奴隷たちの英雄
「私はガリアに医術を学びに行っていて、免れたのです。奴隷として捕らえられても、治療をし今まで生き延びました」
シリウスは肩を貸しているミゲルが、微かに震えているのに気付いた。
他には捕まえる様子は見られない。
とりあえずはシリウスとミゲルを首吊りして、みせしめにするつもりらしい。
子ども達は二人…人柱にされ、生き埋めにされた。
誰も助けられず、自分も捕まった。
ソレスは駄目だっただろうし、
元部下は逃がしたが、部下も奴隷生活の辛さから、沈黙するだろう。
「もし…」
シリウスはにやりと笑った。
「助かったら、ミゲル、お前、俺の主人を診察してくれないか?」
ミゲルはしばらく沈黙して、
「は?」
と、首を傾げた。
シリウスは褐色の顔に、苦い笑いを作る。
「俺の主人アーレフと言うが、胸から剣を出すらしい。手品でなくな」
ミゲルは真面目な顔をして、
「ガリアで…聞いたことがあります。人の身体を鞘に持つ伝説の剣のことを…」
と言う。
さらに、
「本当に…存在するのですか?」
と問い直し、そして、シリウスの顔を見る。
「俺も信じられないが、それ故に我が主人は黒い悪魔に拷問され続けた。どうにも出現はしなかったようだがな」
軽く笑うシリウスに、ミゲルは生真面目な顔をした。
「よかった…冗談ですか。あんなものが出現したら駄目ですよ。ガリアの伝説では、肉鞘の剣は、世界を破滅に導く剣と言われているのですから」
お互いに助かれば本当かどうかわかりますね、と笑う。
もうじき、刑罰を下される檻の中に、兵士が槍でいなした。
「時間だ」
「出ろ」
シリウスは覚悟を決めて、外に出た。
不様に抗って命乞う真似はしたくなかった。
「友よ、冥府で待たせたなあ。今いくからな」
シリウスは思う。
妹の夫で、親友で、戦友だった王よ…。
台に乗せられ、首に縄がかけられた。
奴隷達が集められ、その様子を見せられている。
「ミゲル…」
奴隷たちから声が上がり、子どもが殴られ地面に転がった。
シリウスもしっかりした足どりで、横に列ぶ。
「さて、助けの神が来るか、破滅の神が来るか」
「シリウス殿…緊張が解れます」
茶色の透き通る瞳がはにかんだ。
「いや、俺は至って真面目なのだがな」
我らが死の神の元へ…。
「この者二名、奴隷が分際で、王国に盾突いた罪として、断罪する」
後ろ手に縛られたまま、目隠しもされず、周囲に曝され足元の板が外された。
シリウスは首の気管の圧迫に、息を詰まらせ、縛られた両手に力を入れる。
「ぐ…っ」
ミゲルの息の吸い込みを聞いた瞬間、激しい揺れを感じて、地面に叩き付けられた。
土煙の中、ミゲルも投げ出されている。
遠い城壁に、剣を構えた金髪の少年が立っていた。
「アーレフ!」
剣は太陽に負けぬ発光を帯び、一振りの雷で兵士を薙ぎ払う。
「なっ…」
城壁から飛び降りると、着地にたたらを踏み、奴隷達の背後から来た金髪の巻き毛のリーリアムに助けられていた。
「隊長っ」
部下がシリウスとミゲルの首から縄を外し、手の戒めを断ち切った。
アーレフの声が響く。
「奴隷諸君!諦めるな!俺もかつてこの地で無力な奴隷だった。今こそ剣を取れ!勇気ある者よ、俺は全奴隷を解放する!」
シリウスは雷に絶命した兵士から剣を取り、高らかに掲げた。
「元エフェリス水軍隊長シリウス、あなたにつこう」
シリウスの姿を見て、次々と男たちが集まる。
かつての部下たちだ。
「シリウス隊は、アーレフ、あなたに従う」
ミゲルは金髪の若者をぼんやりと眺めていた。
金の巻き毛を持つ華やかな青年を従えて、若者が歩み寄ってくる。
金の瞳がじっとミゲルを見ていた。
「ミゲル先生、迎えに来た」
「え…?」
「アーレフだ。あんたには世話になったこともある」
ぎらぎらした目の金髪に金の光彩を持つ子供。
神官にいたぶられ、鞭の傷が絶えない…。
「あの時の…アーレフ…」
アーレフは手を貸し、ミゲルを起こした。
シリウスが叫ぶ。
「剣持たらざる者よ、なんとしても生き延びよ。必ず解放しよう」
シリウスは思った。
この瞬間の為に…いや、この始まりの為に、生き恥を晒してきたのだ。
第一城壁の奴隷達から、怒号が響き渡る。
それが合図のように、奴隷たちの英雄は、港外向かった。




