神々の庭の神女
オリヴェールは机を拳で叩いて、寝台に荒々しく座った。
マントを脱ぎ捨て、額を押さえる。
「人柱…?そんなことを許した覚えはない」
そして…。
シリウスという捕らえられた奴隷が言うには、レェードを狙った矢を、国王を引き寄せて楯がわりにした…と。
『国王を盾にする新国王かなんて、誰もついてはこないぜ』
父王に老いを感じてはいたが、けっして弱い人物ではなかった。
レェードにより、アルカディアが軍事国家になっていく…。
オリヴェールは苦笑して、握った拳を開く。
「私に…関係…ない…か」
ため息をつくと、一人待つ彼の人の神庭に伺うためと、石廊下に出る。
気配を隠して隠し扉に触れ、花が咲いた楽園に入った。
アテネーがヒタヒタと裸足で歩いていて、小さな草花を愛でている。
「アテネー、お怪我の様子は」
アテネーがオリヴェールに気づき、ふわりと微笑みかけた。
「オリヴェール」
アテネーをここで匿い続けてしばらく経つ。
傷ついたアテネーは放心状態で、目を覚ました神女に状況を説明した時には静かに涙していたが、どこか虚ろだった。
神女であったことも名前すら忘れてしまったのか、オリヴェールのことも自身に起きたことも理解していないようだ。
「アテネー…部屋に戻ろう」
部屋に連れていき、寝台に座らせると、アテネーはじっとオリヴェールを見た。
しばらく見てから、幼子の様に笑う。
「ここはまるで楽園ね、オリヴェール」
アテネーがオリヴェールの手を引っ張り寝台に座らせる。
「何か…思い出せたか?アテネー」
アテネーが首を横に振って、オリヴェールにそっと寄り添った。
「なにも…ただ…小さい頃のわたしは、こんな陽だまりのような森で暮らしていたわ…そう…誰かと…」
誘われるようにオリヴェールはアテネーの唇をゆっくり塞いだ。
「あなたは…優しい人だわ…。記憶のないわたしをこうして大切にしてくださる…」
オリヴェールはアテネーの金の髪に口づけをした。
「心配しないで、アテネー。あたなを閉じ込めておくのは気がひけるが、今しばらく…」
「大丈夫…わたしは…オリヴェールといられて幸せです」
父王は亡くなった第三妃によく似ていると、アテネーのところに通っていた。
奥神殿の神女は、遊び女ではない。
しかし父王はまるで妃のように傍にいて、アテネーの話を聞いていた。
同席していたオリヴェールは、それが羨ましかったのだ。
黄金の流れるような髪に、蜂蜜色の濡れた瞳。
その視線を自分に向けてくれたら…それはあの泉から助け出した瞬間から得られた僥倖だった。
光とともにリーリアムは目を開けた。
そのままうたた寝をしていた身体の軋みはひどいものだが、中庭の奥の大きな木の下に、金髪が揺れていた。
その柔らかな土の中に、ソレスが横たわる。
昨晩…事切れたソレスを埋めてから、鎮魂の詩吟を歌った時も、アーレフは無言だった。
放心状態とは違う何かを感じたが、ただ友のためにリーリアムは歌い続けた。
「アー…」
アーレフを呼び止めようとして、リーリアムは躊躇った。
不意に金の髪が太陽に煌めき、振り向いた。
金色の透き通る瞳に、強い意思が宿っている。
「リーリアム」
リーリアムは心臓が締め付けられる感覚を覚え、躊躇する。
「アーレフ…」
クレタ島の海風に髪をなびかせ、木の元に歩み寄る。
「昨晩は…ありがとう…ソレスは…慰められたと思う…」
ソレスの眠る木に、花を捧げると、アーレフとリーリアムは膝をつき、祈りを捧げる。
「俺は…力が欲しい…」
アーレフが呟いた。
「父も…姉も…友も…何も守れなかった。そんな俺が出来ることなど…何もないかもしれないけど…」
アーレフが立ち上がった。
「死せる者達の安寧の為にも、黒い悪魔を倒したい。俺の力となってくれないか」
強い光を称えた金色の瞳に、吸い込まれそうな錯覚を感じる。
「もちろん」
リーリアムは力強く頷く。
これを待っていた。
新しい叙事詩をリーリアムは紡ぎたかったのだ、己の生きた証として、光り輝く黄金の獅子の伝説を!
そして膝を折り、アーレフの金の髪の房を手に取り、そっと口づけをする。
「君が死せる者達に思いを馳せていても、僕を必要とするならば、それに応えよう。我が黄金の獅子」
その誓いに困った顔をして、アーレフはリーリアムに破顔する。




