初デートは夢の中で
わたしの持っている服の中で一番女の子らしいと思う小花柄のワンピースを着て、髪の毛はいつもと違ってハーフアップにして家を出た。
持っていくバックに最後まで悩んだせいで、予定していた電車に乗り遅れてしまいそう。一本遅い電車でも十分間に合うんだけど、何となく早く着いてた方がいいかなって。
駅につくと、電車はちょうど行ってしまったところだった。はぁ、と溜息をついて、仕方ないから次の電車を待つ。
ホームには誰もいない。階段をチラチラと見るけれど、和樹は来ない。もしかして、わたしが乗るつもりだった電車に乗っていったんだろうか。
そもそも、同じ駅から電車に乗るのだから、駅で待ち合わせにすればよかったんだ。何で行く先で待ち合わせにしちゃったんだろう、ってちょっと後悔。
まあ、もし駅から一緒に行ったら、中学の友達に見られるかもしれないもんね。電車の中で会話が持つかも自信がないし、これでよかったのかも。
そんなことを考えてる内に次の電車がやってきた。この電車に乗っても待ち合わせ時間には間に合うはずなんだ、和樹が先に行ってたらちょっと待たせることになっちゃうけど。
電車に乗ったっていうのにそわそわしている。落ち着かなくて、席が空いても座らずにドアの側で立ったままでいる。
ちょっと走ったけど髪型崩れてないかなぁ、このワンピース、変じゃないかなぁ。
待ち合わせの駅に着いた。スマホで時間を確認すると、待ち合わせの2分前。ちょっと早歩きして改札を抜ける。
待ち合わせは駅を出たところにある変な像の前。そこが待ち合わせの定番なの。
知り合いに見られないといいなぁ。もし見られたら週明けに散々からかわれそうだよ。
早足で像のところに行くと……いた。和樹は既にそこにいて、わたしのことを待っていた。
和樹はグレーの無地のTシャツの上に青いシャツを羽織ってGパンを履いている。中学の頃よりオシャレになってる、あの頃はシャツなんて羽織ってなかったのに。
目が合うと、ちょっと照れくさそうに顔を逸らされた。わたしが近くに行って、
「おはよ」
と、言うと、
「うす」
って、変な返事を返してきた。それで、
「行くぞ」
と、言って先に歩いて行っちゃう。その背中が大きく見えて、何だか本当にドキドキするよ。
見惚れてしまいそうになって、置いて行かれそうになってるのに気がついたから、慌ててついていく。ちょっと進んでから、和樹がわたしを振り返った。それで、
「ん」
って言いながらわたしの手を取った。触れた手が温かくて、そこから熱が全身に巡っていく。
あぁ、和樹が先歩いてくれててよかった。たぶんわたし、顔真っ赤だから。
***
はぁ、と深く溜息。今日は和樹の姿を見る度に、顔が赤くなってしまいそうになって疲れる。意識しないように、見ないようにするけれど、和樹はわたしよりも席が前だから、黒板を見ると必然的に目に入ってきて、もうどうしようもない。
「何なに、めぐみ? 和樹見て溜息なんてついちゃって」
いつの間にか見られていたらしい。ニヤニヤ顔のわたしの友達、理彩と友梨が近づいてきた。
「何でもないよ」
「何でもないことないでしょ? とうとう和樹のこと好きって認めた?」
「だからっ! 違うって!」
二人はこうしてすぐにわたしをからかってくる。どこでそう判断したのか知らないけど、わたしと和樹がそういう関係だって勘違いしたみたい。
違うのに、ただ中学が同じで、中学の頃に少し仲良かっただけだもん。それだって、中3の頃には喋らなくなっちゃったし。
「じゃあどうしたのよ? 今日のめぐみが和樹に向ける熱~い視線は?」
「だから……」
下手に誤魔化してももうダメそう。めんどくさくなって、わたしは仕方なく真相を話す。
「へぇ~」
話したら、2人のニヤニヤはさらに増しただけだった。
「別にわたしが和樹のこと好きってわけじゃないよ? 理彩と友梨が毎日からかってくるから……」
「和樹、和樹~!」
わたしの言い訳を聞かない理彩が、あろうことか本人に声をかけた。「やめてよ」って言ってももう遅い。和樹はあからさまにめんどくさそうな顔をしてわたしの席に近づいてきた。
「聞いてよ! めぐみがね、今日和樹と……」
「ちょっと!」
「デートする夢見たんだって!」
理彩の声を遮ってみたのも虚しく、その事実は和樹に伝えられてしまった。和樹は、
「は?」
って、ぽかんと口を開けて驚いている。
「あはは、驚いてる~! よかったね、和樹」
和樹のアホ顔を見て友梨が笑っている。それでも、信じられないような顔をした和樹の目がわたしを捉えた。
「それって、どんな……」
「はい、席につけ~!」
いつの間にかチャイムが鳴っていたらしい。先生が教壇に立っている。
楽しそうに笑いながら理彩と友梨が自分の席に戻っていく。和樹は何か言いたげな顔をしてから、渋々席に戻っていった。
どうせいつもみたいに「バカじゃねえの」とか言うだけだと思っていたから、ちょっとびっくりしちゃった。
何であんなに驚いた顔をしたんだろう。そんな夢を見るなんて、流石にちょっと引かれたかな。小さく胸が痛む。
だって、本当にリアルな夢だったんだ。わたしが持っている服もバックも実在のものだったし、和樹の手の温かさだって……
思い出すと顔が熱くなってくる。初めて和樹と同じクラスになったからこんな夢見たんだ。変にドキドキしながら、窓の外を見る。
夢の中の和樹はわたしと付き合ってたのかな。そんなことあるわけないのに。だって和樹は──
あるはずのない夢ならもう少し続きが見たかった、なんてね。まだ待ち合わせをして会ったばかりだもん。わたしたちは、あれからどこに行こうとしていたんだろう。
***
到着したのは映画館。わたしが予めスマホでチケット予約しておいたから、お金を払ってそれを受け取る。
開場まで少し時間があったから、飲み物とポップコーンを買った。ポップコーンの味をキャラメルか塩かどちらにするかで揉めたけれど、結局わたしの意見が通ってキャラメルに。
映画館に来るとキャラメルの匂いするでしょ? それを嗅いだら、もうキャラメル以外考えられないもん! そう力説したら、呆れ顔で和樹が折れてくれた。
席について隣同士、とりあえずポップコーンを食べる。映画が始まる前になくなっちゃいそうだね、どうせ始まったら食べるの忘れるからいいんだよ、なんていう会話をする。
何だか少しぎこちないのは、たぶん2人とも少し緊張しているから。
映画は人気マンガの実写映画。友梨が面白いよって言ったから見に来たの。
でも、映画なんて正直頭に入ってこない。だって、隣には和樹。和樹と映画見るなんてはじめてだ。
それに、わたしは決めてるの。今日のデートの終わりに和樹に告白するって。だから、とっても緊張してる。ちゃんと言えるだろうか。和樹はなんて返してくれるんだろう。そんなことばかり考えちゃう。
***
目覚めたわたしの頭は混乱していた。夢の続きを見た。しかも、わたし、告白するって?
夢の中のドキドキが伝染して、現実のわたしまでドキドキしてる。まさか続きを見るなんて思ってなかった──
ベッドの上で夢のことを考えてぼんやりとしていると、わたしのスマホが鳴った。目覚まし止め忘れたかな? なんて思いながら画面を見ると「着信 中田 和樹」。びっくりしてスマホを落としてしまった。
慌てて拾って、電話を取る。
「もしも……」
「おい、めぐみ。お前、今日どんな夢見た?」
開口一番、挨拶もしないで和樹がそんなことを言ってくる。和樹からの突然の電話、しかも夢の話。わたしは混乱しすぎて、
「いきなり何よ?」
と、とりあえず聞いてみる。寝起きだから声が掠れちゃったよ。
「お前、昨日、オレとデートする夢見たって言わなかったか?」
「う……うん」
少しの間があって、和樹が、
「……オレも見た」
と、言ってきた。
「え?」
よくわからなくて聞き返すと、
「オレも見たんだって、お前とデートする夢!」
と、もう一度言われた。
「ど、どういうこと?」
「オレもわけわかんねーよ。昨日も見たし、今日も見た。お前は?」
「……見た。もしかして……映画?」
「マンガの実写の」
「一緒だ……」
信じられない。わたしと和樹が同じ夢を見た? 頭がパンクしそうで、心臓が大きく鳴っている。
そのまま2人ともしばらく無言。すると、部屋の外から、
「めぐみー!? そろそろ起きなよ!?」
と、お母さんの声。そうだ、そろそろ支度しなきゃ。
「とにかく、このこと誰にも言うなよ? お前、すぐにあいつらに話しちまうから」
「だ、大丈夫だよ。言わない」
「絶対だぞ?」
和樹にそう念を押されてから電話が切れた。
学校に行ってから、和樹は意味深な視線をわたしに向けてはきたけれど、わたしに何か言ってくることはなかった。わたしも理彩と友梨に夢のことは話さなかった。
わたしと同じ夢を和樹も見た。それも、よりにもよってデートする夢を。
意味がわからなさすぎて頭を抱えたい。あの恥ずかしい夢を和樹も見ているだなんて。一緒の夢を見るなんてどんな偶然?
現実じゃあり得ない変な夢。わたしと和樹は手を繋いでた。それなのに、今日の夢でわたしは和樹に告白するつもりでいた。てっきり付き合ってると思ってたのに、まだ告白すらしてないってこと?
まあ、そもそも夢に理屈なんて通らないんだろうけど……
和樹はあの夢を見てどう思ったんだろう。わたしと手を繋いで、少しはドキドキしたのだろうか。それとも、相手がわたしじゃなければいいって思っただろうか。
授業を受ける和樹の背中に問いかける。和樹はあの夢を見てどういう気持ちになったの……?
和樹から電話がかかってきたのはその日の夜、夕飯を食べ終わってリビングでテレビを見ていた時のことだった。お母さんたちに不思議がられないように、わざとゆっくり立ち上がってリビングから出て電話を取る。
「もしもし?」
「めぐみ? 今から出てこれる?」
「え? 今どこ?」
電話の向こうからは僅かに車が通る音が聞こえる。
「お前の家の近くのコンビニ」
和樹はいつも急だ。そんなに近くまで来ていて、出られないなんて言えないじゃん!
「すぐ行く」
電話を切って、お母さんに、
「コンビニ行ってくる」
と、声をかけながらそそくさと玄関へ。びくびくしながら声をかけたのに、幸いにもお母さんはテレビに夢中で、
「いってらっしゃい~」
と、軽い返事が返ってきただけだった。
私の格好はTシャツにカーディガンを羽織って、下は中学の頃のジャージ、サンダル。超ダサいけど、和樹を長く待たせるのも気が引けるし、仕方ない。もっと早く連絡くれればよかったのに、和樹のバカ。
早足でコンビニに行くと、和樹は雑誌コーナーで立ち読みしてる。ガラスをどんどん叩くと、和樹は気がついて出てきた。
和樹は制服姿。たぶん部活帰りだと思う。わたしのダサい部屋着が浮いてるよ。
「よう」
「うん」
思えば、二人だけで話すなんて久しぶりだ。昔と違って背は伸びてわたしよりも頭一つ分高い。上を向かないと顔が見えないのが悔しい。あれから時が長く経ったことを感じさせられる。
「何?」
なかなか話し出さない和樹に痺れを切らしてわたしから切り出す。
「夢のこと」
和樹はそう言いながら車止めに腰を下ろした。
「どんな夢だった?」
まさか「手を繋いだ」だなんて口が裂けても言えないから、
「キャラメルポップコーン食べてた」
と、当り障りのないことを言ってみる。
「オレは塩がよかったのに」
「映画にはキャラメルだよ! 和樹だって最終的には美味しいって言ってたじゃん」
「あそこでオレの意見通したら、お前、絶対後々までぶーぶー文句言ってくるから折れてやったんだよ」
「何それ、ムカつく」
夢の話を現実でも言い合いするなんて変なの。そう思うと笑える。和樹も同じだったみたいで、一緒に笑った。
その後で、お互いに真顔になって顔を見合わせる。
やっぱり同じ夢見てる──
「変なの。何で同じ夢なんて見たんだろ」
「オレが聞きてーよ」
和樹は落ちてた石を拾って上に投げては取ってを繰り返す。
静かな夜に二人でいると、昔のことを思い出して胸が苦しくなる。話している内容は変わらない気がするけれど、和樹の背中は大きくなった。さらに男っぽくなった。この調子じゃ、誰かに告白されたって噂を聞く日も近いかもしれない。ああ、もう家に帰りたい。
「もう今日は見ないでしょ。そんな偶然、何度も続かないよ」
自分が思っていたよりも素っ気ない声が出た。
「……だといいけどな」
和樹は神妙な面持ちでそう呟いた。
***
映画を見た後はお昼を食べに行く。映画館を出ると、どちらからともなくまた手を繋いだ。
お昼はチェーン店のパスタ屋さん。いつも理彩や友梨と来る時はファーストフードのハンバーガー屋さんで簡単に済ませる分、今日は値段も雰囲気もちょっと頑張ってる。
和樹だって、きっと友達とはこんなお店に来ないはずだ。
映画の内容は全然頭に入ってなかったから、映画の話が出たらどうしようかと思っていたけれど、幸いなことに和樹から映画の話が振られることはなかった。あんまり面白くなかったのかな?
ご飯を食べてる間は、クラスの話とか部活の話とか、他愛のない話をする。
上辺で言葉を滑らせながらも、わたしの頭の中はこれから先の告白のことでいっぱい。緊張しすぎて、せっかくのパスタの味もよくわからない。
食べ終わって、
「これからどうする?」
って聞いたら、新しいスパイクが欲しいから、スポーツショップに付き合ってほしいって。代わりにわたしの買い物にも付き合うからって。
映画の後のこと決めてなかったから、このまま解散になるんじゃないかって内心ひやひやしてたわたしは、ひとまず安心。パスタ屋さんを出て買い物へ。また、手をちゃんと繋いで。
***
和樹の嫌な予感が的中して、わたしも和樹も揃って夢の続きを見た。
わたしは今日になってまずいことに気がついた。この夢の続きを見ることによって起きること。
それは、わたしが告白してしまうこと。和樹も同じ夢を見ているのだから、わたしの気持ちがバレてしまう。
いくら夢だからと言って、告白は流石にまずい。夢だから、本当は違うから! って言うのも、なんだか嫌だ。
和樹とどうこうなるつもりはないのに、完全に道を閉ざしてしまうことが嫌だなんて、自分でも矛盾してると思う。だけど、それがわたしの本音なんだ。
かと言って、どうしたら夢の続きを見ないで済むかなんてわからない。究極は寝なければいいんだろうけど、ずっと眠らないで居続けるなんてそんなの無理だし。
考えても考えてもわからなくて、夜。また寝る時間がやってきちゃった。
こんなに怖いのに、不思議な事に眠気はちゃんとやってきて、わたしは抗えずベッドに入る。もうあの夢を見ませんように。そう願いながら──
***
和樹のスパイクを一緒に見る。サッカーのことを話している和樹は、やっぱり生き生きしてる。2年になって、レギュラーになれそうなんだって。
夏の大会がもうそろそろある。うちの高校は決して強くないけれど、くじ運がよくて強豪校とは後の方にならないと当たらないから、結構いいところまでいけるかもしれない。告白が成功したら、わたしも応援に行こうかな、なんてね。
和樹の買い物が終わると、今度はわたしの番。って言っても、正直買い物する気なんてなかったから、何にも考えてなくて、何を見ようか悩んじゃう。
悩んだ末、和樹でも入りやすい雑貨屋さんを見ることに決めた。新しい筆箱が欲しかったんだよね。
買い物すると決めたら納得がいくまで見たくて、結局3軒もはしご。和樹はうんざりした表情をしながらも、文句は言わずに付き合ってくれた。
3軒目で見つけたふわふわの筆箱に一目惚れして、それを買うことに決めた。ついでにかわいい付箋も買って、買い物終了。
気がついたら夕方になってた。
「どうする?」
って聞いたら、
「喉渇いた」
だって。駅前の人気のカフェに入ったら席がいっぱい。でも、そこのフラペチーノが飲みたかったから、買うことにした。買って、じゃあ地元戻るかって。電車に乗ることに。
このまま解散になるのかな。解散する前にちゃんと告白しなきゃ。どこで言おう。ぐるぐるぐるぐる考えてたら、全然電車に乗ってから喋ってないことに気がついた。
だけど、和樹も難しい顔して何か考えてるみたい。なんだろう、どうしよう。
電車はどんどん地元に近づいていく。
***
「ああー」
起きて頭を抱えた。まずい、まずい。もう告白しそうだよ。その前にどうにかして夢を見ることをやめなくちゃ。でも、どうしたらいいの?
悩んでると、和樹から電話がかかってきて、今日はサッカー部が休みの日だから、放課後にもう一度会って話し合うことになった。
心なしか、和樹も困ってるみたいだった。わたしとデートする夢なんて毎日見せられて、そりゃ嫌だよね。納得するのに、少し心が痛い。
放課後は地元の駅で待ち合わせ。学校から一緒に帰るとみんなにからかわれちゃうからね。
和樹と顔を合わせて話すのは1日ぶり。とりあえず駅前で話すのも人目があるから、移動する。
並んで歩くと、夢では手を繋いでたことを思い出して、どうしようもなく恥ずかしい。今はもちろん手を繋がないけれど、どうしても意識しちゃう。和樹はどう思ってるんだろう。
わたしたちは何も言わなくても自然と川沿いの土手に。ここは、中学の頃に和樹が秘密の特訓をしてた場所。わたしがそれに付き合ってた場所。
並んで座ると、嫌でもそのことが思い出される。楽しかったな、あの頃。あの頃みたいに自然と話せるように戻りたい、なんて思っちゃう。それを手放したのは自分なのに。
「どうしたらあの夢見なくなるんだよ」
和樹はうんざりしたようにため息をついた。
「知らないよ。こっちが聞きたい」
「だよなあ……」
困ったようにため息をついた。
「デートが終われば、見なくなるのかね」
「そんなの絶対にダメ!」
意図せず口調が強くなってしまった。和樹がチラッとわたしを見る。
「そんなに嫌かよ」
和樹の声が少し曇った。
「嫌っていうか……ダメ」
だってわたしが告白してしまうから。わかりきった和樹の答えを聞かなきゃならないから。
和樹はわたしの言葉に何も言わなかった。少しだけ前に座る和樹の顔がよく見えない。今、どんな顔をしてるんだろう。
「めぐみー! 和樹ー!」
無言のわたしたちに割って入ってきたのは、わたしたちの名前を呼ぶ声だった。
「あつみさん」
和樹が立ち上がって後ろを振り返ってる。わたしは振り返らない。何でこんなタイミングで来るの。もう2人が一緒にいるところを見たくなんてなかったのに。
「久しぶりだね、2人がここにいるの」
「まあちょっと……いろいろあって」
「また練習?」
「そうじゃないんですけど……」
和樹がわたしに助けを求めてる気配がする。わたしを巻き込まないでよ、2人で勝手にやって。
「なになに? 悩み事だったらあたしが聞くよ?」
「お姉ちゃんには関係ないじゃん」
つい口が出てしまった。
「つれないなあ。邪魔したから怒ってんの?」
「そんなんじゃないって!」
姉妹の言い合いを和樹がおろおろしながら見つめてる。和樹を置いて帰りたいけど、このままだと告白する夢を見ちゃうから、そうもいかないし。
「どしたの?」
少し心配そうになったお姉ちゃんが和樹に聞く。
「それが……オレとめぐみが同じ夢を見て困ってて」
「夢?」
「和樹!」
口の軽い和樹を睨む。わたしには友達に言うなって言ってきたくせに、お姉ちゃんには弱いんだ。睨んだ和樹はバツが悪そうな顔をした。
「夢って何?」
この好奇心の固まりの姉が、今更わたしたちを逃してくれるはずがない。わたしは大げさにため息をついて、お姉ちゃんに簡単に説明する。
「デートの夢、ねえ」
すっかりわたしたちの隣に座り込んだお姉ちゃんは楽しそうにしてる。
「いいじゃん、別に見続けたって」
「ダメなの!」
わたしが強く拒否すると、お姉ちゃんは肩を竦めた。
「どうしても見るのやめたいの?」
「うん」
「じゃあさ、実際にデートすればいいじゃん」
「は!? 何言ってんの?」
また、お姉ちゃんが突拍子もないことを言い始めた。お姉ちゃんは至極当然そうに続ける。
「夢って自分の願望を見たりするらしいじゃん? 2人共いい歳頃なんだし、デートへの願望があるんじゃないの? だったら実際に行って、夢と同じ行動を取ってみて叶えちゃえばもう見なくて済むんじゃない?」
「そんなもんですかね……」
「そうだよ!」
和樹がお姉ちゃんのまったく根拠のない提案に心を動かされているのが手に取るようにわかる。
「そんなにデートしたいなら、お姉ちゃんと2人で行ってくれば?」
また、わたしは思ってもないことを言ってしまう。
「は?」
和樹は明らかに顔を強張らせる。あ、これは怒ったな。
「デートしたいんでしょ? お姉ちゃん今フリーらしいから、一緒に行ってくればいいじゃん」
「お前……」
「それじゃ意味ないでしょ。2人で一緒に見てるんだから、2人でデートしなきゃ。片方だけじゃ、まだ夢を見続けるかもよ?」
険悪な空気になるわたしたちにお姉ちゃんが割って入る。
「明日、学校休みでしょ? 和樹は部活あるの?」
「……休みです」
「ほら、いいじゃん。明日行ってきなよ。どうせめぐみも家でぐたぐたしてるだけなんだから」
「お姉ちゃん!」
わたしはお姉ちゃんを睨むけど、お姉ちゃんはまったく動じない。
「めぐみだって夢見続けたら嫌なんでしょ? いいじゃん、1日くらい。ほらほら、待ち合わせ時間決める決める!」
強引にどんどん話を進めないで! でも、このまま夢を見続けたくないのも本当のことではあるんだよね。
和樹を見ると、まだ完全に怒ってるけど、
「じゃあ……」
と、言って待ち合わせ時間を決め始める。何故かお姉ちゃんを通して会話をして、待ち合わせ時間を決めた。夢と同じ時間、同じ場所で。それを見て、お姉ちゃんは満足そう。
「ちゃんとまったく同じ行動をするんだよ!」
そうやって念を押される。本当に和樹はわたしとデートするんだ。意地張らないで、お姉ちゃんとデート行けばよかったのに。バカな和樹。バカなわたし。
***
地元の駅に着いた。もう、ほとんど飲み物は残ってないのに、和樹が、
「いつもの場所で飲もうぜ」
って。まだ解散しないで済んでホッとしながらも、緊張は増していくばかり。川原なら人はいても話を聞かれるほど近くにはいないし、告白するには最適なスポットだよね。
歩きながら、何度も何度も繰り返す。「和樹がすき」。ちゃんと言えるかな?
地元に戻ってきてからも手はしっかり繋いでる。だんだん手を繋ぐことが自然になってきてる気がする。まだドキドキはするけどね。
川原についていつもの場所に並んで腰を下ろす。ちょうど夕焼けの時間で、川面にオレンジ色の光が反射してて眩しい。
ちらっと和樹の横顔を見ると、和樹も眩しそうにしてる。目を細めて眉間に皺が寄ってるもん。でも、そんな和樹も男らしくてちょっと格好いい、なんて思う私は重症かもしれない。
ちゃんと言わなきゃ。心臓が暴れまわってる。服の上から胸を抑えて深呼吸。
「めぐみ」
集中してるときに和樹から声をかけてきて、びくって身体を揺らしてしまう。見ると、和樹が珍しく真面目な顔してる。
「あのさ、オレ……」
***
わたしの持っている服の中で一番女の子らしいと思う小花柄のワンピースを着て、髪の毛はいつもと違ってハーフアップにする。
バックは夢で悩んで決めたから、悩まずに決めることができる。夢とまったく同じ格好をしたわたしは、早足で駅に向かっている。
夢と同じ行動をする、と言っても、和樹が先に待ち合わせ場所に来ていることがわかっていて遅れることもないよね、と夢より一本早い電車に乗ろうと思ってたのに、出掛けにお姉ちゃんに捕まって、結局電車には間に合いそうにない。
今日、どんなデートをするか予めわかっているにも関わらず、わたしの心臓はうるさく音を立てている。夢が現実になるなんて。和樹とデートする日が来るなんて、思ってもみなかった。
今朝の夢でわたしと和樹は川原にいた。そこで危うく告白する前に夢が覚めたからセーフだった。それにしても、和樹はわたしに何を言おうとしたんだろう?
電車に乗って待ち合わせの駅に着いた。夢と同じように早足で待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所には、グレーの無地のTシャツの上に青いシャツを羽織ってGパンを履いている和樹がいた。和樹も夢と同じ格好をしてる。
わたしに気がついて目が合うと、
「おはよ」
と、言ってみた。和樹も、
「うす」
って、同じ挨拶。変な感じ。和樹が先に歩きはじめて、わたしはそれについていく。そういえば、ここで──
「ん」
和樹がわたしに手を差し出す。え? 本気? そこまで再現する必要ある?
いろいろ言いたいことはあるのに、言葉が出てこなくて固まってしまう。動かないわたしに和樹は不満そうな顔をして、強引にわたしの手を掴んだ。
触れた手が熱い。熱すぎて、やっぱりわたしの顔は真っ赤になってしまうんだ。
映画館に着いた。ポップコーンは何も言わずにキャラメルを買ってくれた。
でも、何だか気まずい。たぶん、和樹は昨日のことをまだ怒ってる。たぶん、お姉ちゃんとデートに行けば? って言ったから。
余計なお世話って思われたんだろうな。それなら、自分から誘えばいいのに。
お姉ちゃんは中学の頃サッカー部のマネージャーをやっていた。それをきっかけに私も和樹と知り合って、レギュラーに入りたい和樹の自主練に付き合ってあげてたんだ。
わたしは自然と和樹に惹かれてて、それで気がついちゃった。和樹がお姉ちゃんを好きだってこと。だから、わたしは和樹から逃げたんだ。傷つきたくなかったから。
映画の内容はやっぱり頭に入ってこなかった。夢と違って告白するつもりはないのだけど、隣に和樹がいて、今がデート中だと思うとそのことばかり考えてしまう。
たぶん、今日が最初で最後の和樹とのデート。
映画が終わってパスタ屋さんに。和樹は特に映画の感想も言わず、不機嫌そうにわたしの手を取った。
そんなに嫌なら手なんて繋がなくていいのに、お姉ちゃんに言われたからって変なところ真面目なんだから。
ごはんを食べて買い物へ。ごはんの間はあんまり会話は弾まなかったけれど、スポーツショップに来たら徐々に会話が増えてきた。
やっぱり、和樹はサッカーが好きなんだな。サッカーのことになると、不機嫌も忘れて話し始めるんだ。
和樹がスパイクを買ったら次はわたしの買い物。
「もう買うもの決まってるんだから、その店から回ればいいだろ」
って言われたけど、一応全部見て他にもっといい筆箱がないか確認したいから、夢と同じルートを辿る。
それに、和樹だって夢で見たのにどのスパイクを買うか散々悩んだじゃない。わたしがそう言ったら、不満そうにしながらも付き合ってくれる。手はしっかり繋いだまま。
結局、夢と同じお店で、夢とは違う色の筆箱を買って、駅前のカフェへ。やっぱり混んでいるから、テイクアウト。そのまま電車へ。
そろそろ、今日見た夢の部分だ。和樹がわたしに何かを言おうとした。夢の続きが今日は聞けるんだろうか。告白するわけじゃないのに、何だか緊張してしまう。
その後はたぶんすぐに家に帰る。夢は終わり。もうわたしが和樹とデートすることはない。
駅について、手を繋いで歩く。わかってたことなのに寂しくて、胸が締め付けられて苦しい。
「今日、どうだった?」
和樹がそうわたしに声をかけてきた。
「どう、って?」
「楽しかった?」
いつもみたいな軽い調子じゃなくて珍しく真面目な表情の和樹。変なの、落ち着かない。
「……うん、楽しかったよ」
わたしも、普段じゃ考えられないくらい素直に答える。和樹は眉をひそめる。
「夢の続きを見たくないくらい嫌だったのに?」
「は?」
和樹が何を不満に思っているのかわからなくて、聞き返してから気がついた。和樹はわたしが昨日どうしても夢の続きが見たくないって言ったことに怒ってる?
「あれは……理由があって」
「理由ってなんだよ?」
「……言いたくない」
「お前、そんなんばっかだな」
不機嫌を隠さない和樹はそう言った。
「そんなんばっかって?」
「……別に」
これ以上は喋る気がないらしい。わたしが何か他に和樹に言ってないことってあったっけ?
川原に着いていつもの土手に並んで腰掛ける。和樹を横目で見ると、夕日でオレンジ色に輝く川面を眺めていた。
なんだかこうやって黙っていると、和樹も大人になったなって思う。横顔がちゃんと男。こんな顔をすれば、お姉ちゃんも和樹のことを見直すかもしれないのに。
あんまり見ているとバレそうな気がして、わたしも川面に目を移す。なんだか、泣きそうなくらい綺麗だ。
「めぐみ」
和樹から声をかけてきて、びくって身体を揺らしてしまう。
「あのさ、オレ……」
あ、夢と同じ。既視感にくらくらする。
「お前に聞きたいことがある」
「聞きたい、こと?」
うん、と頷いた和樹は真剣な顔。
「お前、何で中3の頃からオレのこと避けはじめたんだよ?」
「え?」
言いたくないことを聞かれて心臓がドクリと跳ねる。
「オレが何かしたか?」
和樹は苦しそうにそう聞いてくる。
「何も……してないよ」
「じゃあ、何で!?」
和樹が前に乗り出してきて、わたしが身を引くと、ハッと気がついたように身体を元に戻した。
「オレが話しかけようとしてもずっと避けて、何もないわけねえだろ」
土手に生えた草を手持ち無沙汰にちぎる。そんなに苦しそうな顔をされても、なんて言ったらいいの? わからなくて俯いてしまう。
「そんなにオレのことが嫌いなのかよ」
「そんなんじゃ!」
慌てて否定して、あまりに必死だった自分に気がついてまた俯く。
「じゃあ何でだよ。教えてくれないとオレは……」
その先は口にしなかった。
しばらくわたしたちの間に沈黙が流れる。夢の中のわたしなら、この後なんて言うだろうか。ちゃんと告白するのかな。
夢のわたしの方が現実のわたしより何倍も勇気がある。
わたしは勇気がないから逃げた。振られる勇気も幸せになる和樹の姿を見る勇気もなくて、逃げた。
このまま逃げ続けていいんだろうか。もし、夢みたいに告白したら、どうなるのだろう?
和樹と目が合った。和樹はしっかりとわたしを見てる。友達想いだから、こんなにわたしのことを気にしてくれる和樹。わたしのことも、少しでもお姉ちゃんみたいに女として見てくれたらいいのに。
「お姉ちゃん……」
「え?」
わたしはぽろりと口にした。
「だって和樹はお姉ちゃんが好きでしょ?」
「は?」
和樹は面食らって口をぽかんと開ける。
「わかってるんだよ、隠してるつもりだったのかもしれないけど」
胸が痛む。でも、これで最後なのだとしたら、このくらいの痛みは堪えないと。
「わたしと和樹が付き合ってるんじゃないかってうわさになったの知ってる? そんなうわさ立てられたら、和樹は迷惑でしょ? お姉ちゃんのことが好きなのに」
「お前……そんなことで……」
「そんなことって何よ!」
わたしはずっと悩んできたのに、そんなこと、だなんて酷い!
「わたしだって和樹を避けたかったわけじゃないよ! 和樹がお姉ちゃんのこと好きなの知ってたから、気を使ってあげたんじゃん!」
そんなの嘘だ。わたしは和樹から逃げただけ。でも、強がっていないと涙が出そうだから。
「和樹がさっさと告白しないからいけないんじゃん! じゃなかったら、あんなうわさ立てられることもなかったのに!」
和樹は私の言葉を聞いて、口を引き結んだ。
「そうだな……オレがさっさと告白しないから、こんなことになったんだな」
「そうだよ。だからさっさと告白しなよ。お姉ちゃんなら今日家にいるはずだから……」
「めぐみ」
わたしの言葉を遮って、和樹はわたしの目をしっかりと見る。覚悟を決めたようなその顔は男らしくて格好いい。
「オレが好きなのはお前だよ」
「……は?」
今度はわたしが口を開く番だった。
「今、なんて言った?」
「だから! オレはめぐみが好きなんだって!」
和樹がわたしを好き……?
「冗談でしょ?」
「冗談でこんなこと言うかよ」
喧嘩口調でそう言われる。
「じゃ、じゃあお姉ちゃんは!?」
「好きでも何でもねえよ! どこをどう勘違いしたらそうなるんだよ、このバカ!」
和樹はそうわたしを罵りながら、耳が赤くなっている。え? 嘘でしょ?
「だ、だって、和樹、いつもお姉ちゃんと話してる時、顔が赤くて……」
「顔が赤い?」
照れくさそうに口をひん曲げて聞き返される。
「いつも楽しそうに話してて、顔が赤くて。わたしと話してる時とか友達と話してる時は絶対にそんな顔しないのに。そう、ちょうどそんな感じで……」
今みたいに顔が赤かった。
「それは……もしかして、あつみさんにからかわれてた時のことを言ってるか?」
「からかわれてた?」
「あつみさん、オレに『さっさと告白しろ』だの『将来はあたしの弟かな?』とか言い始めるから……」
「え、ちょ、ちょっと待って」
その言い方だと──
「和樹は中2の頃からわたしのことが、好き、だったの?」
「だからそう言ってんだろ」
和樹は顔を赤くしながらそう言う。恥ずかしそうなその顔は、確かにお姉ちゃんと話してた時の和樹だ。
「な、なんだぁ」
胸は苦しいのに息が抜けてしまう。
「それじゃあ、わたしはずっと勘違いしてたってこと?」
「そういうことだろうな」
和樹は不満そうに口を歪めながらそう言う。
「俺の気持ちに気がついていないのはお前くらいだぞ」
「そうなの?」
「深谷と町田だって気づいてる」
高校で友達になった理彩と友梨まで? 気がついていなかったのはわたしだけ?
「鈍いんだよ、このバカ」
散々バカバカ言われるけれど、言い返すことはできない。胸がドキドキしている。
「まあ、お前はオレとの夢を見たくないくらいオレのことが嫌いみたいだけどな」
和樹の表情が陰る。わたしはそれを慌てて否定する。
「ち、違うよ! それは、わたしがあの夢で、和樹に告白しようとしてたからで……」
「告白?」
つい勢いで言ってしまった。でも、ちゃんと言いたい。わたしは今まで温存してきた勇気を振り絞る。
「わたしも和樹のこと好きだから……」
口を開けたまま、和樹の顔がみるみる内に赤くなっていく。
「お、おま……バッカじゃねーの! ほんと……」
和樹は荒々しく自分の頭を掻いた。
「ホント、バカだろ、オレたち……」
中3からずっとずっとすれ違ってきた。両想いだったのに、お互いにそれに気がつかずに。
「オレはお前に嫌われたと思ってたんだぞ。あつみさんには違うって言われてたけど……」
「ごめん」
「ホントだよ」
和樹はそう言って、少し笑った。
「同じ夢を見られて良かった。じゃなきゃ、ずっとわからないままだった」
「そうだね……」
和樹はわたしの手に自分の手を重ねた。この熱さは紛れもない現実だ。
2人で同じ夢を見るという奇跡。そんな不思議は、お姉ちゃんの予言通りその日以降見ることがなくなった。代わりに、わたしと和樹は現実でまたデートをする。
そう、何度でも。