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暇潰し  作者: 二月満
9/10

しゃ・ど・ね


最後中途半端な感じですがもう続きが書けない感じなので投下させていただきますorz

気が向いたら続編を作るかもしれませんよろしくおねがいします><




ジリリリとけたたましくなる俺の目覚まし時計は、恐らくこの建物に住んでいる住人の中でも割りと早い時間にセットされている筈だ。


カーテンの隙間から刺す朝の日差しに2、3度目を擦り、ベッドから勢いよく体を起こした。


今日も、よく晴れている!


夏は掻き入れ時だ。今日もお客は多いだろう。ばちん、と両手で頬を叩いて、俺は部屋を後にした。


取り敢えずいつもの朝と同じく、洗面所に向かう。俺は朝一で顔を洗うと同時に歯も磨きたいタイプだ。


大の男が立つには少し小さめの洗面台の前に仁王立ってしゃこしゃこやれば、自然と目だって覚めるってもんだ。


「おはよーっす! マサさんの筋肉ゥー!!」


ぐわしっ!


いきなりの後ろからの衝撃に、俺は思いっきり噎せて歯ブラシを取り落とした。


「えぐっ! ぐはっぐはっ、何しやがるエージ!!」


朝っぱらから渾身の力でぶつかってきやがったそのサーファー被れのような見た目の男は、俺のタンクトップを捲り上げ、後ろから抱き付くように不必要に体を密着させて、俺の腹筋にやたらとさわさわ手を這わせた。


「コラ、やめろエージ!」


無理矢理引きはがすと、エージはニマニマとした笑みを浮かべつつ俺から離れた。


「いっやぁー! 今日もいー腹筋してますねー!!」


こりゃー参ったっすよー! ぐへへぐへへへへ。……だかなんだか言いながら日に焼けて色の落ちた金髪を対象的な褐色の手でがしがし掻きながらエージは笑う。


「朝っぱらからドぎついことすんなよ。……つーかお前今起きたのか? 今日の朝メシ、当番お前だろ。」


俺が眉根を顰めつつ嘆息すると、エージはそーだったいけねっ! と叫び声をあげて俺の横をすり抜け、ばしゃばしゃと盛大な水飛沫を立てて顔を洗い、慌てて食堂に走っていった。


……そんなに慌てるならもっと早く起きればいいものを。


エージが汚ならしく汚した洗面台をタオルで拭きながらそう思う。ついでにさっき落とした歯ブラシを念入りに洗い、口もゆすいだ。


「……マサ。」


ふと、後ろから声がかかる。


「ん? あーユーイチ、おはよう。」


俺が微笑むとユーイチは小さく頷いた。この男は余り喋るタイプではないのだ。何考えてるのか分からない事も多いし、実は少し苦手だったりする。見た目もやたら背が高く、近寄りがたい印象だ。


「洗面台使うか? ……俺、店の方見てくるわ。カイさん一人で準備してるかもしれないし。」


「……ああ。」


……今のは、どれに対しての「ああ」だろうか。まあいい、俺はユーイチの横をすり抜けて、俺達が寝泊まりしている建物に隣接するようにたっている店の方に向かった。


「レストラン・遮堵祢」


俺の働いている店の名前である。漢字の部分はシャドネと読む。働いている身でいうのはいかがなものかもしれないが、店長の趣味どうかしていると思う。


……名前はともかく、外装内装は共に白を基調とした御洒落な今時のレストランだ。そして、入口は砂浜に面しており、夏場は海水浴客で賑わう。店としても外で焼きそばを焼いたり、海の家紛いの事もするから尚更だ。


開店は平常は10:00からだが、今の時期は9:00に前倒して営業している。


従業員は店長含めて5人。全員男で、さっきの長屋もどきで強制共同生活中。


……誰か俺に癒しをくれ。


「はよーっす。」


硝子張りに白枠の戸を押して開けると、既にこの店の制服に着替えて奥のキッチンに立ち黙々と開店準備をするカイさんを発見した。


「おお、マサか。おはよう。」


「カイさん、さっきエージが飯作り始めたんで、そろそろ行かねーとパンが墨になるっすよ。」


カイさんはこの店唯一のシェフだ。最近では一人では回らない時なんかはユーイチが手伝ったりしているが、基本はこの店の料理はカイさんの手によるものだ。皆の兄貴みたいな存在で、便りがいのある大人な男だ。


「あー、そうか。大丈夫だ、もうすぐ終わるからすぐ行く。」


エージは料理が下手だ。……俺も人の事は言えないが。まあ今日はユーイチもいる事だし大丈夫だろう。


「じゃあ先帰っときますよ。」


「ああ、ちょっと待ってくれ。今終わったから一緒に行く。」


カイさんと店を出て、家に戻った。……んだが。


「あー、こりゃ焦がしたな。……マサ、お前は制服に着替えて来い。どうせ飯は作り直しだ。」


奥のキッチンからぎゃーだとかうわーだとかいうエージの派手な叫び声と、珍しく焦った様なユーイチの声がが断続的に聞こえてくる。俺はスンマセン、と頭を下げて自室に戻った。


制服に着替えて食堂に向かうと、さっきの騒ぎは無かったかのように落ち着いた雰囲気が流れていた。……ゴミ箱から溢れた消し炭のような物体は見なかった事にする。


「おーマサ、お前も早く食っちまえよ〜。」


既に皆は席に付いており、カイさんにせかされて俺もいそいでテーブルに駆け寄った。面目ないっす、と涙目のエージを慰めつつ隣りに腰掛けると、目の前に既に準備された朝食にかぶりつく。うん、旨い!!


絶妙な焼き加減のトーストを平らげると、次はフワフワのスクランブルエッグに箸を延ばす。


カチン


「……ん?」


卵を割った箸が、何か堅いものに当った。俺に視線が集まる。箸で摘み上げて見ればそれは、硬貨のようであった。……百円?


「おっ、マサが当たったか。ご愁傷様! ……飯終わったら、店長起こして来てくれ。」


んじゃー他の奴は俺と一緒に店行くから着替えて来いよと完全に流そうとしているカイさんに慌てて抗議する。


「ちょっ、ちょっと待って下さいよ! 俺こんなの聞いてないっす!!」


箸で百円玉を掴みながら絶叫。エージやユーイチは俺と目を合わせようとすらしない。


「いや、だってしょうがないじゃん。誰かが行かなきゃいけないんだよ。んじゃま、頑張れ!」


そう言い残して、カイさんは物凄い勢いで店に戻って行った。気付けば、残りの二人もいない。……逃げやがったな!!


「……何でだよ……。」


肩を落としながら重い体を引きずり店長の部屋に向かう。急な階段を抜けた向こうだ。


「………。」


既に違和感がある。


日本には古くから玄関で靴を脱ぐという習慣があるのだが。……赤と、黒のハイヒールが一足づつ、締め切られた戸の前に乱雑に転がっていた。


戸の前で硬直することしばし。俺は自身で気合いを入れて、右手でドアノブを掴んだ。


コンコンと一応ノックをして、ゆっくりと戸をひらく。……クサッ!


異様な匂いに顔をしかめつつそろーっと中を覗く。……覗く。……覗かなければよかった……。


部屋の中は何故か薄紫に煙り掛かっており、部屋の端の狭いベッドの上には3つの山があった。そこからにょきにょきとセクシーなお御足が1、2、3、4本……。そのうち1本は赤いハイヒールを履いていた。


……しかし、起こさなければ……。店長が起きないと営業を始められないのだ。いや、別にいなくてもいいんだが……むしろいない方が仕事ははかどるんだけど。でもあの人、起こさないと怒るからなー……。


「て、店長ォー。起きてくださーい……。」


そろそろと中に入る。何故か忍び足になってしまうのは最早仕方が無い事だろう。……足の踏み場も無い程散らかっているのだ、店長の部屋は。


と、何かにつまずいて俺は埃だらけの床に倒れ込んだ。足元には、……黒いハイヒール、最後の一足はここにあったのか!


バタン、と派手な音がたつ。俺はさっと血の気が引いた。


「んー……? もぅー。」


「なによぉ、うるさ……。」


もぞもぞと左右の山が揺れ、俺はびくりと身を縮ませる。……ウチの店の店長は、起こさなければ異様に怒るが、起こし方が悪くても猛烈に怒るのだ。要するに超絶自己中な大人なのである。


「あれェー、君誰?」


「ショーくんのお店の子でしょ。」


体を起こしたのは、店長が連れ込んだ二人の眩いばかりに全裸のお姉さんだけだった。な、ないすばでーあんどべりーびゅーてふる……!!


「あの、店長は……。」


取り敢えず二人のお姉さんに声を掛ける。向かって右側の人が、長い金色の、恐らく巻いていたのであろう髪を掻揚げてうっすら微笑んだ。


「ショーくん、お店の子来てるわよ。」


左側の黒髪ストレートのお姉さんも店長を揺らす。


「起きてよー。」


二人のお姉さんが優しく体を揺らすと、真ん中の山である店長はぶるりと身震いして、体を起こした。


「……んあ? あー、朝か……。」


「お、おはようございます、店長……。」


店長が完全に起き上がったのを確認して声を掛ける。一瞬眉根をきつく寄せた店長は、俺をじろりと見た。


「あ"あ"? ……マサか。テメェ何してやがる。」


起こしに来なかったら店長怒るじゃないっすか! ……とは言わない。且つ言えない。


「え、ええっと……そろそろ開店時間なんで……。」


俺がびくびくしながら言うと、店長はああ、と一つあくびをした。


「俺の出番だ。」


店長来ても仕事の邪魔にしかならないっすよ……。


「んあ? 何か言いやがったか、マサ?」


「いっ、いえいえ! なんでもないっす!! は、早く行きましょうよ……。あ、お姉さん方もどうぞ? 朝食位出しますんで……。」


きゃあ、と喜んだお姉様方は、物凄い速さで着替えると出ていってしまった。……ああ、そーいやこの人達、こないだも来てて朝飯出したっけ……。


「なんだよー、つれねェなァ。……ちっ、俺も行くか。」


店長はのっそりと立ち上がると、部屋から出て行こうとする。


ちょ、


「ちょっと待ってくださいよ! 店長マッパじゃないっすか、それで店出るなんて考えてないっすよね!?」


「ああん? ワリィかよ。」


ワリィかよじゃねぇーよ!!


「何考えてんすか! 犯罪っすよ!? 客来なくなるどころじゃありませんから!!」


とうとう狂ったかこのオッサン! つーか視界にちらちら入る立派な息子さんをどーにかして欲しいんだよ!!


「ちっ、いちいちうっせぇなあ。サツなんざ追い返せばいーだろ。」


何考えてんだ、この人……。俺は愕然とする。その間に店長は引き出しを開けて、中身をひっくり返した。ドザー、と、只でさえ汚い床に衣類が散らばる。


……衣類?


「オイ! マサ、紫のやつどこやったんだよ!」


下着だ。……大量の下着もといTバックが、そこら中に……。否、店長の下着がそれだとは知ってはいたんだが……。まさかこれ程までとは。


「……店長、紫の昨日履いてたんじゃないんすか?」


「ああ? 帰ってからちゃんとセンタッキほーりこんだぞ!?」


「帰ったって何時っすか!? そんなの洗濯終わってるわけないじゃないっすか!」


ああ、店長と話してると寿命と共に神経も磨り減っちまうよ……。俺は目に付いたモスグリーンのてーばっくを指先で摘み上げた。……なんかすんげー持ちたくない。今なら年頃の女の子の父親に対する気持ち分かるかもしんねー。


「店長、これなんて……ス、ステキじゃないっすか。取り敢えず履いてくださいよ。」


「あー!? 気分じゃねぇーっつってんだろ!」


「気分じゃなくても履いてくださいよ! 何時まで経っても店開けれないじゃないっすか!!」


ね? これでも良いじゃないっすか、ね、ね? と、さして薦めたくも無い緑の下着を執拗に店長の目の前でちらつかせると、本当に不機嫌な時のそれで睨まれ、小汚ない(俺にとって)てーばっくは俺の手からむしり取られた。……やった!


「……ほー、こんなにこれが良いか。」


店長は緑の布切れに顔を近付ける。……キタネ。


「あーいいと思いますよ似合うっすよきっとですからねぇはやく着替えてくださいよアイツら待ってるっすからホラもう開店まで5分も無いじゃないっすかミーティングどーすんすか」


取り敢えず早くこの場から立ち去りたくて大声で捲し立てる。


「ふーん。」


店長は興味無さそうに返事をして、床から違う下着を拾い上げた。……黒地に所狭しとレインボーのスパンコールが縫い付けてある。本当、ドぎつい趣味ですこと。


それからくるりと振り返った店長は最近一番の嫌らしい笑みを浮かべていた。


「ンなに気に入ったんなら、お前がコレ履けよ。そしたら俺もまあ~、服着てやるよ。」


「え、え、はぁ!?」


俺は一瞬自分の耳を疑った。このオッサン、今なんて言った!?


「ホラホラ、脱げよ。」


唖然としている俺の服に、店長はエゲツない程の指輪に飾られたやたらと長い指をかける。


「え、ちょ! 待ってくださいよ!! 何でそうなるんすか!?」


俺は店長の腕を払いのけるが、店長のニヤニヤとした笑みは崩れない。


「イイノカナァ、ンなことしててよォ。お前がコレ履かないと俺は店に出ない、そしたら店開けれないなァ。どーせカイがいっしょーけんめー朝支度してたんだろォ? それもムダだな……残念だ。」


残念だじゃねぇーーよ!!


「店長が服着るのと俺がソレ履くの、関係ないじゃないっすか! 何考えてんすかアンタ!!」


このオッサンもう頭おかしいよ! 否、分かってたんだけれどもさ!!


俺が腕を振り翳しながら叫ぶと、店長はす、と笑みを引っ込めた。……あ、コレ地雷踏んだっぽい。


「ああ? おいマサ、テメェ誰に向かってナメた口聞いてんだよ。俺はお前に履けって言ってんだよ聞こえねぇーのかこの野郎!!!」


ひいいいいいいっ!!!


 


 


 


どうして俺がこんな目に……。


「ヨッシャー! 今日も稼げよお前等!!」


「ハイ!!」


店長の声を合図に、皆が勢い良く返事をする。


俺は未だ慣れない感覚に両腿を擦り合わせた。こ、これ、かなりキモい……。


店長は満足気に手近なイスにどっかり腰を降ろした。そして派手なシャツの胸ポケットからタバコを取り出して火をつけた。店内禁煙なんすけどね、一応。


店長が連れ込んでいたお姉さん達は開店と同時に店長によって追い出された。……さようなら、ナイスバデー。


今日も店は大繁盛だ。ユーイチは表で焼きそばを焼き続けているため、カイさんも大変そうだ。勿論俺とエージも息をつく間も無い程だからフォローに回れる訳も無いのだが。


「なんか今日店長機嫌良いっすね。何かあったんすか?」


ビキニの上にパーカーを羽織った二人組の女の子を見送って皿を下げていると、不意にエージが耳打ちをしてきた。


途端、肩が跳ねる。せっかく忘れてたのに……! エージこのヤロー!!


「マサさん? どーしたんすか?」


「ど、どうもしねぇーよ! ホラ、次のお客様来ただろーが、接客しろよ!」


「……はーいっす。」


なんだよーマサさんのいけずゥだかなんだか言いながら新しく来た家族連れを空いた席に案内している。


店長の方をちらりと見やると、ニヤニヤいやらしい顔と目が合う。


「おう、マサァ。チョーシ悪そうだなァ。ちょォーっと俺と遊びに行くかァ?」


「み、店の状況見て言ってくださいよ……。」


店長と遊びに行こうものなら俺はいったいどうなるんだろう。……否、どんな目に合わされるのだろう。


店長はつまんねとか言いながら店を出て行ってしまった。ラッキー!!


「エージ! 早くお客様入れろ!」


「了解っす!」


瞬く間に先程まで店長が占拠していた四人掛テーブルは人で埋まった。まったく、座るんならカウンター席にしろよオッサン……。


「マサ! タラスパ2あがったぞ!」


「ハイっす!」


それからは順調だった。店長がいない店はなんだか空気が澄んでいる。


昼時も回って、客足が一旦収まった頃、俺は外のユーイチを呼び入れて店の扉を締め、オープンの札をひっくり返した。


「あああ~、つかれたァー。」


エージが一番手近なイスに雪崩れるように座り込んだ。俺も机に体を投げ出す。


「おうっ、お疲れ皆! まだ夜も長いぞ、気合い入れてけよ。ホラ、遅いけど昼飯だ。」


カイさんがカウンターに皿を並べるのを視界に捉えた俺達は、這うようにしてそちらに向かう。


「うおおーー! 肉じゃないっすかぁああ!!」


一足先にカウンターにたどり着いたエージの声に、俺は大急ぎで駆け寄った。


「わ、マジだ! よっしゃああああ!」


単純だと笑われるかもしれないが、でも素直に嬉しい。だって肉だもん。それでもって俺、まだまだ食い盛りだもん。


「おうよ、カイ君特製スーパー焼肉丼だ! これ食って午後も頑張ろうな!」


「ハイっ!! いっただきまーす!」


俺達は焼肉丼に貪りつこうとした。した、のだが。


「……て、店長何してんすか……。」


「あー? 何って、ジャマ?」


いつも出て行ったら夜中まで帰らないくせに、何で今日に限って……!!


「俺、腹減ってるんすけど。」


「あァー、俺もだなァ。」


……譲れと?


このいかにも旨そうな香りを醸し出している肉の乗ったドンブリを譲れと?


「イ、イヤっすよ……。」


「あ? 何か言ったか? ……まあよぉ、俺に逆らったら全裸にひんむいて縄で縛り上げてそこの砂浜に放置するだけなんだがよォー。」


ちょ、この人マジなのか冗談なのか分からないから余計怖いんだけど。……まあ、冗談ですよね、冗談、


「あー、そーだマサちゃん? 」


冗談ですよ、


「今お前は剥かれたら問題あるんだっけかァ。」


ね、


「譲ってくれるよな?」


う、ううう……!!


「店長のアホおおおおお!!」


「アホとはなんだ! 剥くぞ!」


俺の肉は露となって消えた。


「あー、旨ァ。さっすが俺が見込んだりょーりにんなだけはあるな。」


「あ、有り難う御座います、店長。」


ああ、あ、あああ……。


「さっきからシンキクセーぞマサ!」


「これが落ち込まずにいられますか……。」


カイさんやエージ、ユーイチに恨みがましく目線をやったが、ことごとく向こうを向かれる。チクショー、また皆して自分は被害被らないよう画策しやがって……!


今日は厄日も良いとこだ、本当。


「んー、あーそーか、マサお前飯抜きになんのか。」


「あーそーかじゃ無いっすよ! ならなきゃここまで落ち込まないっすよ!!」


んーじゃあさァ、店長が丼のフチを箸でカンカン叩きながら何か考えるような素振りをする。


「俺、今から肉焼きに行くから一緒に来るか?」



 


 


 


つ、つい肉の誘惑にやられてしまった……。


店の方は店長が臨時でバイト2人も入れたから大丈夫らしい。なんつーか……よく見つかったな。補充入らなかったら店長について来るつもりなんて絶対無かったのだが、目の前でかわいこちゃんが2人もいってらっしゃいしてくれたんだ、もう店を出るしかなかった。


「種類とかどーでもいいわ。取り敢えずバンバン持って来いよ。」


「て、店長、それじゃ店員さん困っちゃいますよ!」


つーかさっき焼肉丼食ったのにまだ肉食うのかこのオッサン。どんな胃袋してんだ?


取り敢えず店長が何も言わないので無難にセットメニューを頼んでおいた……が、食えさえすれば何でも良いらしいな、このオッサン。ゼッテェ味とかわかってねぇんだ。


「あー、最初に言っとくが、肉しか頼むなよ。」


店長は運ばれてきた肉を取り敢えず片っ端から鉄板に乗せていく。ちょ、重なってる重なってる!


「え? 何でですか、他頼まないんすか?」


俺は何とか鉄板に肉が当たるように移動させる。


「この後はラーメン屋ハシゴだ。んで、ダチが新しくバー始めたらしいからタカりに行く。」


俺は箸を取り落とした。


「……え、え、は!?」


そんなの聞いてねーよ! そのまま夜中まで連れ回すつもりじゃねーだろーなオッサン!


「何やってんだよ、キタねーな。」


いい年こいて口許汚しまくってるアンタに言われたくねぇーよ! 俺は箸を持ち直して口につく部分をナプキンで扱った。拭いながら猛烈に頭の中で考えを駆け廻らせる。このまま夜の繁華街で店長とランデブー、なんて耐えられない。かわいー女の子ならまだしも! ああ、なんだか冷汗まで出てきやがった。


「俺、ここ終わったら帰るっすよ……。流石に店の皆心配っすし、」


まあ建前ですが。俺は自分の身が大切なんだよ! 早く帰りたいんだよ!! 明日の朝は見慣れたベットの上で迎えたいんだよ!!!


「あーもしもしィ、カイか? 俺ら明日まで帰らねぇーから。問題ねエよな、ん? ……おーおー、分かった、じゃーまあ楽しんでくるわァ。」


店長このやろおおおおおおおお! 何だ、俺に恨みでもあんのか!!


てかカイさん助けて下さいよォ! こっちがどんな状況になってるかなんて、察しの良いカイさんなら店長からの電話があった時点で分かってるはずなのに!!


店長は上機嫌でカイさんとの通話を切る。そのまま携帯を乱暴に机の上に放りだすと、胸元からタバコを取りだして吸い始めた。ふう、と大きく息を吐くと、白煙が立ち込める。


「じゃーマサちゃん、今夜は楽しもうってことでェ。」


にやりと笑った店長から、一従業員の立場でしかない俺が逃れられる訳なんてあるはずがなかった。






「へー、ショーくんのお店の子なんだぁー。」


………。


「えー、ぜんぜんショー君と違うじゃーん、かーわーいーいー!」


………あれ?


「あー? あんまさわんじゃねぇーよ。俺の商売道具だっての。」


俺、すげえ量の肉食わされた後見た事ねえ位チャーシュー乗ったラーメン食わされて気持ち悪くなって、公園のトイレに駆け込んで全部吐いて、で、その後、


「えー、ちょっとくらいいーじゃーん。」


その後、


「おい、ショーヤ、お前に女の子全部持ってかれたらこっちは商売にならねぇんだよ、さっさと帰れよ。」


店長の友達のバーに来たんだよな、そうだよな。なのにさ、


「あー? るっせーよボケ。むしろこいつら勝手に来たんじゃねぇーか、ウチの店員に悪影響なんだよ。それでもかまってやってんだからホラ、酒持ってこいよ。」


「ショー君ひどーい。そーゆーお店って知って来てるくせにー。」


そうだよ、そーゆーお店なんだよ、おねーさんほとんど裸なんだよ!! これ合法なのかよ、大丈夫なのか!?


「あーはいはい。お前に飲ますタダ酒はねぇーんだよ。帰れ帰れ。」


「えー、いいじゃんケースケ。ケチだな、ぜってー潰れるわこの店。」


るっせー! と、俺たちは店から追い出された。お姉さんが中からまたきてねーと手をふっている。正直ほっとした。ここにいるとなんかハラハラして楽しいとか目が潤うとかなんかそんなんじゃなった。目は奪われたけどさ。


「ちぇー、つまんね。しょーがねぇーな。」


店長は胸元を探って煙草の箱を取り出したが、あー、ねえじゃねえかといらいらした口調で握りつぶす。


「帰りましょう! そうっす、帰りましょうっす!!」


「バーカ何言ってんだよ、次行くぞ。お前さっき吐いたからまだなんか食えるだろ。」


無理だよ! 何考えてんだよこのおっさん!!


お、俺はこのまま一晩中連れまわされるのか……?


「そ、そんなの嫌だ!!」


「あー? 一人で何言ってんだ、行くぞ。」


「嫌です、もう無理です、帰してくださあああああああああああああああああああああああああああああ」


俺は店長にシャツの襟をつかまれ、夜のネオン光る町に引き摺られていった……。





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