アーレフとレティーシアの救出
ぐったりと動かない神女の腕の傷を縛り、自分のマントで包みこんだ。
抱き上げると思ったより軽いアテネーに動揺し、思い直して立ち上がり、牢の奥の石を触った。
「我、神々の血脈により。開門せよ」
草むした石の扉に光が浮き上がる。
父に教えられた、王族…神の血を引く者だけが使える扉は、誰も知らない中庭に続いていた。
光苔に淡く薄緑に輝く土壁の脇に、非常用の衣類、保存食が置いてあり、それを手にして、更に歩き続ける。
レェードが父王の子ではないと仮定するならば、父王と、オリヴェールのみが使うことが出来る通路だ。
王族に徒情す貴族や大臣に追われた際、
『神の正統なる血筋』
のみが使うことが許された、いわば『神の贈り物』だった。
父も母も臥せる今、誰も知ることのない隠れ家。
オリヴェールは足早に土廊下を歩き、しばらくして緑と光に満ち溢れた、『古き神の光の庭』にたどり着いた。
オリヴェールだけの、温かい泉を湛えた小さな庭園である。
柔らかい苔が生えた泉の辺に、アテネーを横たえた。
「すまないが…」
金革紐を外し衣を解くと、肋骨が浮くまだ小さな乳房と、肩の傷に心を痛めた。
オリヴェールは腰巻きだけになると、温かい泉に神女を抱き抱えながら入り、布でゆっくりと拭っていく。
髪を濯ぎ、血で汚れた体を洗い、痛みを伴うのか形のいい眉を寄せたが、浅い息を繰り返している。
身奇麗にして泉から上げると、拭い布で体を包み、持って来た薬を熱を持つ肩に塗り込んでいく。
柔らかな絹衣に革紐で留めて、オリヴェールは一息着いた。
石造りの古き神々の神殿の、温かい石寝台に、布を引きアテネーを寝かせた。
アルカディ城に自分の居場所がない以上、レェードに殺されかけたアテネーを守り、お逃しし解放することが自分の役目のような気がした。
「神女様は…どうなさりたいのだろう」
アーレフが目にしたのは、灰髪の怒りに満ちた顔と…。
「ソ…レ…ス?」
「目が覚めたか、この馬鹿!」
きつい一声。
牢兵士の姿をしたソレスとシリウスがアーレフの血塗れの手枷を外して行く。
「入り込むのに手間取ったんだよ」
リーリアムに至っては侍女の姿をしており、肩口までの巻髪をアップしたうなじと背中の開いた着衣をしていた。
アーレフは動こうとしたが、ソレスに止められて、腰巻き状態にぶら下がった血染めのをキトンをとりあえず巻かれた。
「動けまい。ひどくやられたな、並みの拷問じゃねえな」
ソレスに抱えられ、シリウスが水の入った筒を差し出す。
アーレフは震える手でそれを取る。
「ありがとう…」
凛と心に響く声に、シリウスが笑った。
「さあ、主人よ、逃げるとするか。武人シリウス、血路を開いて見せますぞ」
「何を…」
「それはおいおい話すから、早く出よう。シリウスの部下がイオリアスで焼き付け騒ぎを起こしてくれている間に」
水を飲み、息を着いたが、身体に力が入らない。
レェードから受けた拷問は、アーレフがいくら若いとはいえ肉体内外部を酷く荒らし、熱く腫れ上がり動くことすらままならなかった。
怠さと眠さが繰り返し襲い、アーレフはソレスの腕の中で、とろとろと意識を失いかけ、揺らされると痛みに起きた。
港都市イオリアスでは船が火柱をあげ、暴徒の鎮圧にアルカディ城の兵士が駆り出されている。
「このまま、女神神殿の表門を正面突破する」
女神神殿の表門にいるはずの兵士も、港の暴動の鎮圧に向かっているらしく、女たちが重い扉を開き、アーレフを招き入れてくれた。
「なんて…ひどい…」
女神長が治療として油薬と包帯を巻き目を閉じたアーレフに、
「…お聞きして…も、いいかしら?何が…あったの…」
と聞いた。
「…姉上が…黒い悪魔に…殺された…父上も…あの男に…」
目を閉じたまま、アーレフは呟いた。
「俺は…助けに行ったのに、何もできず…捕まっ…」
「あの子…アテネーが…亡くなったの…」
女神長が静かに部屋を出ていき、ソレスとリーリアムとシリウスだけが残った。
「ねえ、アーレフ。家族の為に…泣いてあげた?涙は自分の為にもなるからね」
ソレスが横たわるアーレフの寝台に腰掛け、柔らかな金髪を一房触れる。
本当は促すために肩口を叩きたいところであろうが、酷い傷にそれはしないでおいたのだ。




