プロローグ シンデレラ+α
プロローグでどんな作風なのか確認してもらうために普段より数割増しに諄い文章と諄いギャグと下ネタを盛り込みました。本編はこれよりも大人しくなる予定です。自分にあっているか参考にしてください。
むかしむかし、ある王国のお城で開かれた舞踏会に、見目麗しく心根の優しい娘と意地悪な継母と意地悪な姉たち、花嫁候補を探している王子様、その他有象無象がいた。
花嫁候補を探している王子様が、現在は花嫁候補を探しており、花嫁候補を探しだすべく国民に向けた舞踏会を主催するということは、予め、花嫁候補を探している王子様の手によって民草へと知らされていた。
当然、花嫁候補を探している王子様を射止めて玉の輿を乗りこなそうと画策している意地悪な姉たちと有象無象共は、この千載一遇の機会を逃すまいとし、互いに歯をむき出しにして威嚇を飛ばしあい、地に響くようなドラミングを繰り返していた。
便宜上シンデレラと世間で称される娘、シンデレラも他のメスゴリラと同じように胸を叩いているのかと思われオーディエンスに緊張が走ったが、彼女の興味はどうやら別の所へ注がれているようだ。
シンデレラがお城の大広間へとやってきてから現在まで熱い眼差しを飛ばす先は床の一角だった。そこにはバナナが一房転がっている。それはもともと有象無象の一人がおやつとして持ち込んだもので、当の持ち主が周囲の有象無象とのドラミング合戦で忙しかったために床へと放り出されていたのだ。
シンデレラは思わず生唾を飲み込む。
彼女の脳裏には、食事として日に三回、食料供給マシンから絞り出される練り物のような何かが浮かぶ。栄養のみを考え碌な味付けもされず、練り物故に食感も楽しめないソレを思えば。あの見たこともない形をした南国のフルーツをネコババしたい欲求にかられるのも無理からぬ話である。
「よし、いただいてしまおう」
そう決心した後のシンデレラの行動は早かった。迅速に移動する上でどうしても邪魔になるガラスの靴を脱ぎ、それをバナナとは逆の方角へ放り投げる。これは動きやすさを確保するだけではなく、投擲したガラスの靴が床に叩きつけられて破裂音を起こし、周囲の注意をそらす効果があるためだ。
文字通り転がるように移動したシンデレラは、バナナの房を引っ掴むとすぐにその場を離脱する。盗みを働いた以上、早急にその場を離れる必要があった。なぜだか、先ほど放り出したガラスの靴は割れるでもなく数回バウンドしたのちに転がっただけだ、これでは注意を惹く効果を得られていないだろう。
シンデレラは大広間の隅で『EXIT』と記された緑の非常灯が照らすドアを目指し走った。もう数舜の後にはバナナの奪取に気が付いた持ち主が、ご自慢のナンバ走りで追いかけてくるだろう。
「ちょっと君」
「ひゃ、ひゃい」
シンデレラはもう少しで事件現場から脱出できると高を括っていたが、そんな彼女をあざ笑うかのように呼び止められる。驚いたシンデレラは思わず潰れたカエルのような声をあげた。
シンデレラは声の主を探して振り返る。彼女を呼び止めたのは育ちの良さそうな優男然とした美青年だった。
舞踏会が始まってから数時間の間、シンデレラはバナナにしか興味を示さなかった為にその美青年に面識がなかった、彼女は知らないが彼は今回の舞踏会のホスト、花嫁を探している王子様だ。
「あの何か御用ですか?」
シンデレラは自身の所業がばれないように花嫁を探している王子様に背中を向けたままバナナを搔き抱く。ちょっと邪魔しないでもらえます? という感情を表に出さないように気を配りながら、器用に首だけを向けて愛想笑いを浮かべた。
「さきほどこのガラスの靴を拾ったんですが……僕はこの靴の持ち主と結婚するような気がしてならないのです。もしや、これはあなたのものではないですか?」
え、なにこの人?
花嫁を探している王子様が急にとんちんかんな察しの良さを披露し始め、シンデレラは不信感を抱いた。
もしかしてこの人はかの有名なキ○ガイを患ってるのではないか? そして私をキチ○イ仲間にスカウトしているのではないか? だとすると○チガイに大抜擢された私は、瞬く間にキチガ○界のアイドルの座を駆け上がり、民衆の支持を集め、ゆくゆくは国政に乗り出し、横領が発覚して、記者会見とかで執拗に叩かれるのではないか? なんてことだ、それは困る。シンデレラは杞憂を懐き胸を痛めた。
「いいえ、人違いです」
彼女は汚職事件には極力関わり合いにはなりたくないので、即座に否定した。
しかし、花嫁を探している王子様も待望の花嫁が見つかりそうなので食い下がった。
「でもこの靴のサイズは目測で二十一センチメートル、あなたの足とぴったりだ!」
「いや、あの、なんで知って……」
これではキチガイでは無くてただの変質者だ。
シンデレラは今まで生きてきた十数年の人生の中で味わったこともない身の毛のよだつ気持ち悪さ感じて愛想笑いが崩壊する。舞踏会で知り合った男に対してその苦虫をよく噛んだようなしかめっ面はないだろう、と思われる表情に切り替わり、すぐにでもこの場を離れたいという態度を隠さなくなった。
「えっと、私急いでるんで。ペットとかにも餌やってないし。ガスの元栓全開だし。本当にそういうのは間に合っているんで。もうほっといてください」
シンデレラは花嫁を探している王子様を振り切ってランナウェイしようと試みるが、花嫁を探している王子様も逃すまいとしてシンデレラの肩を掴む。
「頼む、後生一生のお願いだから僕とダンスを……じゃなくてガラスの靴の持ち主として結婚相手になってください!」
「なにをわけのわかんないことを。お嫁さん候補なら周囲に沢山いるじゃないですか! ……ゴリラが」
「本当にゴリラしかいないんだ! 頼む同じ人類のよしみで、僕を助けると思って結婚してください! そうだ、一旦、一旦ガラスの靴を履こう。ね、一旦ガラスの靴を履いて、それから結婚しよう」
「一旦も何も、そもそも結婚したくないんです!」
「いやいや、そういうことじゃなくて。もう本当に一瞬、さきっちょだけでいいから一旦履いて落ち着こう、それから結婚しよう」
シンデレラを羽交い絞めにする勢いで必死に呼び止める花嫁を探している王子様。さきっちょだけとか、ちょっと休憩するだけだからとか、ナンパ男か何かのような押し問答が続いている。
互いに互いをけん制しあい数時間ドラミングしていたメスゴリラ達も、二人の攻防に気が付いて周囲に集まった。
おそらくではあるが、ここでシンデレラを逃してしまえば花嫁候補を探している王子様の花嫁になるチャンスは自動的に周囲のゴリラだかりへと移される。そうと確信したゴリラーズは皆思い思いの懐からバナナを取り出した。淑女の嗜みとして懐にバナナを隠し持つのは宇宙誕生から続く一般常識なので全員バナナを持っていたのはむしろ自然現象である。
花嫁候補を探している王子様もいよいよ後には引けなくなってきた。このままシンデレラを逃してしまえば、次の瞬間に、彼は彼の後ろの門の純潔と永遠にさよならをしなければならないのだ。
「ええい間怠こい! いい加減大人しくガラスの靴を履くんだ!」
「きゃっ」
追い詰められた花嫁候補を探している王子様が強硬手段に出る。彼はラグビー選手のような鋭いリアタックルからシンデレラを押し倒した。
このまま無理矢理にでもガラスの靴を履かせれば詰み、晴れてシンデレラを娶りめでたしめでたしというわけだ。花嫁候補を探している王子様の顔は下衆のようなゲス男の笑みで歪んだ。
「ぐっへっへっへ、なんてすべすべの足なんだ。これからこの足にガラスの靴を履かせると思うと……うっ。…………ふう。なぜ人間は同じ人間同士で争うのだろう」
花嫁候補を探している王子様は無頼漢のような笑みを零し、押し倒された衝撃で露わになったシンデレラの生足を一撫でする。次の瞬間には、彼は憑き物が落ちて心が洗われ、悟りを開いた仙人のようになっていた。
「もういい加減に……」
シンデレラはワナワナと震えだした。花嫁候補を探している王子様に生足を一撫でされた生理的嫌悪感で、全身の鳥肌が立ち、殆ど鳥と呼んでも差し支えない様相を呈しているのだ。彼女も一般的な女の子であり堪忍袋にも限界があった、仏の顔を三度も向けられるほどに我慢強くもないのだ。
シンデレラは賢者タイムを嗜んでいる花嫁候補を探している王子様の手の中で体を反転させた。
「もういい加減にしろ、変態、痴漢、性犯罪者ァーーーーっ!!」
そうして彼女はもてる全ての力を右の拳に集め、呆けている花嫁候補を探している王子様の左頬目がけて全力で拳を振りぬいた。
十代の女子がもたらしたとは思えない規模のインパクトを与えて、花嫁候補を探している王子様の体は向かって左方向へと吹っ飛んだ。
彼はまるで感情を持たない人形のように表情を変えず、ろくに受け身もとらないまま数回バウンドを繰り返した後に転がった。花嫁候補を探している王子様は転がり続けた先に待ち受ける大広間の壁に激突した。通常の人間であれば痛みを訴えたり、泣き出したり、逆上したり、何らかのリアクションを起こしていただろう。でも、そもそも彼は「通常の人間」ではない為、それらの行動を示すでもなく、次の瞬間には身体に亀裂が入り爆散して光の粒子へと変貌した。
花嫁候補を探している王子様の消滅に合わせて、大広間の壁や天井は遠ざかり、取り囲んでいたゴリラ達も弾けていく。
崩壊を始めた世界の中でシンデレラは一人立ち上がった。
「あぁ、また物語が破綻しちゃったか」
壊れてしまったおもちゃを見るような目で周囲を眺めていたシンデレラの目の前に「エラー」を知らせるポップアップウィンドウが表示された。
その表示が出たことでシンデレラは確信する。もう間もなく。数十秒後にはこの世界は応答を停止して消えるだろう。そうなる前に彼女はその世界での心残りを消化することにした。
運よく崩壊から守ることの出来たバナナの房から一本を千切りとる。彼女は皮を剥いていないソレを自分の口へと招待して、二三かみ砕いてから顔をしかめた。
「……やっぱり味はしないね」
シンデレラは――アルファはバナナを投げ捨てる。もはや何の未練も残らない世界を見回してから、ため息も吐き捨てた。
こうして、シンデレラの物語は唐突に幕を下ろされたのでした。めでたしめでたし。