27歳の日常(平日編)
27歳の日常(平日編)
『毎日起こしてなんて、無茶言わないし』
起こさなくても起きれるようになってると、それはそれでちょっと寂しい。
「うーん・・・」
iPhoneのアラームを止めてゆっくりと伸びをする。朝5時。実家にいたころとあまり変わらない通勤時間だけど、洗濯や朝食の片づけのために起床時間は早まった。この歳になってようやく実感したのが申し訳ないけど、母って素晴らしい!
普通出勤の日の彰は同じ時間に起きるけど、今日は夜勤明け翌日の休みだ。隣で眠っている彰を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
「・・・きれいな寝顔」
閉じられた瞼に生えている睫毛は長くてびっしり。柔らかな髪の毛をそっと撫でて額からどける。太めの眉に高い鼻梁で日本人にしては彫が深めのその顔は寝ていたってハンサムだ。
彰と違って私の寝起きはいい方だ。まずは着替えて、洗濯機を回しながら顔を洗ってシリアルで軽く朝食をとって化粧をする。
「そろそろ・・・」
出来上がった洗濯物を干そうと洗濯機から取り出していると、ふと鏡に影が差す。
「俺がいるときは俺が干しとくからいいって言ってるでしょ?」
寝起きの目をしぱしぱさせながら、彰が後ろから抱きしめてくる。寝起きの彰は体温が高くて、ただでさえ暑い朝なのに、体感温度は2度ばかり上昇した気がする。
「でも、まだ時間あるから大丈夫。彰はゆっくり寝てて」
「・・・もう眠れないよ」
「どうして?」
大学時代の彰は何時間でも眠れるの?って言いたくなるくらいよく寝てたのに。
「だって、結衣ちゃんが隣にいないことに気づいちゃったから」
洗濯籠を抱えてベランダに出る。
「洗濯は干しとくから、顔洗っておいで」
「うーん・・・」
とかなんとかぐずぐず言いながら、結局二人分の洗濯なんてあっという間に干せてしまう。
「結衣ちゃん、いくよ」
「へ?」
まだ少し時間があるからお茶でも飲もうかな、なんてお湯を沸かしていたら彰に玄関から呼びかけられる。
「ほら、渋滞で遅刻しちゃうかもしれないから」
「・・・?」
「俺が会社まで送ってあげる」
正直に言うと、あまり運転経験のない彰の運転は心配だ。もともと運動神経抜群の彰だから、慣れればとてもうまいんだろうけど、いまなら私のほうがまだうまい、と思う。
「山口、お客さん」
昼休み間近のオフィスで、そろそろランチにでも行こうかと立ち上がったところで、先輩に呼び止められる。振り向けば・・・
「結衣ちゃん」
「彰⁈」
エプロン姿の彰が先輩の後ろに立っていた。
「どうしたの?」
「ほら、お弁当」
にっこりと微笑む彰の大きな手には『私が全部食べるの⁈』と真剣に突っ込みたいくらい大きなお弁当箱。
「わざわざ?」
「毎日ランチが外食だから身体に悪そうだと思って。誰かと食べに行く約束してた?」
「ううん・・・」
時計をちらりと見ると、12時5分。
「山口、昨日会議で飯食えなかったろ?その分今日にのせといてやるよ」
にやりと笑った先輩からのありがたい言葉に押されて、私と彰は近所の森林公園でランチをすることにした。
「はい、あーん」
「・・・・・・」
ご機嫌でものすごくきれいに焼けた卵焼きをこれまたきれいな箸使いでつまんで私の口元に押し付ける。
「彰、ここまでしてくなくっても・・・せっかくの休みなんだから、ゆっくり休んだらいいのに」
とは言いつつ、彰の自作のお弁当はびっくりするほどいろいろとカラフルに詰められていた。見ているだけでも楽しい。
「ゆっくり結衣ちゃんとお弁当食べてるじゃない。ねえ、夜ご飯は何がいい?」
ひとり暮らし歴が長いだけあって彰は案外家事もできて、実家で母に甘えて生活していた私なんかよりよっぽど料理も上手い。
「そこまで張り切らなくてもいいよ。午後はゆっくり休みなよ」
「ひとりでゆっくりするのってなんかね・・・結衣ちゃんがいてくれるんだったらいいんだけど。取り敢えず、暑いし食欲がわくもの考える」
「ありがと」
少し長めのランチタイムを終えて、彰と別れてオフィスに戻る。
「ただいま戻りました」
「おう」
威勢のいい先輩に迎えられて、明日のプレゼンの準備に取り掛かる。
「それにしてもやっぱり俺の予想通りだな」
「なにがですか?」
「おまえの彼氏だよ。ものすっごいおっとりしてるだろ」
おっとり?のんびり?穏やか?
まあ、確かにそれらは全部彰にとてもよくあてはまる。
「まあ、そうですね」
「弁当届けに来るとか、すげーマイペースすぎるしな」
「すみません」
「はははっ!あの身長であのエプロンもウケるしな!」
長身の上に女物のエプロンでお弁当を届けに来た彰はしばしオフィスの有名人になってしまったことは言うまでもない。
次は私があなたにお弁当を届けるべき?