哀しみのクレタ
「アーレフ…主人よ、俺は外に出てるな」
シリウスの気遣いは正解だと思い、
「俺も…え?」
アーレフが肩を震わせ鳴咽を堪え切れず、ソレスの衣に縋り付き、
「何故だ…何故だ…姉上…」
と絞り出す。
「想像するに…レティーシアちゃんは、黒い悪魔…アルカディア王国次期国王レェードによって、何かしらの神に捧げられ、泉に落とされた…」
リーリアムが極めて冷静に告げた。
あの男に…斬られ…落とされた…。
あと少しで会えたのに…。
アーレフは絞り出すように声を上げる。
「何年も探していたんだ…姉上…。俺の声を聞いてほしい…。
俺の姿を見てほしい…。
姉上…レティーシア…顔を見たいんだ…。
姿を見たいんだ…。
声を聞きたいんだ…。
抱きしめたいんだ…」
一粒が川となり、ダムが決壊し、その水が隅々まで染み渡るまで、ソレスはアーレフを静かに受け止めた。
その様子を静かに見ていたリーリアムは、ぽろん…と竪琴をなで静かに告げる。
「神に捧げられた者は、姿も戻らない。
この世界にはもう…レティーシアちゃんはいない」
神に絡めとられた身体は、神によって召し上げられる。
供物として。
その魂も肉体も、この世界には戻らない。
「嫌だ…そんなのは信じない…」
「でも…事実だよ、アーレフ」
「嫌だ、こんなの…こんなことは…ひど過ぎる。
こんな…こんな酷い世界は…うわあああああっ…」
悲痛な叫びは、神殿を悲しみで包む。
ソレスが無言でアーレフを見つめていると、目端に、女神長がをハラハラと涙を流している。
ただ悲しみだけに包まれていた。
クレタ島の朝は早い。
フェニキア商人の船は勿論、様々な国の商人がやってきて、クレタに荷を降ろしていった。
それを様々な都市国家に納めにいく。
クレタの特産は大振りのオリーブで、島の特産となっている。
島のなだらかな土地の農業、クレタ公の屋敷の下を中心にした港での通商、その二つがクレタ島を豊かにしていた。
ソレスとシリウスは暇に飽かせて、通商の手伝いをしていた。
シリウスが積み荷を取りに来て、それをバランスよく載せ、注文の品を分けていく。
「なに言ってるのか、わからん」
ソレスが頭を掻いた。
クレタ公とシリウスも、新しく来た商業船団の言葉に、頭を悩ませていた。
「ソレス!」
アーレフが走ってくる。
なだらかな丘を越え、下草に躓いて転びそうになるのを、ソレスが慌てて走り抱き留める。
「また、走って…傷に障る」
「誰も…いなかったからっ」
上気した頬に、ぽんぽんと頭を撫でる。
「リーリアムはどうした、また、遊んでいるのか?
おい、言葉が解るやつはいるか?」
シリウスの悲鳴に、アーレフとソレスは港に降る。
派手な色のガレーに、アーレフも難しい顔をする。
「エジプトかあ…俺も難しいな…」
シリウスをちらりと見ると、アーレフは褐色のエジプタンと話しを始める。
「あいつ…語学強いなあ…」
シリウスが感心する。
「香辛料の取引だそうだけど…クレタ公は?」
「今、オリーブ園に行っている」
シリウスがクレタ公から指示されていた条件をアーレフに伝ええ、ソレスが荷物の場所を、身振りで教えていた。
時間はゆっくりと進んでいる。
あれからすぐにクレタ島に移り、クレタ公の庇護下に置かれたアーレフの体調も整いつつあり、アーレフはクレタ公の手伝いを申し出ていた。
「なんか…オーラが違うよなあ」
港でクレタ公の代理をしていると、港で働く部下達がしみじみと呟く。
ソレスアーレフが立って話し合っている姿を見た。
笑っているその姿はきらびやかな恰好をしているわけではないのにとても目立ち、創新の神々のような気品すら感じる。
「このまま、島にいてほしいってのは、無理なんですかねえ」
アーレフのお陰で活気に満ちたのを実感した分、残念さを感じていた。
「シリウス、情報は?」
イオリアスからのガレーが入って来て、シリウスがソレスに手を振った。
積み荷を指示すると、シリウスは港に上がる。
「レェードが国王に即位する前に、新しい城壁完成で国王からの振る舞いがある。
国王とレェードがイオリアスにやってくる」
「どうする?」
シリウスは
「アーレフに話してこい」
とガレー船に飛び乗った。




