シリウスの故郷
奴隷解放軍はアナトリアから山道を降る形で、海沿いの滅びた国エフェリスに向かう。
一方バビロン隊は増援しアルカディアの山を越えながら、聖都イオリアスにひそかに向かっていた。
レーダー軍とは奴隷部隊のみでの対峙となる。
新たに軍に加わった奴隷達に槍を持たせ、ゆっくりと進軍した。
「レーダー隊はエフェリスの布陣を解く様子はありません」
ミゲル隊からの情報に、疲弊も見えた徒歩の奴隷達を気遣い、野営とした。
干し肉を食べ、ワインが振る舞われ、焚火の回りに集まりが出来た。
リーリアムは竪琴を片手に、アナトリアで作った歌を歌わされ、いくつかの焚火を回る。
アーレフはミゲル隊と情報作戦を練り上げ話し込み、さらに各隊の長も新たな戦力になった奴隷達と語らっている。
そのどこにもシリウスがいず、シリウスは隊から離れた、木の遮りの切れた岩場に座っていた。
「シリウス、ワインはどうかな?」
リーリアムは背後からシリウスに近寄った。
「ああ、リーリアムか…」
岩に座っていたシリウスは杯を貰い、ワインを満たして飲み干した。
目下に開けた向こうに、海が見える。
「あの海沿いにエフェリスの城があった。小さな国だったが、俺の親友は王で、俺の妹が妃だったんだ」
今は瓦礫の城にアルカディアの駐留部隊がのさばり、村人はアルカディアに麦とオリーブを送るだけの、農奴となった。
シリウスは杯を煽る。
「アルカディア王軍が陸、海と攻めて来て、海は俺達エフェリス水軍が征した。陸は…全滅したんだ。その時の将軍がレーダー」
シリウスは言葉を切り、杯を重ねる。
「王は弱い男ではなかった。簡単にやられる男ではなかった」
捕まりアルカディアで妃と共に首に縄をかけられ、シリウスはぶら下がる二人をただ惨めに見上げていた。
「妹は…腹に子どもがいたのに…」
木の杯を握り潰さんばかりに、両手で掴む。
「俺は…レーダーに勝てるのか…」
「勝てるでしょ、そりゃあ」
リーリアムがさらりと言った。
「我々には『黄金の獅子』と恐れられるアーレフがいて、戦いのために集まった仲間がいる。あなたの後ろには勇猛な部下が、そして僕らもいる。大丈夫だって」
にこにことリーリアムは笑う。
「おまえ、酔っているのか?」
シリウスはリーリアムに詰め寄る。
「どうだかねえ」
リーリアムも杯を重ねた。
「俺の…家族のために鎮魂歌を願えないか?」
杯の手を止めて、リーリアムを見た。
「いいよ」
リーリアムは自分の唇に指を押し付け、風に流すように竪琴を弾き始める。
悲しい…切ない…曲調は…どこか懐かしく…。
「最初、お前がアーレフと戦わないかと誘ってきた時は、別にどうでもよかったんだ。適当なところで脱走して…と考えていたんだぜ」
何もかも投げ出したくなっていたシリウスは、船に残ったリーリアムから砂金と共に話しを受けた。
「それなのに…今や軍を率いているわけだ」
「それはお互い様。僕だって、竪琴を剣に変えているわけだし…」
歌に酔いしれて、シリウスは立ち上がる。
「勝ちたい…勝ちたい…勝ちたい!」
シリウスは赤茶に焼けた黒髪に手を入れて、がしがしと掻きむしった。
「勝つよ。僕たちには最強の黄金の獅子がいる」
「そうだ、オーロリオン!オーロリオンがいる!うおおおー!」
「うるさいなあ、もう」
シリウスは獅子の真似のような咆哮をし、自らを鼓舞した。




