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それぞれのアディオ

「すまない…」


アーレフが息を吐き縋り付き涙を流す。


「ねえ、いつもの夢?」


リーリアムの言葉に、鳴咽が納まるとアーレフがぽつりと呟く。


「死の影が集まって、一人の人をかたどり、『黒ク染マレ…』と、手をのばしてくる…」


アーレフの痩せた肢体を抱きしめたままのソレスは、


「死の影…黒く…」


と、身震いをした。


「はいはい、隅空けて。僕も眠たい」


ソレスはアーレフを抱きしめたまま、少し寝藁をずらしそのまま眠ってしまったアーレフに肩を貸す形となり、腕枕をしながら、

「こんな時に悪いんだけど、君、奴隷解放しちゃっていいの?で、アーレフに惚れた?」


と、リーリアムに聞かれ、


ソレスは素直に


「惚れた…?まあな。興味がある。奴隷を…まあ、いいじゃないか、あんなどさくさ死んだかもしれないし、ごまかせるさ」


と鼻を鳴らす。


「へえ…いいやつだねえ…。早死するよ」


一緒ならばどんなにか刺激的だと思う。


この泥のような生活から抜け出せる。


「そうかもな」


リーリアムにどう思われるかなどと考えてもいなかったのは田舎町で育ったからだろうが、リーリアムがそれを聞いて微笑んだのが意外だった。


「だよねえ、こんなご時世だもね」


「僕もアーレフがたまらなく好き。アーレフを追いかけてこの山岳神殿都市に来ちゃったり…気持ち悪いと思う?ソレス」


戸惑うソレスに、リーリアムは笑いかけた。


その好きは、多分…お互いに違うところにありそうで、ソレスと同世代くらいだろうリーリアムは、なんというか艶かしい女の仕草をするから、一瞬戸惑ってしまう。


「大丈夫、ただの気持ちの問題だから。とにかくアーレフに会いたくて探して探して来たのに、アーレフったら酷いんだ。けんもほろろってのはこの事だ。彼の生き様を知りたい、歌いたいって思うのにさ」


リーリアムの柔らかそうな唇が、まるで歌うように話し始めた。


「多分ね…アルカディオンに行くつもりだよ、アーレフは」


ソレスの腕枕の中で眠る、アーレフを見下ろす。


「アルカディアの神聖都市…」


「そう、アーレフと僕が出会った場所だ。ここにいないなら、アルカディオンか隣のイオリアスにアーレフの双子姉君もいるはず。レティーシアちゃんはこれまた信じられないくらい美しい」


夜は肌寒く薄い布をかけただけの体はぞくりと冷えたが、そればかりではない。


神聖…都市アルカディオン…。


「怖いかい?神聖都市が」


「いや…。俺も行く」


「そうこなくちゃ…ね。僕らはアーレフに命を預けよう」


何かを言おうとして、ソレスは唇を噤んだ。


「一緒にアーレフの姉君を捜そうよ」


リーリアムの強い光りを称えた瞳に、ソレスは頷き共にと頭を下げる。


そしてリーリアムに聞いてみた。


「お前は海の貴族なんだろう?だったら…」


「僕にはもう帰る場所も待つ人もいない。君と一緒だ。君はこの家にいたい?誰も待つ人のいない家に」


そう笑う。


その笑みはどこか空虚で投げやりで、リーリアム自身がどうにもできないものらしく、ソレスは気まずい気持ちになり、


「ま、そうだな」


と背を向けて、目を閉じた。




明け方、三人は村を出た。


簡単な荷物と共に。


「いいのか?」


アーレフの問いに、ソレスは頷く。


別れも言わずに…と、思われるかもしれない。


村の長老に止められるのは、わかっているから。


しかも、買われた奴隷の身分だ。


石切場の男達は半分に減り、石切場長にも悪いことをしたと思っている。


「さあ、行こうよ」


リーリアムに促され、ちらりと生まれ育った家を見る。


もう帰らないかもしれない家、もう帰れないかもしれない家を。


後悔はしないがきっと懐かしく感じるだろう。


「アディオ…」


別れの言葉を吐いた。


アディオ…アディオ…メーテール(かあさん)…。


最後まで心配をかけた母のために、この場にとどまっていたのかもしれないし、ただ、なんとなくかもしれない。


だが、生きる意味が出来た。


アーレフの行く末を、彼の作る軌跡を見たいと、そこに寄り添いたいと思う気持ちが、くすぶっていたやげやりな奴隷根性を打ち破ったのだ。


家の裏には二人の墓がある。


家の扉を閉め、二人の墓に一礼をしてみせた。



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