レェードとアーレフ
「さて…これからどうするか」
シリウスが少し落ち着いたところで、手鼻をかみそれを裾で拭いてから、がしがし頭をかく。
「なにを言う、シリウスよ。やらなきゃならんことが山だそ。奴隷の開放、路銀の確保。残存アルカディア兵の処遇」
ソレス公は言い終わると、ふーっと溜め息を着く。
「アルカディア王国は瓦解した。貴族の大半は亡命をし、兵は戦意喪失だ。君たちの勝ちだ」
クレタ公の前にオリヴェールとレティーシアが伴って現れ、クレタ公はレティーシアの容貌を見て驚いた。
「アーリア姫様…アーレフにもよく似ておいでだ…あなたが…レティーシア様ですか。あなたをアーレフは探していたのです」
レティーシアは小さな声で、
「私のためにアーレフが…私…私は…アーレフを守れなかった…」
と呟き、オリヴェールの腕の中で泣いている。
リーリアムは剣をガラン…と捨て、背負っていた袋の中から、竪琴を取り出した。
「アーレフがレティーシちゃんに素直に守られるたまだと思う?僕らは少し待とうよ。きっと還ってくるって」
そして、黄金の獅子の勝利を奏で始めた。
アーレフは崩壊する城の瓦礫の中で、消え入りそうな自身を掴んだ影に引き摺られそのまま身を投げ打った。
堕ちていく先は…漆黒…。
微かな光を暗闇の中で捕まえようとしたアーレフは、光のかけらを掴まえそこねた。
「ソレス…」
光はアーレフの手の中を転がるように動き、アーレフの胸へと消えた。
神の力を託すように…。
「おまえは…知っていたのか…」
一人…兄であった者を…殺した。
兄を、死にいたらしめそうとした。
姉は…救われていたが、アーレフが救えなかった。
その全ての痛みが、アーレフの胸を刺す。
「あ−−−−−っ」
胸を貫いた剣は黒く光るアルカディアの聖剣。
レェードが待ちかまえたようにアーレフを刺し、痛みは刃となってアーレフを苛み、体中を中から切り付けていく。
「痛かろう、苦しかろう。お前の姉は憎むべきアルカディアの皇子と懇ろだ」
痛みに耐え兼ねて、髪を掻きむしり髪が束になって抜けた。
「あ−−−−っっ、あ−−−−−っ!」
刺すような痛みが繰り返し襲い、闇から立ち上がることも出来ず、それでも何かに手を伸ばす。
「神託通りに…お前など、死んでいればよかったのだ」
漆黒のレェードの姿がアーレフを羽交い締めにし、剣の先を突き立てた。
「レェード!黒い悪魔!」
アーレフは胸を掴み、叫び続ける。
「ああああ−−−−っ」
それ以外の言葉が紡げない。
暗闇の底に手を付く。
痛みが際限なく襲い、アーレフはあがき続けた。
痛みの中で叫び続けるアーレフは、血を吐き喉を掻き髪を掴みもんどりを打つ。
「この痛みは、お前の罪だ!生まれてきてはならなかっだのだ、お前は…俺も!」
耐えなくてはならない、『破滅の子の罪』の痛みは、アーレフの精神も瓦解していった。
胸の痛みを中心に体中を刺す痛み、アルカディアの呪いの言葉は絶え間無く、精神意識を手放しかけたアーレフは、暗闇の中で半分水に顔を埋めて、浮き沈みを繰り返している。
指を触る手が、何かを思い出しかけた。
その度に胸が痛み、息が止まりかけたが。
…アーレフ…。
微かに指が触れるたびに、胸の痛みがまして、アーレフは叫んだ。
…思い出せ、お前の剣を。
「あっ!」
痛みに体を丸める。
浅い呼吸の度に、痛みが酷い。
…もう…死んでしまえば…いい…。
体中の痛みで、死を意識した。
レェードが繰り返し刺す剣の痛みに朦朧としているアーレフに、
…俺を呼べ…
と、低い声が、呟いた…あれは…。
「ソ…レス」
思い出した名前を呼んだ瞬間、強烈な胸の痛みに、頭の中が真っ白になった。
「あああ−−−−っ」
もがき、指先には、首から胸へ掻きむしった血肉が、こびりついた。
ごぼごぼと、口から血を吐き、暗闇が血に染まる。
広げた右手に破滅の剣がやってきて、アーレフはザン…と一撃、真横に刃を引いた。
「消えろ、アルカディアの亡霊よ」
レェードの胴体は真っ二つになり、アーレフはふぅっ…と溜め息をついた。
…息が出来る…。
アーレフは胸の痛みが消え、息のしやすさに、深い息を吐く。
「…うっ」
そして目を閉じ再び目を開けると、漆黒の帳…黒絹の寝台に横たわり、ソレスが不安そうに見下ろしていた。
「ソレス…」
「ああ、アーレフ。まさか黒い悪魔が破滅の領域に来るとは思わなかった」
深い息をつくアーレフは、ソレスに抱き起こされ嘆息する。
体を起こすと目眩がして、どれくらい眠っていたのか…時間の感覚はない。
現世の時間とは違う時間が流れているのかも知れないと、アーレフはぼんやり考えた。
肩から落ちる髪が黒に染まっていた…破滅の子どもと同じ漆黒に…。




