姉弟の邂逅
アテネーはアーレフの頰に手を差し延べる。
「なぜ…俺の名を呼ぶ…姉は…姉上は…レティーシアは…黒い悪魔の手にかかり…」
動揺するアーレフの手から剣が消え、その手がレティーシアを抱きしめる。
「オリヴェールが助けてくれたわ…ああ…アーレフ…背が伸びたのね…昔は私より少しだけ小さかったのに…」
アテネーは政務室でアーレフとオリヴェールの戦いを見下ろしていた時に、貴族たちに割り込まれしたたかに頭を本棚で打った。
アルカディア国の書類をあらかた持ち逃げした貴族に放置されたアテネーは、雨の中神官に頭を殴られ北の主城壁の穴に人柱として投げ込まれたことを思い出し、震える足で階下を見る。
「アーレフ…」
忘れもしない豪奢な黄金の髪、そして助けてくれた優しき愛すべき皇子。
「だめ…だめよ…破滅の剣をつかっては…」
震える足で部屋を出て走り出したのだ。
「生きて…いた…レティーシア姉上…」
レティーシアは天を仰ぐようにして、それから、アーレフを見た。
優しい眼差しで、そしてゆっくりと口を開く。
「あなたに…破滅の剣を抜かせたのは…私なのね…。過去も現在も…義理父から言われていたのに…アーレフを守るように…破滅の剣を出さないようにって…」
声にならない嗚咽を繰り返し、ほんの少し小さなレティーシアはアーレフの胸元で涙していた。
「アテネー…」
黒雷の影響があったのか、蹌踉めくオリヴェールが記憶を取り戻したアテネー…レティーシアに声を掛ける。
「オリヴェール…私の命の恩人…私の愛する人…私はレティーシア…レティーシアです」
「ガリア風の名前も…よく似合っている…。私はあなたに…あなた方に従う」
アーレフから離れ、オリヴェールを抱き起こし寄り添うレティーシア、それをアーレフはじっと見ていた。
縋り付くようにレティーシアはオリヴェールの手を握ると、安心したかのように目を閉じる。
静寂が城内を包み込んだ。
「さてさて。とりあえずシリウス、勝どきを」
クレタ公が、シリウスの肩を叩く。
「どう勝どきを宣言しろと?」
「アルカディア王国は停戦した。我々の勝利だ!…と」
そのままの勝どきは歓声となり第一城壁まで渡り、ペルシャザルとキネーンは抱き合って喜んだ。
戦場から逃げ出した貴族と王族を城庭に出し縄を打つと、バビロン本軍に伝令を飛ばす。
「アルカディア王国がオリヴェール皇子側近、カロルでございます。私になにか?」
城庭に連れ出されたカロルは頭を下げた。
そこに黒く煤に汚れたオリヴェールが現れ、
「マケドニア軍と抗戦中のアルカディア軍ならびに、バビロン軍に対峙するためのアルカディア軍の武装放棄を命じる」
と宣言する。
「は…はい!」
カロルはちらちらと周りを見て、静かに言った。
「しかしながら…貴族の方々が納得されるでしょうか…」
貴族が第二城壁へ数珠繋ぎで連行されていくのを、横目で見た。
「そうだな…」
そこに行商で見たことのあるイオリアスの商人が出てくる。
「マケドニアはすぐに本国に帰る。ラコニアが進軍を始めるからな。そういうように情報を操作した。バビロンも進軍しているわけではない。このアルカディアを捧げると、この地を引き換えしているのだ。全てはオーロリオン将軍の策だ」
クレタ公はそう言いながら、カロルの縄を解いた。
そして、
「アルカディアは腐敗政治と恐怖政治でおかしくなった。私ら海の民はもっと自由に暮らしたかったんだよ。だから、あとは知らん」
と言いつなげる。
カロルは力無くうなだれた。
「正式な命令書を出さないと…オリヴェール皇子、政務室にお越しください」
オリヴェールとレティーシア、そしてアーレフはカロルに着いていく。
がらんとした城には人はいない。
カロルが羊用紙に書き綴り、確認をしてから、クレタ公は伝令を探しにいく。
「閣下、無茶はなりませんぞ」
と、言い残して行く。
レスボス公が去った後、
「…これでアルカディアは…この国は終わりなのですか?オリヴェール皇子」
と、カストルは呟いた。
「奴隷による国造り…奴隷による国の維持、力による支配は…終わりにしよう、カロル」
オリヴェールの静かな独白とも言える言葉を聞いていたアーレフが、急に顔を上げる。
「終わりなどない!」




