エフェリスの奪還
シリウスは荒い息の中、既に息絶えたレーダーから剣を抜く。
アルカディア軍伝令の兵士達は、アーレフの前に膝を付く。
「ご苦労だった」
「は」
アーレフが労うと男達はアルカディア兵の恰好を解き、赤の布をかけた。
「将軍…これは…」
座り込むシリウスに、アーレフは
「二人はクレタ隊だ。レーダーの隙を作るためのな。昨晩、リーリアムに聞いた。私怨があると、剣が鈍る」
確かに…冷静さは欠けていた。
踏み込みも甘く、単調は攻撃のみ。
「あとは、タイミングだが、ミゲル隊は二重の意味でよくやってくれた」
シリウスは顔を上げる。
アーレフは…こんな顔だったか?
大人び、思慮深い、それでいて黒百合のような色香が漂う。
「得意のガレーでは勝ってもらわなくてはな、シリウス。忙しくなるぞ」
勝どきと喜びが沸き起こる中、奴隷解放軍に死者がでており、死者を弔う土山が作られていた。
レーダーには敬意を表し、シリウスが穴を掘り、土山に埋めた。
あとの隊の死体はまとめられ、鳥に食べられるままにしてある。
連戦で疲労した兵士達は、座り込みうたた寝をしているものも多く、アーレフはシリウスとリーリアムと共に、騎馬で港に向かった。
シリウスにとっては、懐かしくも、苦くもある港には、ガレー船が二十ばかりあり、兵士達はそれぞれが積み荷を降ろしている。
「おお、アーレフ…いや、オーロリオン将軍。精悍なお顔になりましたなぁ」
アーレフに気付いた、クレタ公は片膝をついて礼を取る。
アーレフを目上と認めた儀式に、ガレー奴隷兵士が平伏した。
「アルカディア軍としての働き、大儀であった。次は奴隷軍として動いてもらうぞ」
「はっ」
クレタ公はにやりと笑う。
「ご指示通り、エフェリス式ガレーばかりせしめてきました」
アーレフは頷いた。
シリウスとリーリアムは訳がわからず、アーレフに説明を求める。
「今までアルカディア軍として見せかけ、海峡戦をしていたんだ。おい、積み荷を運ぶぞ」
港の馬車を借りて、積み荷を奴隷軍まで運んでいく。
馬車を自ら動かしながら、クレタ公が肩を竦めながら、話し始めた。
「クレタ隊は、エジプトとラコニアを押し戻すために、アルカディア軍にいたんだよ。アルカディア軍を分断して、戦力を分散させるための、将軍の策だ。しかし、敵国に乗り込まれてはならないし、しかも、『レーダー隊との戦いと同時進行で、勝て』と、伝令が来たときには、参ったよ」
クレタ公は大袈裟にため息を着いた。
「無茶苦茶は承知だが、公ならできると思ったのからな。しかも名将の虚を突くタイミングもなかなかだった」
アーレフは金の髪を靡かせて笑った。
ミゲル隊の鳩はクレタ公の元にも飛び、見せかけはアルカディアガレー軍として、このエフェリスへ来た。
もちろん最悪、陸に上がりレーダー隊の討伐をするためにだ。
「さあ、シリウス。今度はガレーによるアルカディア軍追撃だ。エフェリス水軍の力を見せてくれ」
奴隷軍に新鮮な水と食糧が配られ、野営が行われた。
シリウスは幕屋でリーリアムに嫌味を言いつつも、静かな温かい夜を過ごした。
シリウスはガレーでアルカディア軍を殲滅しつつ、イオリアスに向かい、リーリアムは陸路で向かう。
「戦いが終わったらどうするんだ?」
上等なワインを飲んでいたリーリアムが、まだ眠たげな顔を上げだ。
「そりゃあ、アーレフについていくよ。僕の詩吟を完成させる。そうだねえ、文字に残すのもいいね」
シリウスは微かに笑った。
「アーレフはどうしたいんだろうな」
くすくすと笑うリーリアムに
「なんだ?」
と、シリウスはムッとした。
「随分、アーレフにご執心のようで」
「うるせえな」
「シリウスもアーレフについて行きなよ。きっと面白い」
エフェリスに駐留し、サルディス、ミレトスに騎馬隊を分散させ、短時間でアルカディア軍余剰戦力を殲滅した頃。
バビロン軍ペルシャザル国王隊が険しい山越えに成功し、アルカディア国の聖都イオリアスの背後に、たどり着きつつあるとの連絡があり、奴隷解放軍は動き始めた。




