030,……バカじゃねぇの?
計画的と思しき盗賊の団体の襲撃を受けていた貴族の馬車を、成り行きで救ったオレたち。
だが、リウルの事前の予測通りに次の街であるマッシールまでの護衛を依頼されている真っ最中だ。
交渉はリウルがひとりで行なっている。
リーンはこういった交渉事が苦手らしい。
ルトやほかの下僕たちは当然喋れないので無理だ。
そうなると、リウルかオレしかいない。
オレは外の世界の知識があまりないし、ぶっちゃけ面倒だったので、リウルが交渉を引き受けてくれて助かっている。
まあ、オレに出番がないわけでもないんだけど。
あちらは馬車の主であろう人物が出てきていない。
なので、こちらも出さない方向でいくことになっているのだ。
相手は貴族だと思うので、身分的なアレコレで失礼に当たるのではないかと一瞬思ったが、何か文句をつけられたら速攻で逃げるのもありだ。
大丈夫です、とリウルが太鼓判を押したので、たぶん大丈夫だろう。
ちなみに、あちらの主側が出てきたらオレも出ることになっている。
「あ、ソラ様。動きがあったようです」
「むー。そのまま引っ込んでてくれればよかったのに」
騎士ウーリッシュとリウルの交渉中、あちらの馬車のドアが開き、侍女と思しき女性が降りてきた。
その後に、手を引かれてドレスの少女が姿を現す。
騎士ウーリッシュは、馬車へ急いで近づき、片膝をついて出迎え、盗賊の死体を一箇所に集めていたほかの騎士たちも全員集合して同じ様に出迎えている。
リウルも馬車に近づくことはせずとも、騎士たち同様に片膝をついている。
ちなみに、騎士全員が出迎えをしているせいで、周囲を警戒しているのはルトたちだ。
……バカじゃねぇの?
ただ、ドレスの少女が馬車を降りたところで、騎士ウーリッシュがほかの騎士数名に命令をして歩哨に立たせたようだけど。
さて、それじゃあオレの出番のようなので、行くとしますか。
「ソラ様、お手を」
「ん」
あちらのようにまずはリーンが先に降りて、オレの手を取ってゆっくりと馬車を降りる。
その場にいる全員の注目がオレに集まるのを感じつつ、優雅にゆっくりと降り立つ。
何人かの騎士は呆けたような顔で凝視しているし、ドレスをきた少女――貴族のご令嬢は口に手を当て、目を大きく見開いたまま固まっている。
――見事にリウルの言った通りになっているな。
ちなみに、服装は通販アプリで購入した子ども用のフォーマルドレスだ。
結構地味めなタイプで、冠婚葬祭のどれに使ってもおかしくはないものになっている。
当然ながら日本製のものなので、外の世界からみたら最高級品だろう。
お値段も割と高い。
「お初にお目にかかります。ソラと申します。貴族ではありませんので、名字はもっておりません。田舎者故、無作法をお許しください。お怪我はありませんでしたか?」
「あ、いえ、平気です。こちらこそ危ないところを助けていただきありがとうございます。私はミリニスル・メッサーラと申します」
リーンを背後に従えて、ゆっくりと貴族令嬢の下に向かい、挨拶をすると、完全に固まっていたミリニスル嬢も再起動を果たす。
オレたちが言葉を交わすのを合図にしたように、オレに見惚れて呆然としていた騎士たちもなんとか正気を取り戻したようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、無視も拒否もできず、オレたちはミリニスル嬢の馬車の護衛を引き受けることにした。
とはいえ、これもリウルの予想通りである。
あの状況で救助とはいえ、貴族と関わるということはその後の展開もある程度避けられないものだったのだ。
今現在オレたちがいる国は、貴族が強い権力をもつ封建社会だ。
迷宮都市がある場所は、若干違うが、ほかの地域で貴族を敵に回すとかなり面倒なことになる。
この辺はまだまだ迷宮都市から遠いため、貴族からの依頼を断るのはまず無理だ。
まあ、最悪この場で皆殺しにして盗賊の死体共々焼いてしまうという手もあるが、それは本当に最終手段だ。
魔物や盗賊がうろつく街の外ならば、死体や馬車など焼いてしまえば発見は困難だ。
騎士の着ている鎧に関しても、ディエゴの土操作で深い穴を掘り、ブラックオウルの魔法でボコボコにして原型を留めない状態にして埋めれば、まず発見できない。
見つけても原型を留めていない状態では、判別も難しいだろう。
結果的に最終手段をとることはなかったが、それはミリニスル嬢の人柄のおかげだろう。
偉そうな腐った貴族だったらいきなり最終手段の出番となっていたかもしれない。
リウル曰く、そういう貴族は結構いるそうだ。
むしろ、平民にとっての貴族像とはそういうものらしい。
中には本物のノブレス・オブリージュを持つ貴族もいるのだろうけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミリニスル嬢は、子爵令嬢ようだが、物腰も柔らかで微笑みを絶やさない優しい人物だ。
護衛をするために、同行することになったわけだが、彼女のたっての願いでミリニスル嬢の馬車に同乗することになった。
車内で彼女は、身分の差など関係ないとばかりに話しかけてきて、楽しそうにしている。
オレの質問にも丁寧に答えてくれるし、嫌な顔ひとつしない。
侍女のカルミンとも気さくに話しているし、リーンにも優しい。
貴族とは、傲慢で平民を搾取すべき対象にしかみていない、と思っていたリーンはそれはもう驚きっぱなしである。
リウルから外の世界の貴族の情報を聞いた時に、リーンはそういっていたので間違いない。
これが演技だったら、なかなかのものだ。
まあ、オレは彼女の演技云々よりも、遅いのにすごく揺れる馬車の方が問題だったりするけど。
貴族の馬車なので、外装も内装も凝った装飾や高級品が使われているのはわかる。
だが、それだけなのだ。
揺れへの対策が厚手のクッションや、座席に敷かれている布だけだったりするようで、地面からの振動がそのまま伝わってくる。
おかげで、お尻が痛い。
休憩までの二時間程度の道のりでギブアップしたほどだ。
そう、休憩後はミリニスル嬢と侍女のカルミンも含めてオレの馬車に乗っている。
ただし、馬車に関する質問などはすべてしないという約束を取り付けて、だ。
ミリニスル嬢はその約束に従って、先程まで凄まじく揺れていた馬車とは全く違う乗り心地に心底驚いていたけど、約束はしっかり守ってくれた。
最初は、驚きと質問したいけど約束を破りたくないという思いで口をパクパクしていたけどね。
「ソラ様はとても不思議な方ですね」
「そうですか? どこにでもいる平民ですよ」
「そんなことありません。同性の私でも見惚れる美しさですし、護衛の皆さんは騎士たちよりもお強いです。この馬車も素晴らしいものですし」
「失礼致します。主様、前方に騎馬の集団を発見しました」
「わかりました。止まってください」
ミリニスル嬢と談笑していると、御者との連絡用の窓が開き、リウルから報告が入った。
ルトからすでに何かしらを発見したと感情が伝わってきていたので、リウルからの報告も本当は必要がないものだ。
この報告自体は、ミリニスル嬢たちへ知らせるためだ。
すぐに馬車は停車すると、一緒に走っていたミリニスル嬢の馬車と騎士たちも停車し、すぐに馬車を守るように陣形を固める。
騎士たちは内側に、ルトたちはその外側といった形だ。
「ソラ様……」
「大丈夫ですよ。私の護衛たちの腕は確かです。何がきても必ずや退けてくれます」
「はい!」
不安そうなミリニスル嬢に微笑み、言葉をかければ彼女も侍女も少しは恐怖が紛れたのか、笑顔を返してくれる。
「リーン」
「はい、ソラ様。どうやら三十ほどの集団のようです。旗は掲げていませんが、先頭を走る騎士の鎧に紋章がありました。大鷲に二本の剣です」
「え? 大鷲に二本の剣ですか?」
「まあ! お嬢様!」
「どちらの紋章でしょう?」
リーンに双眼鏡を持たせて迫ってくる集団を確認させたところ、どうやらミリニスル嬢たちは鎧に刻まれた紋章を知っているようだ。
しかも、侍女カルミンの喜色の浮かんだ声からして、味方と判断できるかな?
「はい! 大鷲に二本の剣の紋章はバードッグ伯爵の紋章です!」
「バードッグ伯爵?」
「はい、私の」
「ミリニスル! ミリニスルは無事か!?」
ミリニスル嬢が今までで一番の笑顔を浮かべて答えようとしたところへ、馬のいななきとともに馬車の外から大声で彼女を呼ぶ声が聞こえた。
その声を聞き、もう我慢できないとばかりにミリニスル嬢が馬車のドアを開けて飛び降りてしまった。
停車していなければ大惨事だったくらいには、勢いがあり、今までの優しげで儚い印象からは考えられないほどの行動力だった。
「マクドガル様!」
「ああ! ミリニスル! 私のミリニスル! 無事でよかった!」
そして、外では映画のワンシーンにでも出てきそうな再会の抱擁が始まっていた。
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