シリウスとレーダー
エフェリスに着いた奴隷解放軍を迎えたのは、アルカディア軍と駐留隊との大隊だった。
エフェリスの平原に広がった軍隊は、奴隷解放軍の約三倍。
「見苦しい奴隷どもめ。抵抗するなら、死、あるのみだ」
レーダーは壮年の痩躯を甲冑に包み、白馬に跨がっていた。
手には長い槍を持ち、見せ付けるように前に差し出した。
「アルカディアの名将とやらは、槍使いか。シリウスは左翼、リーリアムは右翼。俺は中央から、挟撃するぞ」
アーレフは指示を出した。
「オーロリオン将軍に続け−−っ!」
シリウスの怒声に、怒号が響き渡る。
アルカディア軍は紡錘陣形で、正面突破を狙って来た。
アーレフは左翼、右翼と騎馬隊を展開させ、アーレフ自身が正面を、歩兵隊と共に、時間差で突入させる。
「馬を狙えっ!」
左翼、右翼は、馬を攻撃し、落ちた兵士を、歩兵隊が槍でついていった。
全てを殲滅しなければ、イオリアスに予備兵力が投入してしまう。
アーレフは先頭で兵士を切り倒していった。
黒剣の刃が煌めき、血飛沫が上がっていく。
絶命した兵士隊が折り重なった。
「抜けたぞ、リーリアム、第二陣形!」
シリウスが大声で指示をだす。
「わかったよ!みんな、おいで」
左右の騎馬隊は、紡錘の端に到達し、外に広がる展開を見せた。
歩兵隊も呼応し、外に向かって一気に走りだし、アルカディア隊を円に包囲する。
そして、鉄の槍を天に翳した。
「構えろ」
半分に減ったアルカディア隊の中に、エレフは血に濡れた刃に吐息を乗せる。
刃が煌めき雷を点し、剣を真上に振るった。
黒雷は兵士の鉄の槍先に走り、それをアルカディア兵に一斉に向けた。
バリバリと空気の裂ける音がして、アルカディア隊はうめき声と共に倒れていく。
取り囲んだ兵士が全て感電死して、焦げた臭いが戦場に蔓延した。
八割方をたった数時間の戦闘で失ったレーダーは、蒼白な面持ちで無傷に近い奴隷解放軍を見つめる。
「黒い雷鳴…あの時の…レェード国王を死に至らしめた、神の眷属か…」
レーダーの言葉には無言で、アーレフはわずかばかりになり、横広になったアルカディア隊に凄惨に笑いかける。
「私はレーダー。アルカディア国王の側近である。奴隷解放軍将軍、貴殿に一騎打ちを申し渡す」
レーダーは馬を降りて、叫んだ。
「では…応じよう。ただし、こちらはシリウスで」
シリウスは騎馬から降りて頷く。
エレフはシリウスに耳打ちをした。
「何があっても、レーダーに集中していろ」
レーダーは槍、シリウスは剣の対決になった。
槍の間合いに割り入ろうとするが、レーダーの強肩に弾き飛ばされた。
二人の刃の重なる音のみが、戦場に響いていた。
槍の突きを交わしながら、低い位置から剣を突き立てようとするが、槍の柄でいなされる。
「その太刀筋、エフェリス王家の者か?」
レーダーは肩で息をしながら、シリウスに問うた。
「妃の兄で、王の友だ」
シリウスは剣を振るった。
太刀筋が同じなのは、同じ騎士…シリウスの父から教えを受けたためだ。
「エフェリス王の太刀は軽かった。若造、お前も踏み込みが甘い」
槍が脇腹を掠める。
「ちっ」
激昂しつつシリウスは剣を振るうが、ただ、純粋にレーダーは強かった。
槍を持つ隙の無さに、時間だけが過ぎていく。
シリウスのずっと背後から、鳩が飛び立った。
それを合図に、シリウスは剣を下から上げるように振るい、レーダーは足元を掬われて、たたらを踏む。
切っ先はレーダーの足を掠めるるが、剣を槍先で止めた。
「レーダー様っ!」
アルカディア軍の早馬が、二騎程走って来た。
「レーダー様っ、アルカディア軍ガレー隊が、ラコニア軍とエジプト軍を撃退されましましたっ」
レーダーがその伝令に視線を移した瞬間、シリウスは槍を交わして、懐に飛び込み、剣を突き立てた。
鉄の刃はレーダーの腹から上に向けて、背中から突き出る。
「馬鹿…な」
槍が手から落ちる。
「レーダー様っ!このっ」
見守っていた兵士達が、シリウスに剣を向けた。
すると早馬で来た男達が、アルカディア兵に一斉に切り掛かったのだ。
それを契機に、シリウス隊が前に出て、残りの兵士を殲滅した。




