すれ違う運命の双子
女神長にはしばらくして面会を許され、跳ね橋を渡ることができ、神殿へ通される。
神殿と言うより平屋の寄せ合わせの屋敷が組合わさる『住み処』には、様々な年齢の女が在宅していて、それらが全て雑多な集まりのような気がした。
その全てがアーレフを見て、
「神女様…」
と呟くのには閉口する。
その奥、なだらかな丘の上には神殿があった。
「アーレフ」
ソレスに促されて、案内される住居に足を進める。
レティーシアがいるかもしれない…と、アーレフは胸を押さえた。
「どうした?」
尋ねるソレスに、
「動悸がする…なんか変だ」
「うれしいからだろ?」
「いや、違う…うん…そうなのかな…なんだろう…」
女神長は壮年の色白な赤毛の大柄の女で、神殿の神官のような驕りを感じさせない、どこかの田舎村の優しい母親のような匂いを感じるふっくらとした女だった。
「レティーシアと言う女性をお探し…だとか」
アーレフは頷いた。
女神長は歴代の港町イオリアスで選ばれた『神女』だったらしいのだが、段上にはいずにアーレフたちと対面に座り少し笑う。
「私があなたとよく似た少女をデーメテール像の下で見つけたのは、三年ほど前…何があったのですか」
「…イオリアスの人柱になる寸前で逃げ出した。子どもの力では怪我をした双子の姉をこちらに連れてくるのが精一杯だった。俺はこちらに目を向けないよう、ガリアやトラキアを渡ったんだ」
「そうか…あの子はレティーシアというのですね」
アーレフの言葉に女神長は何度も頷いた。
「デーメテールの神女と、あなたは似過ぎるほど似ていらっしゃる。あの子は記憶を無くし『アテネー』と名乗らせていました」
アーレフは
「アテネーと名乗らせた姉上はどこに…」
と言葉を紡ぎかけたが、
「あの子はここにはいません」
と、女神長が口を閉ざす。
「いない…?」
「もうこんな時間…夕食をお持ちしますわ」
女神長は夕食をもてなし、
「アテネー…いえ、レティーシアは、神言を降ろします。だから、神女となりました」
と、静かな言葉で話し始める。
「純潔の乙女だけが、デーメテール様の言葉を降ろせます。神女となったレティーシアは、アテネーとして、アルカディ城の奥神殿に務めているのです」
夜になると一泊の恩義を得て、女たちのもてなしに、ソレスは酒の弱いアーレフに代わって、杯を重ねて酔いがまわり、神殿の見える裏手に酔いを醒ましに来ていた。
大きなオリーブの木の下に座って、酒の息を吐く。
アーレフはアテネー…いやレティーシアに会って、どうするのだろう。
簡単にアルカディ城に入り込めるとは思えず、だが、奥神殿は市民にも開かれていると聞いて、その時期を待つならイオリアスで働くのも良かろうと考えていた。
「ソレス」
アーレフがソレスの横に座った。
「あんまり酔ってないな」
「ソレスのお陰で」
見上げた瞳に星が映り込み、綺麗だなあと呟き、
「神殿の奥深く…姉君に面会したとして、記憶がない姉君にどう接するんだ?」
見上げるレティーシアのいない女神殿を前に、ソレスは横にいるアーレフにそっと聞いた。
「大丈夫だ。会えば…思い出す」
アーレフはマントをにぎりしめる。
「そうだな…双子だもんな」
神託を聞きに来るものは、アルカディ王国内外からも多い。
イオリアスの表港から、村を抜ける一本道をひたすら上がれば、聖都アルカディオンに続き、そこから三層の壁に隔たれてはいたが、アルカディ城の端に位置する奥神殿が見える。
女神デーメテールの神女はすべての神託を終え、軽くため息を着いた。
女神に礼を捧げると侍女長の手にそっと手をのせて、神殿の最奥に向かう。
「朝から篭られて、お疲れでしょう」
「平気よ。でも、よい神託が皆様に多くて良かったわ」
アテネーは部屋で金の飾りを外してもらい、柔らかな部屋着に着替える。
小さかった頃の記憶は何もなく、デーメテール様の足元で頭から血を流して横たわった自分が何かを叫んだことだけは、うっすらとした曖昧な霞となって現れては消える。
食事を終えて、眠りに着く前に
侍女長が、
「明日朝、国王様にお会い致しますよ」
と、早く起きて支度するように、促して出ていく。
老人のような国王は優しい。
しかし、悲しい目をしていた。
たくさんのお話しをして差し上げたい…アテネーはそう思った。




