幻夢の空
おじーちゃんエクソシストと悪魔の話。
シリアスではありませんが、ギャグでもありません。
かなり短めです。
式は、遺族の啜り泣く声と、多少の身動ぎする衣擦れの音を伴って、静かに、だが少しづつ着実にこの人気の無い田舎の村の一角で只進行していた。
佐山衛ノ助、享年89。老衰であった。
体して広くも無い庭に面した座敷に、正月以来に集まった親戚一同は、正面に飾られた堅い顔の老人の遺影ではなく、その往来の宿である肉体を納めた棺でもなく、その前で抑揚も無く坦々と経をあげ続ける未だ若い袈裟の背中を真摯に見つめている。
そんな、ある夏の、蝉が煩いある昼下がり。
「………ざまぁねぇな。」
「そうか? 澄ました顔してお前、内心じゃ腹腸煮えくり返っとるんやろう?」
何々寺だか言うこの近辺の旦那寺の住職が、その未だ青い頭を下げて、単車の音を響かせて去ってから幾時間。
衛ノ助が横たわる部屋は、暗く、不気味な程に静寂であった。
月が柔らかな光を放ち、星は弱く瞬く。
闇夜は又、静かであった。
そこに、溶け混ざる様に佇む漆黒、長身の男は、ぽつりと洩らした呟きに返事があったのを耳にすると、やや口角を上げた。
「何だ、未だ居たのかアンタ。」
「ああ、ここで家族と体を見送ったからな。本来は体に入っといて、焼かれると同時に昇天がルールらしいが、んなこた知るか。」
「ククッ……、エクソシストの名が泣くぜ、衛ノ助さんよ。」
「……はっ、悪魔小僧が何を。まっ、どの道この勝負はわしの勝ち。残念やったな。」
衛ノ助は、男の斜め右上にぽかり、と姿を見せていた。
「何言ってやがんだ、結局アンタは最後まで俺を仕留められなかったんじゃねぇか。」
「それを言うとお前、もう私の魂を手に入れる事も出来まい。」
だから、大往生で死んだわしの勝ちやと、衛ノ助はその皺の濃い顔の目元に又くっきりと新しい皺を作った。
「……おっと、忘れとったわ。」
衛ノ助は半分透き通った両手で、自らの顔を拭った。すると、見る間にその深く刻まれた年月の印が薄れていく。
「……どうだ、やっぱりわし、美男子やろう。」
「その自意識過剰さで台無しだな。」
なんだ、認めよったと笑った衛ノ助は、す、とそれを引っ込めた。
「ではな、わしはそろそろ逝くわ。」
「……そうか。」
「向こうで若いお姉ちゃんにちやほやされる準備は万端やしな。」
また、お前に会うの、楽しみにしとる。……来世は、ネズミかコオロギか分からんけどなぁ。
そう、確かに響いて、衛ノ助の姿はすぅ、と見えなくなった。
「ああ、俺もだ。」
男は、ふわりと畳の床を蹴って、宙に浮いた。ゆっくりと、衛ノ助が微笑む遺影にゆっくりと近付いて行く。
アンタは望まないと思うが……次は、悪魔になって生まれてこいよ。
そうしたら、もっと一緒に居られるから。
憎み合わなくても。
別離に身を裂かれる思いもしなくて良いから。
そっと口付けた遺影の中に吸い込まれる様に、男は消えていった。
柔らかに微笑む、老人の笑顔を共に連れさって。