闘いの序曲
「おい、アーレフ」
「アーレフ、大丈夫?」
アナトリアから出て東に向かった草原に幕屋を立てた奴隷解放軍は、一旦立ち止まり陣を立て直していた。
「ん…?」
アーレフはシリウスとリーリアムに声をかけられ、目を開ける。
疲れのため座ったまま眠っていたらしい。
「よかった…」
アーレフの目の前には、厳つい褐色の肌と赤茶の癖のある髪を縛ったシリウスと、常に優しげな表情に、金の瞳、金の透けるようなふわりとした髪を肩まで伸ばしたリーリアムが、心配に眉を歪めていた。
「シリウス、リーリアム」
昼の太陽が陰を短くしていた。
「心配したよ。声を掛けたのに、幕屋から出てこないから」
シリウスが遮った。
「アーレフ、お前…王族…か?」
言い放って、アーレフの前に座る。
「あの黒い悪魔が話していたが…その…お前はどうなんだ?」
アーレフは静かに頷いた。
「ピンとこないが…そうらしい」
シリウスはアーレフの胸元を指差した。
「やはりか……お前の不思議な剣…それが答えだな。神々の末裔と言われるアルカディア王国の血筋を引くからじゃないのか?」
胸に手を当て発光と共に白銀の剣を出す。
柄の下が少し黒ずんで見えるのは気のせいだろうか…。
「アーレフ、よく聞いて」
リーリアムは困ったような顔をして唇を開いた。
「君は…アルカディア王国の王族…王の子だ」
「それは、俺には関係がない」
剣をアーレフは手の中から消滅させた。
「奴隷解放なら、アルカディア王国の新国王に進言する形でうまくいくかもしれないだろう?君を焚き付けたのは僕かもしれない。シリウスを仲間に引き入れたりしたのも僕だ。でも、君が王族だなんて知らなかったから…その…」
「俺は…姉上を奪ったソレスを殺したこの国自体が許せない」
シリウスがリーリアムの肩を叩く。
「でも、アーレフ…」
リーリアムは悲しみを湛えた瞳で、アーレフを見た。
「同族殺しは…家族殺しは…罪が重いよ…」
アーレフが立ち上がり、リーリアムの肩を抱き寄せて、よく響く声でささやいた。
「レェードは俺が倒した。一つの脅威は去ったが、奴隷は増え続ける。アルカディア王国が有る限り」
「アーレフが…全てを背負うことはない」
リーリアムはアーレフの年若い背中を抱きしめるため、手をのばした。
「レテーシアが…ソレスが…父が…母が…死んだのは、無にはならない」
エレフは泣きそうな表情をして、今度はリーリアムの胸を押し返す。
「俺は…どうしてもこの国を許せない」
「そう…」
リーリアムとシリウスは二人して頷いた。
そう…受け止めると、心を決めたのだから。
彼自身も含めて、アーレフをまるごと受け止める…と。
アーレフの金の瞳を幕屋の向こうの、空虚な空に向ける。
「だから、俺は戦う」
「ああ…」
「うん」
それは闘いの序曲。
三割方減った奴隷開放軍は、班を再編制して、アルカディアの端、アナトリアを出た。
あっさりと、呆気なく、木櫓を越えて、山道を行く。
「アーレフ、どこへ」
今まで押し黙っていたアーレフが、シリウスの問いに答えた。
「バビロンに向かう」
シリウスは呻いた。
「しかし、アーレフ。いくら落ち目とはいえ、相手は一国だ。そう簡単には…」
アーレフは微かに笑った。
「バビロンの皇子に面識がある」
夜を野営し、朝からしばらく歩くと、開けた土地に出た。
木と石造りの簡易的な城があり、テントが幾張りかある。
アナトリアから一昼夜程度のところに、バビロンの駐留があった。




