オーロリオンの目覚め
「ガリアではノームも怖れるアーテーの魂を身に宿した子よ。お前は破滅を呼び、その身の剣は人の魂を取り込む。ここで復讐なんて考えずに、私たちとガリアに行かないか…」
育ての父の言葉は耳には入るものの胸までは降りず、 アーレフは首を横に振った。
おのれにアルカディア王国の血が流れているのが許せない。
あの黒い悪魔と同じ…しかも、姉を…レティーシアを贄にした血脈だ。
「俺は…この国を…アルカディアを許せない…許せないんだ…」
と、途切れ途切れに告げた。
そう…どうしても…。
「アーレフ、怒りを沈めて」
育ての母に抱きしめられ、しかし頑なな心は拒絶した。
「アーレフ、お前の叔父でありお父上であったイーズ様は…最後はお前を守ってくれたのだ。それを忘れないでくれ」
アルカディオスから一番遠いやまの中で、静かに暮らしていた達を襲ったのは、レェードの道具にするため。
レェードは王位を剥奪され、調べ上げ、そしてアーレフとレティーシアという手駒を持ち、人柱として自身の地位を揺るぎないものにしたかったのだ。
レェードさえ手を下さなければ、レティーシアもアーレフも何も知らず幸せに生きたのだ。
「お前を止めようとはもう思わないが…何もかも終わったらガリアに来なさい。私たちはアーレフを待っているよ」
ノームの道を歩いて行くから大丈夫と、ノームの愛しき家族はみんな消えて行く。
「アディオ…アディオ…愛しきアーレフ…」
アーレフよりも背格好の小さな育ての両親が泣きながら洞穴へ入り、その口を土と瓦礫で塞いだ。
まるで昔からただの山であったかのような草はらをぼんやりと見ていると、リーリアムが二頭の馬を借りて来て上がって来た。
「ノームの人々は?」
「彼らは……旅立ったんだ。さあ、早く運ぼう」
彼らにはすでに準備が出来ていたのかもしれない。
生きてアーレフが帰って来た瞬間から、彼らの時は動き出したように感じる。
足早に山を下ると、シリウスたち少数精鋭に町に来るように告げ、町まで馬を走らせた。
第一城壁で一旦陣形を立て直すはずで、レェードを誅殺するには、ここしかない。
鞍をつけずに走る裸馬を器用に操り、愛おしい姉を想った。
愛おしい、守りたいと思ったのは、同じ父母から生まれた姉弟だからなのか。
妹の…友の…奴隷達の…全ての痛みを憎しみに変えて闘おう。
「レェードを…殺す」
殺意を口に出した。
優しく不器用ではじめて心安いと思った心友を戦場に引きずり出し苛くも殺したレェードを許せはしない…。
神聖都市アルカディオンでは、反乱奴隷討伐の準備が進んでいる。
第二王妃と大神官の『病死』は内々に処理し、レェードの文官を中心に、表面上はアルカディア王国は維持されていた。
大臣、貴族のいくばくからは、レェードを排斥し、オリヴェールを王にと、側近であったレーダーに話し掛けてきた。
レーダーは
「レオンティウス様がお決めになられます」
と、頭を下げただけだ。
「レーダー」
王殿の壁にかけてある剣を取りに来たレーダーは、オリヴェール派の元老に礼をした。
「アレクサンドラ王女からの親書をお持ちしたのだが…オリヴェール皇子がいないとは…どういうことだ」
アポロニア都市国家大使として赴いていたイーリウスが、レーダーに立ちはだかる。
「イーリウス様、ご心配めさるな。皇子は無事でございます」
「そうであろうとも。オリヴェール皇子はお強い」
武勇で名高いイーリウス直弟子であるオリヴェールが、剣技には長けているのだ。
「ではなく…おい、レーダー」
無言で頭を下げ、外へ向かう。
オリヴェールが無力化されて数ヶ月…オリヴェールは王の庭で散策などしているようで、食事を持って籠られたりもしていた。
今は静かに暮らしていただきたい。
レーダーは伸ばしている髭を撫でた。
「レーダー、どこに行っていた」
レーダーは武具を用意し騎馬隊の先頭にいるレェードに、神剣を渡した。
「王の剣でこざいます」
レェードは目を細めた。
オリヴェールしか抜くことの出来ない聖剣は、鞘から解き放たれ抜き身のままで差し出される。
「ほう…。しかし、馬上では邪魔だ。おまえが持て、レーダー」
「はっ」
頭を下げた。
城に残ることになったイーリウスが、複雑な顔をしているのが見える。
「レーダー殿」
若い武官に促され、騎乗する。
「山岳都市アナトリアに向かう、奴隷どもを殲滅するぞ」
高らかと宣言し、レェードを先頭に走り出した。




