満天の星空の竪琴(リラ)
各都市国家を回り、嫌気がさすほどの無残な奴隷たちをみるたびに、アーレフは黒い悪夢を見る。
「少し遠回りだけど…」
リーリアムの提案でなるべく戦禍の見えない海岸都市を中心に旅をし、簡単な食事をすませて、リーリアムの竪琴の音を子守唄にし転がると、悔しいくらい満天の星空だ。
過ごしやすい気候の野宿は、両肩で留めたキトンと肩から垂らす羊毛マントに包まるのみで過ごせ、月明かりと星屑が辺りを幻想的に照らす。
横になるアーレフの黄金の髪がまるで冠のようで、ソレスが思わず掬うとアーレフは
「触るな」
と手を払いのける。
「仲のいいことで」
竪琴を爪弾いていたリーリアムが焚火当番を放棄し、アーレフの横に寝転んだ。
「本当にふわふわな髪の毛だねえ」
触ると寝藁にしていた藁が、金の柔らかな巻き毛に絡みつき、リーリアムはそれをとってやる。
「ソレスみたいな硬い髪がよかった」
ぶすくれるアーレフに、
「アーレフに似合ってるじゃないか。ふわふわ、ぴよぴよしていて」
と慰めるように言ったのが気に障ったのか、アーレフにソレスは押さえつけられ
「『ふわふわ』はともかく、『ぴよぴよ』はなんだっ」
とむきになり、ソレスは軽く笑いながら、
「鳥の巣になりそう…ってことさ。おいおい、むきになるなよ」
と言い放ったところにリーリアムが吹き出すのを聞いて、さらにむくれる。
「さあさあ、明日はアルカディオンに近づくよ。早く寝よう」
そんな丁々発止が繰り広げれた数日後、藁馬車の荷台に揺られてアルカディア王国の裳裾、港都市イオリアスにたどり着いた。
この港都市には神聖なるアルカディ城下町と堅牢な城壁で違えており、アルカディ城下には通行証が必要になるが、イオリアスが目的のアーレフには関係のない。
「女神神殿長に拝謁出来るか聞いてみるね。君は何より目立つからね」
楽師の出で立ちのリーリアムが港の奥に走り込み、アーレフは港の桟橋に立ち、食べ残したパンの屑を手にのせると、かもめが数羽寄ってきた。
「俺は姉上を…レティーシアを守ると父上に誓ったのに…」
手に乗せたパン屑を群がった鳥を見上げ、鳥が頭の上に乗って来たのを見て、ソレスに言われたことを思い出す。
「おい、俺の頭は巣ではないぞ、止めろってば」
鳥が頭の上から逃げるまでひとしきり笑って視線を感じ、城壁のある丘を見上げた。
「…気のせいか…。ソレス、ここだ」
走って来たソレスに手を挙げるとかもめは一斉に散り、アーレフも歩み始める。
「あれは…神…か?」
気晴らしに野翔けをするように言われた馬から降りて、オリヴィエールは空を見上げ、それから港の桟橋に輝く人を見つめた。
遠くからも見える輝く金髪。
手を伸ばしたところに、舞い降りる鳥達。
その乱舞は光り輝き、神々の悪戯か、かの者が神か。
「オリヴィエール様〜っ」
若い従者の声に振り返るオリヴィエールは、息を切らす従者に、
「カロル…。私は神を見たのだ。とても神々しい…」
と心ここにあらず呟いた。
「神…ですか?私はですね、皇子様方のような王の系譜を持つ方を『神』と思いますが…」
「確かに義兄上は雄々しい神に感じるな。また、武勲を上げられたらしい」
「あ…はあ…そのようで…」
オリヴィエールが幼き頃、アルカディア王国に伝わる剣を手にして美しい音を鳴り響かせ、その時期に流行っていた熱病を払ったと言う。
叔父であるレーダーから聞いたその時の興奮を、カロルは今も覚えている。
しかし初めて見たオリヴィエールのもの静かな様子に、物足りない感じがした。
若い武官としてこんな皇子に仕えていくのかと、既に成人に差し掛かるレェード皇子の側近となった奴らを羨ましく思っていた気持ちが未だある。
もちろん若手で若輩者であるが、オリヴィエールよりは若干年上だ。
『神の眷属』…『神の系譜』がまだ生きている…アルカディア王国の血脈は遠く神々に連なると言う。
その神に仕える喜びは、何年たっても現れてこない。
惨めすぎる。
レェードに仕える自分より年下すら武勲をあげているのにだ。
「で、どこです?その『神』は?」
オリヴィエールが城下に目をやると、既にいなくなっていた。
「ほら、目の錯覚ですよ。さあ、城に戻り政務にお付きください。レーダー様も夜には戻られますし」
「あ…ああ…分かった」
オリヴィエールは何度も振り向きながら、城に戻っていった。




