ガリアの紋章
あの日…ソレスが死んだ…絶命に至らしめた夜。
血だまりの中に座り込んで茫然自失のアーレフは、心臓を貫く白刃がソレスの胸に触れる瞬間、足元にいた黒い影がソレスの身体に吸い込まれるのを見た。
サクリ…と軽い振動で骨の隙間をぬって心臓を刺し、活動を終えた肉体から、あの黒い影がソレスになってゆらりと立ち上がる。
「…っ!」
アーレフは血の海に失神するように倒れこみ、ソレスの埋葬に立ち会えていない。
「別れは告げられた?アーレフ」
時間の猶予は夕方…リーリアムが廃墟までやって来た。
シリウスは隊をまとめて下の崩れかけの神殿跡に陣を張り、食事を取らせている。
補給部隊は別のルートを取り複数の隊形で動くやり方は、水軍方式らしい。
「ふうん…ねえ、ここが君のお父上の……」
リーリアムは墓標がわりになっている剣を眺める。
「ねえ!」
ぼんやりとしていたアーレフは、リーリアムに優しく頬を叩かれ、自分が意識を飛ばしていたのだと知る。
「ねえ、アーレフ。この剣…ガリア王族の…紋章があるんだけど…君は…」
「え?」
アーレフはリーリアムを見上げて呟くと、リーリアムに胸ぐらを掴まれ、泉傍の草むらに押し倒された。
「君は…何者?アーレフ…胸から剣を出し」
胸元を触れられ、残ってしまった焼けただれた棒の傷痕をなぞられる。
「…分からない…」
アーレフは掠れる声で呟く。
「しかも…ガリア王族の剣…」
「やめろ!」
と、手で押し退けるが、馬乗りになったリーリアムから逃れられない。
「君は誰だ、アーレフ。僕らは君を旗印に、奴隷解放軍を率いている。黄金の獅子君は何者だ!」
「知るか!俺の方が知りたいくらいだ!」
青い月明かりに重なり合う二人の姿が、泉に映る。
「…何をしているんだよ、あんた!アーレフから退きな!」
小さい子どものような人々に一斉囲まれ、リーリアムは女に剣を突きつけられて、アーレフを掴んでいた両手を挙げた。
「グレダ母さん!」
小さい子ども…いや、ノームを初めて見たリーリアムは、意外にも力強いノームの女に引っ張られ草むらに転がる。
「え、アーレフ、ノームの子ども?」
「馬鹿なことをお言いじゃないよ。あたしは育ての親さ。アーレフ、父さんも来たよ」
グレダの後ろにはグレダと
「ガルダ父さん」
真っ黒に煤けたノームが現れて、まだ小さい子どもたちまでもがやってくると、アーレフとリーリアムの前に剣を次々と置いていった。
「ノーム長から頼まれていた。アーレフが来るときに渡すように言われてな」
次々と持ってくる剣は、百を超えてくる。
「え、え!これ、鉄!すごいよ」
リーリアムが驚くのも無理はない。
武具は青銅製が中心で、強靭な鉄の武具鋳造などお目にかかれはしないのだ。
「アーレフのご友人よ。お持ち下さい」
リーリアムは人を呼んでくるからと、月明かりの道を小走りで下って行き、ガルダがアーレフの横に座った。
「グレダから聞いたよ。我々もガリアに戻る。アーレフ、最後に話をしておこう」
「父さん…」
先ほどまで鉄を打っていたのか黒い顔を布で拭うと小柄なガルダが
「アーレフ、よく聞くんだ」
と前置きをして、アーレフは居住まいを正す。
「お前の母君はアーリア様といい、ガリアのいくつかある王国から人質同然で十四の年頃にアルカディア王国の第三王妃としてやって来た。十六年前、私たちノームもアーリア姫の一つ年下の弟イーズ様に着いて、鉱物資源の多いアナトリアに来たんだよ。イーズ様がお前たちを育てていた『父上』だ」
アナトリアからガリアに鉱物資源を輸送する、それがノームとイーズの役割であったという。
「アーリア姫とアルカディア国王の間にお前たちが出来たのはよかったが、アーリア姫は生来身体が弱く第二王妃の…蛇のような女の呪詛もあり、レティーシアを産んでアーレフお前を産む時には力尽きつつ、しかも月が消えた」
グレダが続けた。
「あたしは姫様のお付きでお産に立ち会ったんだ。満月がいきなり消えて、あたしたちノームも驚いて神々に祈ったもんさ」
育ての父がアーレフの髪を撫でた。
「姫様は命をお前に注ぎ、お前は身体に月の輝きを満たして生まれて来た。ガリア伝説の肉鞘の剣を身に宿して…それがお前だ、アーレフ」
アルカディア王国大神官の突然の神託と、殺されそうになる双子を救ったのはイーズであり、そのままグレダと双子を山中に匿ったのだそうだ。
「その大神官の神託が正しいのかは分からない。しかし、この地方では双子は忌子であると嫌う。さらにアーレフ、お前は肉鞘の剣を持っている」




