アルカディアの王
アーレフはクレタ公に呼ばれた。
「将軍、アルカディア兵が少な過ぎる。衛兵に毛が生えた程度だ。多分城に…」
アーレフは薄く笑った。
「守りに入るか…アルカディアらしいやり口だ。城を攻略するぞ。武器を持たない我が奴隷仲間を集めてくれ」
トラキアからの森の道を駆け抜けた王軍は、裏城門から城に入り込み、オリヴェールは軍衣のまま、広間に入った。
「戦況は?」
アルカディア駐在軍長の貴族が、内容を読み上げる。
「なあに、奴隷達の反乱ですよ。すぐに収まります」
と、笑った時、咆哮のような怒号が起こり、第二城壁への侵入を許したのだ。
「ああ…私の屋敷が…」
貴族はへたへたと座り込み、頭を下げる。
「動きが早い…。カロル、第二城壁の兵を下げさせろ。城門で兵の再編制を」
貴族が縋り付いて来た。
「兵を下がらせるなど、私の屋敷は…妻と娘はどうなるんだ」
オリヴェールは言い放った。
「奴隷解放軍将軍なら、なにもしまいよ。私の言葉が信じられないなら、自身で救いに行くがよかろう」
貴族は肩を落とす。
「殿下、港衛兵隊及び、第一城壁兵隊、全滅。第二城壁兵隊、二割を救出、後は殲滅されました」
広間の貴族と王族がざわついた。
「次は、私が出る」
オリヴェールは立ち上がった。
久方振りに会ったアテネーを伴って、母王の部屋を訪れたオリヴェールは、第二妃から受けていた毒が残り、伏せりがちな母に膝を着いた。
「母上、神女様と共に、母上の郷里にお下りください」
母が首を横に振る。
「母は…ここに…おりまする」
と言っても、もはや体力は失われ動くこともままならない状態だ。
若かりし頃は聡明な容姿を持っていた母は、見る影もなくやつれ髪が抜け、床に休んでいた。
「神女様…貴女は…本当にアーリア姫様によく似ておいでです」
オリヴェールは母の涙を拭った。
「母上…?」
母はかつての情熱的な瞳から、一筋の涙を零す。
「第三王妃はガリアから来た十四になる姫でした。黄金の巻き毛と金の瞳を持つ…美しい…姫君は…王の子を…」
オリヴェールは母王を見下ろした。
「母上…?」
「わたくしも隠し扉から…見ていました、正妃として。月が満ちた時に生まれたのは…女児、月が消えた時に生まれたのは男児…」
オリヴェールは朦朧とする母の頬を軽く打つ。
「母上、お気を確かに」
「大神官のお告げは…アルカディアでは絶対なのです…だから…わたくしは…二人を連れたガリアの騎士とノームを逃すだけ…しか…」
そして瞳を閉じた。
「王妃様…オリヴェール様…王妃様が…」
アテネーを抱きしめ、
「誰かあるっ。母御前はお眠りだ」
アテネーを部屋から出し、今一度部屋に戻り、
「母上…神の道をお渡りください。今は開いていますゆえ、外に出られます」
地下の神の道を指示する。
「母は…捨て置きなさい」
しかし侍女に言い渡すと、母王に一礼をする。
「もし…もしも…第三妃の子どもならば…破滅を招く…金の瞳…あの者と戦ってはなりません…」
昏睡したはずの母が、背後かオリヴェールに声を掛けた。
「何故です、母上」
母は唇を噛み締める。
「あの者…破滅です。やはり神託は正しかった…」
「母のあなたがそのような…。神託…大人の都合…そんな身勝手なもので、私たちは弄ばれ、この事態を生んだのです。彼には罪はありません。私たちアルカディアそのものが、罪なのです」
王母は泣きながら首を横に振る。
「それでも、母は…あなたを失いたくはない。アルカディアの王は、あなたなのです」
オリヴェールは揺るがなかった。
「あなたは…戦っては…いけない…逃げて…逃げなさい…」
死が充満した城で、救うべきなのは…。
「母上、私は…神女様を…アテネーを愛しています。彼女は私を待っているのです。だから…」
動けない母に向き直り、オリヴェールはその涙を流す頬に唇を寄せた。
「もし…アテネーが第三妃の子どもだと言うならば…オーロリオンがそうであると言うならば、受け止めてきます。それが私の責任です」
言葉を切り、母を一度抱きしめ、
「母上、御息災で。アディオス…」
オリヴェールは母の手を振り切り、歩き出した。
「おお…オリヴェール…。全知全能なるゼウスよ、戦いの神アポローン。お助け下さい」
泣き崩れる母の声を聞きながら、アテネーを抱きしめ戦場へ向かう。




