竪琴(リラ)弾きのリーリアム
「どうして…お前がいるんだ…リーリアム…」
神殿奴隷の家は石造りの小さなものだったが、裏に小さな畑もあり、仕事の合間に耕したり、放し飼いの鶏の卵を取ることもある。
複数人で利用していたが、個室もあり、アーレフのような神殿警護用の奴隷には個室が与えれていた。
「さあさあ、もぎたての野菜と、リーリアム特製鶏の卵スープだよ」
「…あ、ああ…。じゃない!なぜ、ここにいるんだ!アルカディオン…で別れて…」
アルカディオンと言う言葉はひそめ、扉を閉めて小さなろうそくの灯りに浮かび上がる金の肩口までの綺麗な巻き毛と地中海の甘い青の大きな瞳を見下ろす。
「アルカディオンでは、お互いに頑張ったよねぇ。レティーシアちゃんを女神神殿に届けて、撹乱の為に逃げて逃げてさあ…」
「じゃあどうして…」
「まあ、座りなよ、アーレフ」
自分の部屋のはずだがどうにも居心地が悪くなるのは、おおらかな旧友に会っているからだろう。
「僕はアルカディオンから逃げ出して、故郷まで帰ったんだけどね…アクロポリスはあちこち荒廃しちゃってて…町は…親はいなかったんだよ。唯一のお宝。家宝ってやつかなあ」
リーリアムが腕に抱えていたのは六弦の竪琴で、無垢の木に金の打ち込みがレリーフのように飾り立てられ、宝石が散りばめられている。
「さすがに奴隷には戻れないし、吟遊詩人として食べているんだよ。世の中の親切な人が山岳神殿に職を紹介してくれて…」
出会った頃から能天気な温かな内海の富豪の息子らしい言葉に、アーレフは深く深くため息をついた。
「ここは神殿奴隷の住処だ。お前、騙されて売られたんだ」
自分で作った晩飯を咀嚼していたリーリアムがぶはっ…と吹き出した。
「え…ええっ!」
「今日は寝台をくれてやる。自分の身の振り方を考えるんだな、リーリアム。お前なら神殿楽師として生きていけるし、多分そのつもりで売られたんだ」
「そんなあ…。まあ、この美貌だからねえ」
「言っていろよ」
と、鼻で笑いながら、もぎたての野菜と新鮮な卵スープとパンの食事にアーレフも満足し、リーリアムには寝台を貸して、アーレフは片付け物をしてから、床に敷き藁を合わせて横になった。
あの夢を…見なければ…いいと願いながら。
奴隷時代…互いに別の場所から連れてこられ、アーレフとリーリアムは出会った。
神殿作りのための石運びは、奴隷の仕事では一番厳しい仕事だった。
アーレフは双子の姉と共に山から父と引き裂かれ連れてこられて、リーリアムは歌いながら海でのんびりと物見雄山、荷物運びの船に乗り込んでいたところを海賊に捕まり奴隷として売られたのだ。
「手を抜いてやれよ」
「うるさい、話しかけるな」
お互いを意識しながら無言でいるしかなかった日々、アーレフは眠りに悲鳴を添えていた。
闇に…暗闇に吸い込まれ、暗闇の何かに囁かれる。
………黒二染マレ………
と。
リーリアムがこっそり手を握ってやると、夢を見ずに寝られるらしく内緒で笑ってしまった。
何十人か集められた小屋は狭く汚かったが、食事だけは豊富で、奴隷たちは次第に来たことすら喜び合う。
しかし、アーレフとレティーシアが、奴隷たちが作っている城壁の下の人柱になる寸前、頭を殴られ意識を失ったレテーシアを連れて逃げた。
人柱にされるために…奴隷にされた少年と少女と、彼らを見守るようにリーリアム。
捕まった日から逃げ出したあの日まで、二人と少しだけ寄り添うように生きていた。
「そっちのがいいなあ」
「来るな」
アーレフの言葉を無視してリーリアムが転がり落ち、床の麦藁に身を載せた。
「…リーリアム?」
リーリアムは手を握ったまま、白い八重歯を見せた。
「まだ声が…聞こえるの?」
アーレフは頷いた。
「どうしても憎悪が…憎しみが抑えきれない…」
石を運ぶ辛い奴隷時代。
アーレフは良くも悪くも目立ち過ぎた。
灼熱の中でも白く輝く肌に、黄金の瞳と髪はまるで神々のようで、神官たちの目端に届き、姉のことをちらつかせることが、アーレフの心を揺することを神官たちは知っていた。
「奥神殿か…神官を僕の竪琴でたらしこんだら連れて行ってあげるよ。構造だけ分かれば入り込めるよ」
ぽろろ…んと爪弾くまるで巻き貝のような美しい流動型の竪琴は、貴族の持ち物足らん見事な形状で、神が落としていった物かもしれない優美さを感じさせる。
アーレフはリーリアムに驚いてから後ろ向きに微笑んだ。
「…助かる」