破滅の剣
温かく慈愛に満ちた…神が愛した楽園と謳われるアルカディア王国は、支える者の苦しみを知らない…。
「王や神官は知らなくとも良いのだ」
そう言って、笑う輩は死に値する。
知らぬは罪なのだ。
アルカディアを…国を支える為に、どれだけの犠牲があるのかを。
だからこそ…滅びと手を組む。
「今の俺は破滅の剣そのもの…それでも…か?」
レティーシアの恨みを…苦しみを晴らすためなら…破滅とでも、手を組もう。
アーレフはソレスの手に手を添える。
ゾクリ…と、背が粟立った。
「え…」
鼓動が跳ね上がる。
手を引こうとしたが、そのままソレスに引き寄せられた。
「俺を受け入れろ、アーレフ…我が主人」
その囁きに肌が震える。
体が…細胞が…彼を求めるように。
「闇の帳を…ささやかな褥を…」
子どもたちの詠唱に、暗闇に柔らかなヴェールの天蓋幕がひらめき、黒絹の褥を作り出す。
「同じ…ソレスの瞳だ…」
黒の褥に横たわりアーレフはソレスの顔に手を触れる。
「そう…同じ…我らは同じ時を生きている…」
口を深く割られる。
長い黒髪がさらりと揺れた。
アーレフの金の髪と混ざり合うそれさえ体を震わせる。
「あ…はぁ…っ」
接吻で流れ込む力は強烈な痺れを生み、動かないアーレフは荒い息をつく。
さらに素肌に触れられ、鼓動が跳ね上がった。
「逃げるな、我が主人よ。俺を…俺たちを受け入れろ」
ソレスの指先がアーレフの服を剥ぎ、子どもたちも寄ってくる。
どこを触れられても、それは力という強烈な快楽しか紡いでこない。
快楽は純粋な力だ。
全身の細胞が力を求めていた。
「あ…ああ…」
意識が持って行かれそうになりながら、力を貪る。
黒絹に素肌を晒し身をくねらせる肢体は、弓なりに背を反らせた。
「ああああっっ…」
肩で息をするアーレフの様子を、暖かい眼差しでソレスが子どもたちと見つめていて、その眼差しすら背を震わせる。
「俺の名を呼ぶがいい。破滅の名だ」
アーレフは黒い力の満ち溢れる世界の中で、
「ソレス…我が剣…我が力…」
と譫言のように繰り返す。
「そうだ、名を呼べは、俺は具現化する。お前の刃となり力となる」
力が満ちた肢体をソレスは黒絹の衣で包み、アーレフの髪に口づけをする。
それすらぞくり…と背中がざわめき、アーレフは立ち上がった。
力を…使いたい…と本能が囁く。
破壊し、なぎ倒し、ひれ伏せさせる、レティーシアを奪ったことを悔やむ前に、消滅させてやろう…と。
「破滅の力は強大だ。少し定着するまで、ここにいた方がいい」
アーレフは渋々頷いた。
アーレフはひやりとした黒絹の柔らかな寝台の中で、金の瞳を開けた。
うたた寝をしていたらしい。
「アーレフ、目が覚めた」
寝台の脇に座っていた子どもに、アーレフは驚き跳ね起きる。
黒の髪の長い子どもが立ち上がり、ふわりとお辞儀をする。
「話しを聞いていい?」
黒の髪の短い子どもが座り込むと、小首を傾げお辞儀をする。
「アーレフは海の匂いがする」
「アルカディア国は海を持つ国だからな」
二人の子どもは同時に声を上げた。
「海!ガリアは草原ばっかりだった」
「僕は生まれてすぐに首を落とされたから、知らないや」
アーレフと同じように破滅の剣の鞘として生まれたガリアの子どもたち。
「アーレフも太陽が隠れた瞬間に生まれたんだよね。僕らと同じように」
「アーレフは幾つ?」
さらに子どもたちは増え、アーレフを羨望の眼差しで見上げる。
「十五になった。ねえ、ソレスは?」
アーレフは黒絹の寝台から降りて、部屋を歩いた。
暗い空間…青白い炎が、鉢にあちこちに掲げられ、黒曜の床を照らしている。
扉が幾つもあり、その一つから音が聞こえた。




