レェード皇子の真実
オリヴェールは政務の任から解かれ、文官として申し送り業務をレーダーが取り置かれた。
オリヴェールは心労で臥せっている母に…国妃に会いに、王宮奥に向かう。
オリヴェールにとって、地位や名誉はたいした問題ではなかった。
ただ…。
レェードが王になった暁、神々に愛された楽園と謳われるアルカディアは…神の系譜を持つ伝説の国は…どうなってしまうのか。
対岸のラコニアは、軍備を強化し、近隣の都市国家への侵略を進めていると聞いた。
マケドニア、トラキアも呼応し、軍備増強の真っ只中であり、レェードも声高らかに軍備を、また城壁の建設を推し進めている。
母王が進言すれば、軍事国家たろうとするアルカディアは…レェードは、足踏みをさせられるかもしれない。
ささやかな希望を胸にしてオリヴェールは妃の部屋に入ろうとするが、レーダーのひそやかな声を聞いて立ち止まった。
「やはり第二妃と大神官の不義を知り得ていたようです…。当時を知る侍女は殺されておりましたが、話しを聞いていた母を捜し当てました…」
「確実ではないのですね…」
母の声がする。
「どちらにしても全てが闇に消えてしまった以上は…しかし、これでレェード皇子が聖剣に選ばれぬ理由の一端となりましょう。父王の血を…神々の血脈ではない証なのですから」
「そうですか…。ありがとう、レーダー」
オリヴェールは妃の部屋に寄る事なく、自室に向かった。
義兄が…不義の子…まさか…。
父王は若かりし頃、聖剣王と呼ばれた剣豪だ。
レェードも剣術に長けており、『流石は聖剣の王子』と褒めそやかれている。
その義兄が…。
自室に閉じこもると、オリヴェールはいくつかの書物に目を通し、新国王を讃えた宴を辞退すると、簡単な食事を済ませ眠りにつく。
静かな時を過ごすしかなかったから。
オリヴェールは起きぬけに用意されていた絹衣を畳むと、カロルに命じて、綿衣を用意させる。
「アルカディアの皇子ともあろうものが、綿衣など…」
オリヴェールは用意されていた水盥で顔を洗うと、衣を着て革ベルとで留めた。
「絹衣は国王とそれに連なる第一皇子が着用する贅沢品だ。私には必要ない。お前も私の従者の任を解かれるはずだ。今まで苦労をかけた」
レーダーは元々王妃の重臣。
レーダーにはレーダーの仕事がある。
「政務も軍務も無くなり、私はなにをすればいいのだろうな…」
カロルは
「しばらくごゆるりとなさいませ。今まで政務に追われておりましたゆえ」
そう言って退出していく。
「ゆっくり…か」
自由にしていろというのなら、かねてより考えていた行動を取ることにする。
港都市イオリアスをを知ることを。
夜を待ち、母が魔よけにと紅花で染めてくれたマントを羽織り、馴染みの自室を出た時だった。
レェードが黒マントを翻し、奥の階段を降りていくのを見た。
奥の階段は奥神殿に続いている。
レェードは部下もつけず、ゆっくりと降りていき、オリヴェールも気配を消して後に付いていく。
この道は王族のみが対応出来、神女に会いに行く直接の道になることは、オリヴェールもよく知っていた。
石扉を開けレェードが入る音がする。
衣の擦れる音と、剣の音、それから女の悲鳴。
「神女様はっ」
と掠れた声に、オリヴェールは走り出した。
別のルートがあることは、聖剣に選ばれた時から教えられている。
草むらを抜け、地下へ続く道を行くと聖なる泉に繋がる小さな泉に出た。
マントを草むらに隠すとそのまま飛び込み、本流である泉に泳ぎ渡る。
深くなったそこに、金の神が泡に包まれ降ってきた。
ぐったりとした肩から血が舞い散り、水を染めている。
その身体を抱きとめると、息も絶え絶えに元来た道を辿って、アテネーを引き上げた。
「神女様、アテネー様!」
頑なに唇を噛み締める神女に、オリヴェールは顎を掴み、唇を寄せる。
舌でこじ開け、息を流し込むと喉が嚥下した。
一度…二度…。
繰り返す空気に、アテネーの胸は呼吸を思い出したかのようにゆっくりと動き出し、オリヴェールの腕の中、力を抜いて行く。




