013,ボス階層
いつも通りに、ドアをちょっとだけあけてルトに先頭を譲ると、いきなりネズミの断末魔が聞こえてきた。
……ああ、湧きポイントの近くだったか。一日経ったから湧いたのね。
でも、本来は湧いても一、二体なので、ルトが瞬殺してくれたようだ。
この毎日の湧きでどんどん魔物が溜まって、押し出されるように移動する。
結果として、それが迷宮の階段にまで到達して別の階層に魔物が流れる。
そうやって、迷宮の入り口まで魔物が到達することで、外の世界へと魔物が溢れるのだ。
昨日の階段でみたように、押し出されるのは一匹や二匹ではないのだ。
毎日世界の各所でそんなことが起こっていれば、いつかは人間と接触してしまうだろう。
というか、実際に接触して文明は崩壊してるんだよな。
今現在も魔物は外の世界へ溢れ出し続けている。
人間はすでに、この世界の支配者ではなくなっているのだ。
ただ、人間やほかの生物たちが全滅しないのは、妹神のおかげというだけ。
まあ、それを知っているのはオレたちだけみたいだけど。
そんなことより迷宮探索だ。
今日はまずは、自分で歩いていこうかな。
そう思って出発しようとしたところ、ディエゴが切り株部分にクッションを乗せて近寄ってきた。
一瞬、もう一体の自由意思のないほうかと思ったが、目を見てディエゴだとわかった。
なにしてんの、君。
どうみてもその姿は昨日のもう一体の切り株お化けと同じ、乗り物スタイルだ。
自由意思があるディエゴを乗り物扱いするのは、どうかと思って遠慮して、もう一体のほうに乗っていたというのに、なぜ自ら……。
「……えっと、ディエゴ。乗ってほしいの?」
しかし、どうみても乗ってほしそうであり、聞いてみれば例の不思議な踊りを踊って嬉しそうにしている始末。
そういえば、初めに乗ったときもすごくガン見してたな。
あれは、もう一体の切り株お化けへの哀れみじゃなかったのか。
むしろその逆だった、と。
……まさか、幼女に乗ってもらえて興奮する、残念な切り株お化けということではないよね?
まさか、ディエゴがそんなわけがないと思い直し、せっかくやる気になっているところに水を差すのもなんなので、乗っていくことにした。
ちなみに、乗り心地はあんまり変わらなかった。
ちゃんとオレが乗ったら、不思議な踊りを踊るのはやめてくれたし。
……こ、今度こそしゅっぱーつ。
なんか朝から疲れたなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝の力が抜けるやり取りのあとは、特に問題なく進んでいる。
階層が深まったことで、新たにでてきた魔物は武器持ちのネズミ人。
ただし、防具はつけておらず、持っている武器もお粗末なものだった。
倒すともちろん武器も消滅する。まあ、残ってもいらないけど。
しかも、武器を持っているからか、ネズミ人が行なってきた爪によるひっかきや噛み付きなどは一切行わない。
その上、素人に毛が生えた程度の戦闘技術しかないようで、ルトたちの敵ではない。
だが、魔石はネズミ人よりも価値が高いという、非常に美味しい存在であった。
最低ランクの迷宮なので、こんなものなのだ。
時間が経って、魔物が溢れているから数が多いだけで、実際はこの十分の一程度の量が普通の状態だ。
戦闘経験の少ない勇者にとって、武器を持った人型の魔物はたった一体でも十分に脅威だろう。
実際、ルトたちが強いから美味しい存在にみえるだけで、今のオレではちゃんとした装備をしていても倒せるかどうかわからない。
まあ、幼女だから当然といえば当然だけど。
そんなわけで、昨日同様戦闘時間もかなり短く、どんどん魔石が増えていく。
ディエゴに乗っているから大した問題はないが、歩きながら魔石の処理作業までやっていたら結構大変だ。
タブレットに押し付けても押し付けても減らない。それどころ、増えてさえいるようなきがする。
どうしてもだめそうなら、もう一枚ゴミ袋をとりに部屋に戻ろう。
せっかく、ルトたちもやる気充分で進んでいることだし。
道も三階層よりは長いかな、と思う程度で、分岐は多いが結局先で繋がっている、事実上の一本道だ。
その分、魔物との戦闘も多いのだが、本当に鎧袖一触で倒していってしまうので進むのが早い。
一応、分岐している通路はすべて通って確認しているが、この調子なら最短コースで進んでも階段にたどり着きそうな気がする。
だが、魔物は倒せば魔石を落とす。
魔石は、お金になるのだ。魔石イコールお金。魔物イコールお金の図式が成り立ってしまっていて、大量にいるのも相まって残していくのが勿体無い。
今後の計画のためにも、お金はあればあるほどいいので仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局のところ、五階層への階段についたのは、お昼には少し早い時間だった。
今回は、四階層の轍を踏まないようにしっかりと対策を講じている。
単独で狼ズの一匹を斥候として出し、無事に戻ってきたのを確認してから降りたのだ。
降りる際も、狼ズを先行させ、何かあったらすぐに四階層に戻れるように心の準備も済ませていた。
まあ、心配は杞憂に終わったわけだが。
だが、警戒しすぎて悪いことなどない。
これからも、替えの効く自由意思を持たない狼ズを先行させて安全を調べる方法を取っていくだろう。
ルトやポチ、ディエゴを失うくらいなら、狼ズを喜んで先行させるよ。
それくらい自由意思持ちは有能なのだから。
五階層は、どうやらボス階層らしい。
階段を降りた先に、たくさんの装飾が施された半開きの大きな扉が待ち受けていたからだ。
迷宮には、区切りの階層にボスが存在する。
ボスを倒さなければ当然先には進めない。
しかし、ボス階層にはボスしかおらず、倒せさえすればすぐに次の階層へ行けるというメリットもある。
あと、倒せば宝箱がでてくる場合もある。
ボスは一度倒すと、再度出現するまで結構な時間がかかるようになっている。
連戦して宝箱からいいものをゲットしようとか、そういう周回プレイみたいなことはできない仕様になっている。
目の前の大きな扉は中に入ってしまうと、ボスを倒すか倒されるかしないと開かなくなる。
ただ、オレには部屋のドアを呼び出す鍵があるので関係ないが。
ボスと戦ってみて、だめそうなら逃げることが可能なのだ。
十分に戦力を整えて再挑戦も可能だ。
しかし、ボスを倒すまでは同じ迷宮にはドアからはいけなくなるが。
今回は最低ランクの迷宮のボスなので、強敵がでてくるとは思えない。
ディエゴに魔力量は大丈夫かと聞くと、半分以上あるという合図が返ってきたので、八割まで回復するのを待ってからボス部屋に入ることにした。
狼ズに階段と半開きのボス部屋の扉を見張らせる。
待っている間に魔物が溢れてきたらいやだからね。
待ち時間は、魔石を処理する作業で潰したが、ゴミ袋にはまだ残っている。
一応、ボス戦では何があるかわからないということで、部屋にゴミ袋を放り込んでから、狼ズに半開きの扉を完全に開けさせる。
扉は、狼ズが少し押しただけで勝手に開いていった。
ボス部屋はこれまでの通路ばかりだったのとは違い、大きな部屋がひとつだけだ。
入り口と出口がひとつずつあり、全員が中に入ると勢い良くどちらの扉も閉まり、部屋の中央に魔法陣が現れてボスが召喚される。
召喚されたボスは、今まで散々倒したネズミ人を頭ひとつ分大きくして、まともな武器と防具をもたせた――ネズミ戦士が一体だけだった。
ただ、これまでのネズミ人たちとは違って、立ち姿ひとつとっても素人にはまったくみえない。
正直意外だった。
最低ランクの迷宮の五階層のボスにしては、かなり強そうなのだ。
せいぜい、武器持ちのネズミ人が集団で出てくる程度を予想していただけに、驚きだ。
まあ、それだと通路とほとんど変わらないわけだけどね。
ボスは、中に入らないと召喚されないから、溢れるということがない。
ただ、溢れた魔物が通れるように扉が半開きだったりするのが、地味に小憎らしい。
ネズミ戦士は、召喚されたあとじっとこちらをみていたが、ルトが前にでると腰に下げていた剣を抜き、左腕に装着されているラウンドシールドを構える。
そして――
「まあ動かないんじゃ、ただの的だよね」
ディエゴともう一体の切り株お化けの土の剣山によって、足元から貫かれて絶命した。
あっさりとした終わりだが、苦戦したいわけでもないので、これでいいのだ。
まあ、ディエゴたちが魔法を使わなくても、ルトだったらあっさり倒しそうだけどね。
ネズミ戦士の死骸が消えたあとに残っているのは、いつものように魔石なのだが、やはりボスだけあって通路ででてきた魔物よりも大きい。
さっそく、タブレットに押し付けてみると、一体で武器持ちネズミ人の三倍もあった。
でも、あれが集団で現れたらちょっと面倒そうだ。
連携なんてしてきたら、さらに。
六階層からは、少し気を引き締めていかなければいけないかもね。
ボスが倒されたことによって、入り口と出口の扉がまた半開きになる。
とりあえず、六階層に降りてお昼かな。
「じゃあ、行こうか」
警戒しつつも、出口の扉へと進んでいった。