昨日一晩情報収集に走り回っていたリウルにさっそく結果を報告させる。

 一晩といっても、太陽が沈んである程度したら酒場ですら閉まってしまうこの世界だ。

 短時間ではあまり情報も集まらなかっただろう。

 なので、あまり期待はしていないが、そこは前回の実績があるリウルだ。

 もしかしたら面白い情報が聞けるかも知れない。

 ちなみに、御者は今リーンが代わりに行なっている。


「マッシールでの最新の噂では――」


 この世界の情報収集というのは、基本的に人づての噂を集めるものになる。

 冒険者ギルドでも集められるが、生の情報はやはり酒場などの人が多く集まる場所でこそ得られるものだ。

 鉄証という一人前の冒険者であるリウルなので、その若さから侮られることもなく、むしろ情報収集に長けている彼なのでたった一晩でも結構な話を聞けたようだ。


 マッシールの街自体はミサドの街より少し大きいくらいの街で、領主も比較的普通のようだ。

 まあ、オレも会った感じでは尊大で嫌な典型貴族、という感じはしなかったし、概ね同意だ。

 マクドガルがいたからというのもあるだろうけど。


 迷宮へ向かう道にある街なので、旅の冒険者や商人なんかも多く、そのおかげで周辺の魔物の数も少ない。

 オレみたいに、迷宮都市へ向けてどんどん進んでいく方が珍しいらしく、基本は街から街へ護衛依頼を受けたり、途中で依頼を受けて路銀を稼いだりしながら行くそうだ。

 そういう理由でマッシールの街のような道中にある拠点にできる場所では、依頼をこなしてくれるものが多い。

 路銀を稼ぐために、きっちり仕事を完遂してくれるものが大半だからだ。

 迷宮都市を目指すくらいなので、魔物退治なんかはお手の物だしね。



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モチベーションがあがります。

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